第0話 らいほう×きたい
主人公が物語の舞台にやってきました。
〔……い、ラティオ? おーい?〕
耳元から聞こえてきた声に、ラティオの意識は覚醒し、ゆっくりと目をあけた。
そこには小さな青い光だけが見えた。
「ん……」
身じろぎするが体が思うように動かず、未だ働かない頭を振って靄を晴らす。
ぼやけた視界がはっきりすると、自身はシートに固定された状態で、目の前には映像を映し出したモニターが光っていた。
「あ……いつの間にか、寝てた」
〔おはよ、ラティオ。よく眠れたかい?〕
独り言を呟けば、再び耳元から聞きなれた声が聞こえる。
耳に着けたイヤーフォンの位置を正し、
「リベラ? 私どれくらい寝てた?」
〔さあ? でもお昼寝くらいじゃない? それよりも船外映像を見てみな〕
「ん」
友人の言葉にラティオは素直に頷き、目の前のモニターを操作する。
軽やかなタッチに画面はよく反応し、画面を船外のものに切り替える。
映し出されたのは、銀の砂を散りばめた漆黒。
星々の輝きが美しい、宇宙空間。
「なにもないけど……?」
〔五番カメラ!〕
「はーい」
大声に顔を顰めつつ言われた通り五番カメラに切り替えれば、そこには漆黒の宇宙空間に浮かぶ巨大な花が。
とは言え、良く見れば本物の花ではなく、花のように多くの構造体が連結されて構成されたコロニーだ。
「おぉ……あれがミクスチャー?」
〔そう、連邦宇宙軍と各企業で造った、ごちゃまぜ寄せ集めのかなりカオスな人材育成施設、ミクスチャー〕
大きい、本当に大きい。
ミクスチャ―の周囲に小さな光点が数多く存在していて、画面を拡大して最大望遠にすればそれらが超大型の貨物輸送船たちだと分かる。
それぞれが宇宙コロニーで消費される様々な物資を運んでいる。
「おっきい……」
〔そりゃそうよー。人類最大規模のコロニーだからね。つっても増設しまくりだけど〕
「いったいどれだけの資源が一日に必要になるのか……」
〔あんたねぇ……気にするのやめときな。頭おかしくなるよ〕
「……ん、やめとく」
惑星上ならば気にしなくてもいい水や空気もコロニーでは科学技術で生産しなければならず、さらには排気もせねばならず、食料も……と考えればキリがない。
〔全部関係企業がきっちり補充してくれるんだから、考えたって無駄無駄。あんたはこれからの学生生活を楽しむことだけ考えな〕
ミクスチャー。
そこは多目的実験コロニーとも呼ばれていて、その内部には様々な施設がある。
その中でも多くの割合を占めているのが、連邦宇宙軍の人材育成機関である学校だ。
ラティオは──ラティオたちは今、その学校へと編入するために遠くからやってきた訳である。
「友達、できるかなぁ」
〔大丈──〕
〔おねーちゃんにはわたしがいるからいーじゃん!〕
突然、リベラの声を遮って甲高い声が割って入ってきた。
〔うるさっ。ちょっと、もうちょっと静かに喋りな。ってかもう起きたの?〕
〔へへー、ごめーん〕
リベラの文句に謝るが、あまり反省の色はない。
「おはよ、ウィス」
〔おはよーおねーちゃん! ねぇねぇ、あそこに住むんでしょ? わたしたち!〕
「そうよ」
〔どんなところかなー!?〕
テンションの高いウィスの声に、リベラは溜息を吐き、ラティオは笑みを浮かべる。
「楽しみだね」
〔うん!〕
そうこうしているうちに、彼女たちの乗る宇宙船はミクスチャ―へと近づいていく。
「ん?」
ふと眺めていた船外映像に、やたらと早く動く光点があったので素早く画面を操作して拡大。
光点は五つ。
矢印のような編隊を組んで移動している。
「リベラ、五機編隊。捉えてる?」
〔ああ、しっかりとね。多分──〕
ラティオが確認をとっている間にも光点は一糸乱れぬ動きで宇宙空間を飛翔し、彼女の乗る船へと高速で近付いてくる。
〔ちょっ!? あいつら何考えてんの! 近すぎる!〕
リベラの悲鳴とともに光点は船を掠めるように通り過ぎていく。
「ステラーコーパス……学校に配備されてる訓練用かな?」
飛翔してきたのは巨大な機動躯体、ステラーコーパス。
人類の科学技術によって建造された、宇宙に進出した人類のためのもう一つの体。
作業用としての用途はもちろん、戦闘用として連邦宇宙軍の主力兵器としても普及している代物だ。
「なんか不格好だね」
〔ったく! 学生だからって舐めてんのかい!? チーフ! ウェポンシステム立ち上げって駄目かい!? 今なら全機撃ち落とせるよ!〕
苛立たし気なリベラの怒声が聞こえてきて思わずイヤーフォンを外して遠ざける。
イヤーフォンの向こうではリベラや他のクルーたちの言い合いが聞こえてきて、こりゃしばらくはダメだなと溜息を吐いたラティオはチャンネルを切り替えてウィスへと語り掛けた。
「ねぇウィス、今のどう見えた?」
〔あれぇおねーちゃん、もしかしてわたしだけのチャンネルみ切り替えたのー? もー、そんなにわたしだけとお話したいだなんてー〕
「ふふ、おばかな事言ってないで。ウィスから見て、さっきの五機はどうだった?」
〔かわいくなーい! ずんぐりむっくりだし〕
ウィスの感想に思わず苦笑するラティオ。
事前に仕入れた情報では、今飛翔していったのはミクスチャ―にあるパイロット養成科で使われている訓練機だ。
ウィスが言うようにずんぐりむっくりで、外見は確かに可愛らしさとは縁遠い。
しかし整備性や信頼性は高いとパンフレットには書かれていた。
「ま、データだけでなく、実際に見て触れて来いって言われてるし」
〔えーおねーちゃんあれに乗るの!? やだー!〕
「それはカリキュラムによるんじゃないかな」
〔ぶーぶー〕
楽しくお喋りをしていれば、先程の五機はどこかへ行ってしまっていて、船もミクスチャ―へと接近していく。
「さーて、どうなるかなー?」
先程より細部が見えてきたミクスチャーを眺めながら、ラティオは楽し気に笑みを浮かべた。