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タヒの道つれ、余りはなさけ



底見えぬ暗穴 上部




ジョルジはそれを殺人だと思った。



彼らはジョルジを突き刺し、斬りつけ、しまいに殺した。


胸の内では彼らを、全てを救済したいと想い続けていた。


体は深くに落ちていった。


頭の中では少しの納得を得てしまっていた。



ジョルジにとってそれは、救済ではなかった。













山抜けの隠道 道はずれ




自分とウリは戦闘に備えていた。



後方にいるウリの位置を確認してから、自分は正面を向いた。


一人、目線の先に立っている者がいる。


その者は小さな布すら身につけておらず、うす灰色の体が森の木々の中で異質に際立っていた。


体の大きさや高さは自分とさして変わらず、人間らしいものだ。


しかし、その者の首から上には何も無かった。



ボウキャク。


自分は()()をそう呼称していた。


彼らボウキャクが、四肢や生殖器などの器官をなくしていることは多い。しかし、頭のない者は珍しい。



自分の方に向いているのはボウキャクの背中だ。


未だ動き出さないボウキャクに向かって、ゆっくりとも素早くともいえない速度で近づいた。


ボウキャクとの距離は十歩ほど。



彼らボウキャクは視覚や嗅覚に頼らずとも、こちらの位置を把握することができる。


だから、頭が無かろうと慎重だ。



一歩、また一歩と距離は詰まり、緊張そして迷いは胸に詰まった。


六歩の距離。


自分は右手の剣を握りなおし、盾の革紐を掴む左手に力を込めた。



ボウキャクは振り返った。


まるで頭があるかのような動作で体をこちらに向けた。



自分は吸い込んでいた息を急遽切り上げて、わずかに体勢を落とした。


自分には不要であるはずの心臓の動きが、段々強くなるのがわかった。


やはり自分も生きているんだ。そう感じた。



「おれは、救済します。・・・あなたを」



自分の口から出た言葉に対して、ボウキャクは何の反応も見せなかった。




先に動いたのは、自分だ。


短い呼吸を一つした後に、地面を蹴って走り出した。


この接近に対して、ボウキャクは体の前に左腕を出した。


その手は攻撃だったのか、防御だったのか。


どちらにしろ関係はなかった。



自分が右斜め上からやや大振りに振った剣は、ボウキャクの左肩から入り胸の中央までを斬って裂いた。


途中にあったボウキャクの左腕は、前腕より下が切断され、地面に落ちていた。



剣が途中で止まってしまった、まずい


いや、こういう時まずは、、、


反撃注意!



不死ともいえる彼らボウキャクは、こんなことでは動きを止めずに、右腕を使って攻撃してきた。


少々力みながらも、盾を向けて受け止めた。



想像よりも軽い、よし


すぐさま自分は、右脚をボウキャクの腰の高さまで上げ、押し込むように一気に力を加えた。



この蹴りによってボウキャクの体は大きく後退して地面に倒れ、剣はスルリと引き抜けた。



仰向けになったボウキャクは、起き上がろうと体を動かしていた。


上体を起こそうとしても左半身が上手く持ち上がらず、苦戦しているようだった。



傷口からはごく少量の血と、小さな光の粒が漏れ出しているのが見てとれた。


立ち上がるまでそう時間はかからないだろう。



やるんだ、・・・この()



自分の中に迷いが存在していることは理解していた。



だって、これは、、



「・・・これは」



この人にとって、、



「・・・救済なんだ」



剣を逆手に持つと、仰向けのボウキャクの体、その右半身に強く深く突き刺した。


これによってボウキャクはほとんどの身動きが取れなくなった。



剣から手を離して、短剣を取り出した。


両手で短剣を握った。


心を落ち着かせるために目を閉じた。



いや、やめろ


「だめだ、目は閉じるな」


自分に言った。これは逃げだ。目を開けてしっかり見ろ



自分の両目には、立ちあがろうと体を動かし続けるボウキャクの姿が映った。


彼らボウキャクは、一つの目的のために生き続ける。


例えどんな姿になってでも、意識なんて無くなってしまっても。




それを美しいと言った人がいた。




この人に最期を与えられるのは、この地で自分だけだ。


生き続けることを終わらせられるのは



「おれだけなんだ。」



短剣をボウキャクの体に刺した。


程なくして



ぅウぉ、っグく、、つ



知らない想いが。ほんの僅かな思い出が。自分の中に入り込んでくるのがわかった。


それらは染み込むように体中へ広がった。


自分の魂と心を占領しようとしている。そう思えた。



自分が曖昧になりかけた


すぐ横に突き刺さった剣の剣身に写る自分の顔を見た。


色の抜けた白い髪、顔全体は整っているといえる。


「これが、おれ」


「おれ、、の名前はケン。・・・そして、ケーン」


「ウリ、、ウリのためにこの地を、ゆく」


口に出すことで、自己を保つことに努めた。



そして、入ってきた『それら』には極力触れないように、スミの方へスミの方へと追いやった。



追いやる度に激しい頭痛がやってきた。


一定の間隔でもって頭を揺らしてくる。



自分は短剣から手を離すと、()の遺体の隣に仰向けに倒れた。


先程まで動くことをやめなかった()の体はめっきり静かになり、体の各所が大気に溶けるかのように、小さな粒となって散っていた。



瞼が下がってくる。閉じてしまえばこの苦しさから楽になれそうだった。


視界が暗くなる直前、()の方を見た



死ぬことができない()を、自分が、間引いた。


そうしてやれるのは、この地において自分しかいないらしい。



「おれが、おれが、、彼を・・・」



『救済した』と言えるのか



幕が、完全に降りた。









瞼が開いて空が飛び込んできた。


太陽が直上に近づいているのが見えた。


自分の置かれた状況を確認するために、上体を起こして周囲を見た。


隣では既に遺体の大部分が、小さな光の粒となって霧散していた。



この小さな光の粒は、ィセエル、もしくはエーテルと呼ばれている。


どうやら、数分寝てしまっていたようだ。



立ち上がってウリの姿を探した。


いた。


すぐそばの木の裏から小さな人影が現れた。


自分の目的であり、旅の道連れである幼い子供ウリ。


ウリはその綺麗な瞳でこちらを見ていた。


「ウリ、待たせた。」


ウリは何も答えない。


まだ互いに距離感を測り兼ねている。そんな段階だ。



しかし、それだけではないようだった。



ウリは仏頂面のまま、一つの方向を指差した。


その方向から



「ねえ、」



声の方向を見る前に体がこわばった。



言語を、解している、?



ゆっくりと顔を動かした。


声を発した人物は二十メートル程離れた場所からこちらを伺っているようだった。



意思疎通がとれるならば、それはおそらくボウキャクではない。



姿が見えた。


子供だ。5歳から6歳といった背丈の子供。



「あのー、こんにちは?」


子供と思われる者はそう言った。


この挨拶は西部のものだ。


しかし、挨拶としてではなく、こちらの返答を促す使い方をしていた。


日本語で言うと「もしもし?」に近い。



ボウキャクだけが跋扈するこの地で、子供、だって??



ボウキャク以外に合うことなどそう無いと考えていたため、返答に困った。


とりあえずこれ以上不信がられないように。



「やぁ、こんにちは、良い日差しだな」


そんな返しをした。



「あっ! やっぱり人だった!」


そう言うと子供と思われる人物は木々の間を縫って、ぐんぐんと近づいてきた。


なんて警戒心の無いことだ。むしろ怪しくすら思った。



「止まってくれ! ここは危ないんだ。」


そう言って静止した。


「えっ?」


子供と思われる人物とはまだ十数メートルの距離がある。


「ここは危険なんだ、俺たちがそっちに向かうよ」


霧散するボウキャクの体を見せるべきではない。


自分はボウキャクを留めることができる、その情報の提供には慎重になるべきだ。



「そうなの?? うん、わかった」


そう言って素直に立ち止まった子供(暫定子供)の身に着ける服から木の実が落ちた。さらに、両手で抱えているツボからはチャプチャプと水の音がしていた。



木の実、そして水。



本当にただの子供ようだ。


ならばこれは、ボウキャクに遭遇するよりもずっとずっと稀な出会いだった。



子供が止まっているうちに、ウリの近くへ向かった。


「しっかりと被っておくんだ。」


膝を曲げてウリと目線を合わせ、首の後ろからフードを引っ張ってきて深く被ってもらった。



「お兄さんたち、『敵』じゃないよね?」


木の実を拾った子供はそう問うてきた。



敵、それの意味するところはわかっている。


ウリと二人で無警戒の子供に近づいて言った。



「あぁ、君たちの敵じゃないよ。」


「それより君はどこから来たんだい?」


麻で出来たような服、水を運ぶための土を焼いた容器。この子供が一人で生活しているとは考えにくい。



「『シュラク!』、こっちだよ!」


案内してくれるか、と聞くまでもなく子供は自分達を先導し始めた。


「僕はカイ、お兄さんたちは?」


「おれはケーン、こっちはウリだ。」


カイは顔を隠しているウリを不思議そうに見たが、気持ちよく「よろしく」と返した。


自分の装いは、特徴的な鎧に剣と盾。


ウリは顔を隠すほど深く被ったフード付きの茶色の上着。


カイの目には旅人か何かに写っているのだろう。


正直に名乗る必要もないかと思ったが、もう遅かった。







シュラク近辺




自分とウリは少年カイの後を追っていた。



太陽が直上に達した頃、木々の間に人工物が見えてきた。


それ程遠い距離ではなかったが、隠道からは大きく外れている。案内無しで見つけることはできなかっただろう。


その人工物は外壁が土のようなもので固められた円形の建物だった。


高さは十数メートル、円の直径は五十メートル以上ありそうだった。


壁はほとんどのっぺらぼうであり、十メートル程の高さに小さな窓が空いているだけだった。



「あれが君の言っていた?」


案内人カイに問うた。


「そうだよ、『シュラク』っていうんだ! あれ?さっきも言ったっけ?」


「忘れちゃった、入り口はこっちだよ!」


カイは嬉しそうにてこてことシュラクの方へ走って行った。



『シュラク』とは「人の集まりや村」を意味する言葉だったはずだ。


しかし、カイは『シュラク』をまるで固有名詞であるかのように使っていた。



村という名前の村。日本語で考えるとより不自然に感じた。



「おおーい」


高い窓の一つから住民と思われる人物が顔を出した。


それに驚いたのか、ウリは自分の後ろへと隠れた。


なんだかウリ信頼されているみたいでちょっと嬉しい、そんなことを考えていた。



「カイちゃんか?」


男性は続けて呼びかけた。


「ちゃんて言わないでって言ってるでしょ!」


カイが返答した。どうやら知った顔のようだ。


カイにつけられた敬称は、幼い子供向けのもの。日本語で言うと「ちゃん」が最も近い。



カイと住民の会話は続いた。


「おうおう、それより作業はどうしたんだ? それに後ろの二人は・・・同じ作業の連中じゃねぁな」


「これならとってきたよ!この二人はたまたま見つけたんだ」


カイは壺を高く持ち上げながら自分たち二人について説明した。


「そこの二人! お前ら『人間』か?」


カイは何言ってるの、と言った表情で住民を見ていた。



その質問には自分が迷ういなくこう応えた。


「やぁ、こんにちは」


「もちろん、人間だ。」


住民は怪訝そうな顔を変えずに、門へ向かえと言い、カイは案内を再開した。



壁の円周の四分の一程に渡って、もう一つ外側に低い壁が造られ、その道の先には門があった。


敵に対する備え、だろうか。


住民と思われる数人とすれ違ったが、全員こちらに興味を持っている風であっても、話しかけてくることはなかった。


住民たちはカイと同じく、麻で出来たような服を身に纏っていた。


門は開いており、内部の構造が伺えた。


この建物はドーナツ型をしており、中央には庭のようなものと小屋が見えた。


外周部は三階建てになっており、部屋の数を見る限り居住区画になっているようだった。



「まだ、中には入らんでくれよ」


数人の男女がこちらに近づいてきた。


「フサック、あのね、この人たちは・・・」


カイにフサックと呼ばれた人物は落ち着いた口調で話し始めた。


「あぁ、人間だそうだね。」


「こんにちは、お二人さん」


フサックはカイから目を離し、自分とウリに向かって話しかけてきた。



この雰囲気は、まずいか。


「どうも、こんにちは、俺たち」


「悪いが、君らの言葉だけを信じるわけにはいかない。」 「わかるだろう?」


「このシュラクには三十人ほどの人々が生活をしている。人間でないものをここへ入れるわけにはいかない。」


フサックの横に立っていた男がカイの腕を引っ張って、門の内側に入れた。


頬に切り傷のあるその男の腕には、斧が握られていた。


これは、、、


辺りに緊張の糸が張られていた。


まずいな


この建物へ来てから頭痛がする。


自分はこの地の人々と会話する時、救済によって得た記憶から言葉を日本語に一度翻訳し、理解している。



それが原因なのか、それだけなのか。



とりあえず、遮られた自己紹介にもう一度挑戦した。


「俺たちはここより北から来たんだ、西へ抜けたくってな」


その場にいる誰の表情も明るくなることはなかった。


気付くと、二階や三階の居住区からも住民が自分達を見下ろしていた。


ウリを自分の体で隠すように一歩前へ出て話を続けた。


「こんな建物があるなんてな、珍しいものを見ることができたよ」 


頭痛が強くなった。


「じゃあ邪魔しないうちに帰らせてもらおうかな」


傷のある男性が斧を両手で持った。


「お邪魔、したね」


頭が痛い、体がここから出ろと言っているようだった。



「行っちゃうの?」


カイが問いかけてきた。


「・・・待ちなさい」


フサックが反転した自分達を呼び止めた。


続けて、斧を持った男に顎で指示を出した。


その男は自分達の方へ向かって歩いてきた。


「おい、何をする気だ」


ウリとその男の間に入るように立ち塞がった。


剣に手を掛けるべきだろうか、しかしそれでは状況が良くなるとは思えない。


男は迷う自分を無視し、徐にウリのフードを外した。


「おい!」


すぐさま男を軽く突き飛ばしたが、周囲の目はウリに集まってしまっていた。



唯一表情を変えなかったフサックが言った。


「カイ、よく見なさい。」


「こいつらは人間ではない、不死のケダモノだ。」


「すぐに正気を失って、我らを殺す。」




ウリには顔がなかった。



顔があるはずの場所は凹凸しているのみで、鼻や口はない。



綺麗な右目だけが不思議そうに辺りを見回していた。



ガヤガヤ、ザワザワと住民たちが騒がしくなった。


冷酷な声が聞こえた。


「二度とここには近寄るな。」



剣に手をかけることはやはりしなかった。


しかし、感情をうまく抑えられなかった。


ウリを人間でないと言うコイツらに。何より、浅はかな自分に。



「確かに、俺とこの子の体はあんたらとは違うものでできてるかもしれない。」


「、、でもな、俺は、ウリは、、、間違い無く人間だ。」



フサックたちをひとしきり睨むと、ウリの手を引いて反転し、歩き出した。


上を見ると、小さな窓から住民が顔を出していた。


手に持っているのは投石武器のようなもの。あの窓は見張りや防衛のためにあそこに空いていたのだとここで気付いた。




シュラクを後にした。



「ごめんな、、ウリ」


ウリの手を引いたのはこれが初めてだった。


この子はこんなにも小さい手で小さい体で・・・



くそっ、



彼らがエーテルでできた人ではないと気付いた時に別の行動を取るべきだった



もしくはもっと前に。


カイと会った時、ウリの顔を隠そうと考えてしまった、それが悔しくてたまらない。


それでは俺も同じじゃないか。



「ごめん」と言うことすら、ただ自分のためである気がした。









ボロボロになった剣

刃は折れ、鍔は欠け、鞘も失われた直剣。

亡国ヴィレルの技術を用いて精巧に造られた儀式用の剣であったが、今は見る影もない。

これを持ち歩いている者は、きっと武器として振り回す以外の使い道を見出したのだろう。







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