06 山ふたつ越えたコンテの町へ行こう
急きょ、私も一緒に村の特産品などを街へ届けに行くことになった。
この世界の街。ここからどれくらいの距離なのかな ? どんな街並みだろう ? どんな人たちが暮らしているのだろう ?
これは行かないという選択肢は無いよね !
そんな中、皆は荷造りをしていた。麻を紡いだ糸や布といった、これまでに作り貯めたたくさんの繊維類と、森や山でとれた素材や食材などが用意されていた。
そこで、行く気もやる気も満々なわたしは腕をまくり、荷車も荷馬車もまるまる全部そのまま収納してしまった。
残念ながら馬は入らなかったのだが……
荷物が圧倒的に軽くなったので必然的にじいさんたちはお留守番になった。彼らは「年寄りには堪えるだで助かるわい」などと安堵していた。
「荷物はこれだけで良いのかしら ? まだまだたくさん入りそうよ」
「君の収納はどれだけ入るんだいったい ? それにしても、底無しだね。だったら奥の小屋に溜め込んでる魔物の素材も運んでくれると助かるんだが…… 」
「は~い ! 奥の小屋ね」
「ああ。ウルフの毛革のように高価な素材は売れるけれど、それ以外の牙などの素材や、売却できるかどうか分からない安価なものは捨てるのもね、もったいないから一応保管してたんだよ」
物置小屋にあったたくさんの素材も収納した。見たこともない不思議な素材とかがあるのかと期待したけれど、骨や皮、そして小さな魔石ばかりだった。
これで荷物ほとんど無くなった。馬は荷をひくこともなく空のままで、私たちは身体一つで出発することが可能になった。
メンバーは私とクラウ、後は村長とレイの4人に変更。爺さんたちはお留守番になった。
目的地は山を2つ越えたコンテの町だ。
「こいつは楽で良いぜ !」
「聖女様の護衛はお任せください !」
レイとクラウの兄弟はそれぞれにやる気みたい。
転移のスキルで行けると楽なんだけど、残念ながら行ったことのない場所には転移できないようなので、今回は歩いて行くしかない。
たくさんの人達が見送る中を出発した。
「ちゃんと帰ってこいよアイリー !」
「気を付けてね !」
「行ってきま~す !」
まだここに来て3日ほどなのに、優しいじいさん婆さん達の声が見送る家族のようで嬉しかった。
こんなふうに優しい声を掛けられるのは何年振りだろうか ?
この村が第二のふるさとになりつつある。絶対に帰ってこようと、心の中で小さく呟いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
さて、村を出てしばらくは弱い魔物ばかりが、ポツポツと出没しただけで何の問題もなかった。
それにしても、ゴブリンが出るわ出るわ。
たまにオークやウルフが混じるけど何体ゴブリンを斬ったかもう、覚えがないほどよ。
初めて出会った時にはあんなに気味が悪かったゴブだけど、皆でサクサク倒し続けると今ではもう慣れて全然怖くない。
今では率先して倒し、ゴブリン撲滅運動のリーダーとして頑張っている。
私のステータスはヤツらと比べたらケタ違いの強さで、ゴブリンの動きなどスローモーション以上のコマ送りのように見える。試しに力くらべをしてみたら、ゴブリンの身体を新聞紙のようにクシャクシャと粉砕してしまった。オー、我がチカラ恐ろしや !
なぜあんなヤツに抱きつかれるような遅れをとったのか、二匹、三匹。五匹、六匹をまとめて退治できる今となっては、思い出したくもない恥ずかしい出来事だ。
行程は森や藪の中を歩くのかと思ったけど、そもそも荷馬車で行く予定をしていたくらいだから、それなりの道があった。ありがたや !
こんな歩きの旅は初めてだから、少しだけしんどいけど、まだ道が良くて安心した。
疲れれば回復魔法で復活した。
だけど、元の世界の平和な日本とは違って、いつ何処から魔物が現れるかわからないから周りを警戒しながら進まなければならない。
初めて見る谷や小川の脇の道を、そして小さな村や集落を横目に無難に進んだ。
しかし、ひとつ目の峠道に差し掛かると5体のゴブリンに続いてすぐに、3頭のコボルトが現れた。
「この峠道の周辺がコンテの町までの道中で一番瘴気の濃いところなんだ。ここからは相当の注意が必要だからね !」
「はーい !」
レイはレベル17のシーフ、クラウはレベル9の魔法剣士、村長はレベル31の剣士だ。ゴブリンやコボルトなどの魔物なら相手にならないだろう。
村長の声に従い、3頭目のコボルトを心して倒した。
しかしその後突然、たて続けに何だか大きなヤツが現れた。
ぱっと見、大きな木でも倒れたのか、山が動いたのかと思ったほどだった。
直視して、やっとそれが2体の魔物だと気がついた。
その大きな魔物は私たちの身長を軽く超えている。
しかもどう猛で、思いのほか動きは早かった。
「グオーーーー !!」
「ギャオーーーー !!」
ブオオオオオオオーーーーーーーー
すると、その魔物は小手調べのようにいきなり火を吹いてきた。
「うわっ、火を吹くの ? 凄~い !」
少し距離があった私は、その火炎をササッとかわした。
かわしたはずなのに熱かった。
私はこの辺りの魔物と比べたらかなりスピードがあるのだけれど、もっと間近だったらかわせなかったかも知れない。
「ヤバイぞ、レッドベアだ。それも2体一緒に出やがった。コイツらつがいなのか ? こんなに近くに来るまで気付かないなんて……
連続で魔物が現れたモノだからそっちに気をとられてたぜ。皆、すまない」
魔物の探索に秀でているレイの言う通りに、続けて何頭も現れた魔物に気を取られていたからだろうか、私もまったく気が付かなかった。
「おい ! 3人とも下がれ !俺たちの敵う相手じゃないぞ。2体だとBランクプラスだ」
「そんなことは分かってるぜ村長 ! だけど何とかしてアイリだけでも逃がさなきゃ !」
「ああ大丈夫だ。オマエ達を逃がすぐらいなら俺がどうにかするさ ! 慌てずに早く。前を向いたまま少しずつ後退するんだ」
レッドベアは彼らにとってはかなり脅威の魔物のようね。
向き合った私たちは、とても緊迫した状況になってうち震えていた。
自分自身も初めて目の当たりにする強い魔物の存在感にちょっとビビってる。
「ガオーーーーーーー !!」
「グオーーーーーーー !!」
Bランクの非常に強き魔物のレッドベアが2体かぁ。
かなりの強敵だ。
素早いし火を吹くし、見たところかなり狂暴そうだ。でもちょっと待って。しっかりと動きは追えるし、どうにもならないといった感じはしない。これくらいならたぶん何とかなるんじゃないかな ?
(うっ、でもこわっ ! 良く考えたら攻めるにしろ守るにしろ素手じゃマズいよね、何か武器がないかしら ?
……う~~ん。 ……そういえばサバイバル的なナイフがあったような ?)
ということで、私は遠い記憶から呼び覚まし、アイテムボックスからサバイバルナイフを探し出して準備が完了。
さて、覚悟を決めて戦いますかね ?
さあさあ、どっからでも来なさいなっと……
ところが他の皆はひどく慌て怯えていて、なにやら必死な形相だった。
(クラウはかばってくれるし、レイは私を逃がそうとしてるのかしら ? 意外と男らしいところもあるのね。村長は的確に指示を出していた)
その様子を見るとレッドベアは彼らにとってはかなり脅威の魔物のようだ。
向き合ってしまった私たちはとても緊迫した状況だけど、彼らは自分が盾になってでも仲間を逃がしたいという方向で動いていた。
(えええ~~、この熊ってそんなにヤバい魔物なの~ ?)
村長の指示を受けてレイとクラウは少しずつ後退していった。
そんな流れで状況がちょっと分からなくなってきたし、とりあえず皆がワーワー言うので、警戒しつつレッドベアを鑑定していた。
すると、レッドベアの攻撃力は150で防御力は110程だった。
能力は攻撃の方がかなり優れていて、火魔法は要注意といったところかしら。
対するこちらの戦力はというと、村長がレベル31で攻撃力は100ちょい。防御力は90くらいなので倒すのは厳しそうなのかな ?
レイでも攻撃力80、クラウなんて30足らずだから一撃で即死するかも知れないわね。
気を付けてクラウ !
確かに彼らのステータスからするとレッドベアはかなりの脅威かも知れない。
それも、二頭を相手にするとしたら勝てる気がしないわね。
あれっ ? でも確か私は攻撃力も防御力も1000でHPは10000だよね ?
え〜 確認、確認、再確認っと。うん、間違いない。これ、余裕でイケるんじゃね ?
試しに少~~しレッドベアの近くに行って、動きを良く見てみた。
「アイリ ! 君も下がるんだ !」
「ああ、いいの、いいの !」
適当に返事をして敵に集中する。
ゴブリンよりは幾らか速いけど、それほどスピードは感じないわね。
うんうん、十分に対応できそう。
威嚇しながらこっちに駆け寄って、鋭い爪で殴り掛かってきたけど、やっぱり動きが遅いので何てことなく楽々かわすことができた。
そもそも私の間合いには入れさせない。
初めての強敵なんだから慎重に慎重に、くれぐれも無理をしないように。
常に鋭い爪の届かない場所に身を置いている。
あんな爪の攻撃はダメージの有る無しに関係なく、間違っても受けたくないわ !
まずは私が攻撃するのは考えずに、相手の攻撃をかわし避けることを最優先にして、いつでも逃げられるようにしないとね。
だけど熊さんの移動スピードよりも私の移動スピードの方が倍以上速いみたいだからね。ひょっとしたら10倍くらいかも ?
「おいおいおい何してるんだいアイリ ? 驚いて身動きとれないのか ? 怖いもの見たさか ? おーいアイリーー !! 下がれ ! 下がるんだ ! ソイツはとんでもなく強い魔物なんだよ !」
村長は声をかけ続いている。
「バカ !! アイリ、死ぬぞオマエ !」
「ムムムムッ、バカって言ったなぁ ! バカって言うやつが馬鹿なのよ !」
(レイめっ、やっぱさっき褒めたのは訂正させてもらおうかな ?)
「おいおいお前たち。そんなこと言ってる時じゃないぞー !」
「聞いてるのか ? アイリーー !!!」
「大丈夫よ 心配いらないわ !」
村長たちは私のことを心配してコッチに近付いてきたけど、実はレッドベアの目の前で余裕で向かい合っていた。
「やっぱりステータスの通りで、この熊たちは見た目が怖そうなだけだね。全然大したことなさそうだよ」
「アイリは魔物のステータスが解るのか ? ……で、その上で逃げなくても良いという判断なのか ?」(ゴクリ…… )
村長は呟くようにこぼした。
十分に相手を観察した結果、私は攻撃を解禁することにした。