4.普通じゃないのが普通
「飯はいいけど、服着替えてけよ?」
強面の男ーーアンクレットというらしいーーに指摘され、イーディスは一度部屋へと戻る。寝間着からシンプルなワンピースに着替え、魔道書は一応持ち運ぶことにした。置いておいてまた騒ぎになったら困る。なにより魔道書に心配をかけたくなかった。部屋から出たイーディスは外で待ってくれていた彼らにまじまじと見られる。
「フランシカ家から預かってきた服が何着かありますから、明日はそれを着ましょうか」
「前のだけでは味気ないでしょう。今度来る時は新しいお洋服いっぱい持ってきますね! 考えたデザインが貯まっているんですから、ね、キース様!」
「採寸、は必要なさそうだな。サイズ確認のために、フランシカ家から持ってきた服を一着借りていっても良いか?」
「はい」
「いや、採寸していけ。移動は馬だ。パンツもないと困る」
彼らは各々服についての意見を言い合う。だがアンクレットだけは注目する場所が異なった。
「それ、持ち運ぶようなら大きめの鞄を作ろうか?」
それ、と言って指を指すのはイーディスが抱えた魔道書である。元が本なので、そこまで大きな物でもないが持ち歩くとなると確実に片方の手は塞がることになる。食事中は膝の上に置いておくにしても落としてしまったり、汚してしまわないか心配だ。鞄というワードにあれば便利だな~と思わず反応してしまう。だがその言葉に反応したのはイーディスだけではなかった。先ほど服を預かってきたと話していたローザである。
「預かってきたものの中にバッグがありますよ」
「サイズ大丈夫か?」
「イーディス様が外で読書をする時にいつも持ち歩いていたものだと使用人の方が入れてくださったものなので、大丈夫かと」
「え……」
イーディスのお気に入りのバッグなんて一つしかない。昔、リガロからもらった物だ。誕生日でもないなんてことのない日に贈ってくれたものの一つ。服は全然趣味ではなかったが、シンプルなバッグは見た瞬間に気に入った。内ポケットも多く、何より肩にかけた時に邪魔にならない。学園に入学してからはめっきり出番のなくなったバッグだが、まだまだ現役。部屋の端で自分の出番はいつかと楽しみにしているようにも見えた。まさか十年越しに対面することになるとは……。
「もちろんイーディス様が新しいものが良ければもちろんそちらを!」
「いえ、気に入っているもので。まさか持ってきてくれているとは思わなかったので嬉しくて……」
「慣れてきたら色々持ち運ぶものも増えるだろうし、新しいものを作った方がいいとは思うが」
「出来れば、持ってきたものを使いたいのですが……」
リガロとの関係を繋ぐものはもうない。けれど過去とこの思いがなくなった訳ではない。荷物に入れてくれた使用人に感謝しつつ、イーディスは笑みを浮かべた。今日一番、いやこちらの世界に戻ってきてから一番の笑顔だったのだろう。この場の空気は一気に軽いものへと変わった。
「分かった。気に入ってるならそれ使え。足りなかったらもう一個持てば良い。ショルダーバッグでも腰に提げる袋型でも何でも作ってやるぞ」
「アンクレットさんは服飾担当の方なんでしょうか?」
「裁縫は趣味で、仕事は魔法道具の開発と整備。だが最近はわりと裁縫を生かした魔法道具も作っていて、去年なんかウェディングドレスを作って魔法道具として納品したんだぞ」
「ウェディングドレス!?」
「ああ、凄いだろ。バッカスが退魔核を繊維として分解する方法を思いついてな、それを編み込んだ生地造りから始まって」
退魔核を繊維として分解、か。
そういえばザイルが使っていたあの布はどのような原理だったのだろう。一時的に取り除くことが目的で使用していたらしいが、それはおそらくこの世界でも二十年近く前には開発が完了しているはず。つまりバッカスが思いついた方法とは異なることになる。根元の部分は同じなのかもしれないが、数歩先は歩いているに違いない。研究員バッカス、恐るべし。ほおっと息を吐いて驚けば、バッカスは眉間に皺を寄せて彼の腕を突いた。
「アンクレットさん、それはまた後で」
「あ、そうか。退魔核とか言われてもわかんないよな。この辺りは今日明日辺りで説明受けるだろうし、落ち着いた頃にまた会おうぜ。ついでに魔道書も見せてくれ」
「あ、はい」
俺たちのラボは地下だから、と下に続く廊下を指した。そして大きく手を振って、彼はその階段を下っていった。
「いろいろとありがとうございました」
ワンピースを持ってきてくれたことといい、気後れしているイーディスを気遣って会話をしてくれたり。真っ先に駆けつけてくれたのも彼だ。今日だけでも物凄くお世話になっている。深く頭を下げれば、少し離れた位置からガハハと笑う声が聞こえた。
食堂へと進めば、食事をしていた人達が一斉にこちらを向いた。
「あれが、イーディスか」
「意外と普通だな」
「魔道書を発生させるような奴が普通なはずがない」
「というかそもそもカルドレッドに普通の奴が来れるはずがない」
「それもそうだな」
口々に好きなことを言った彼らは最終的には「普通じゃないのが普通である」と結論づける。そして何事もなかったかのように食事を再開した。それが、彼らの普通なのだろう。まだ分からないことばかりだが、イーディスも少しずつ『カルドレッドの普通』に慣れていかねばならない。




