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25.さようなら

 キースはそれからすぐにイストガルム国王に手紙を出してくれた。

 ファファディアル領はギルバート領から離れており、帰るには数日かかるため、到着する頃には返事が届いているだろうとのことだった。だが実際はもっと早く返事が届き、使用人はわざわざイーディス達が泊まっている宿まで届けてくれた。手紙には聖堂を使用することへの了承と、イーディスに挨拶が出来なかったことへの謝罪が記されていた。本当は娘の親友と会って、お礼を告げたかった。だがキースの妻となったイーディスと会ってしまえば、本当にあの子がこの世から去ったことを認めてしまうことになりそうで目を逸らし続けたのだと。最後には『申し訳なかった。そんな私達が言うべきではないかもしれないが、どうか別の世界のマリアとこれからも仲良くして欲しい』とイーディスへの言葉で締めくくられており、ボロボロと涙が溢れた。彼らもまたマリアを愛しているのだ。身分を隠し、他国の令嬢としたのは、娘を愛していたから。少しでも長く生きて欲しかったから。彼らの思いは世界を跨いだとしても変わらないのだ。

 イーディス達は屋敷に戻る予定を取りやめ、そのまま城へと向かった。服装はカジュアルなもので、とても城に向かうような服ではない。着替えたいと。せめて屋敷でマリアへの贈り物をまとめてからにしてくれと主張したが、残念ながらイーディスの声は聞き入れてはもらえなかった。


「ほら、早く降りろ」

 ほらほらと急かし、地に足が触れるや否やイーディスの手を引っ張った。キースは一刻でも早くイーディスをこの世界から追い出したいようだった。

「私の扱い雑すぎません!?」

「マリアを放置したバツだ。これくらい我慢しろ」

 そのままずんずんと突き進み、聖堂は森の奥にあった。城内になぜ森があるのかと突っ込みたくなったが、それも一歩踏み入れれば理解した。ただの森ではない。ここは神域だ。一般人の立ち入りが禁止されているのではない。入れないのだ。この森は聖母の力で満ちあふれている。空気が違うのだ。進んでしばらくは身体が重かった。砂袋でも背負わされているのではないかと思うほど。けれどキースに引っ張られて進むうちに今度は入る前よりもずっと身体が軽くなる。聖堂はかつての王族が聖母を守るために建てた場所ーー認められた者のみが入れるこの森は聖母を守るに相応しいのだろう。

「立ち入ることを許してくださり、ありがとうございます」

 この森にいるはずもない聖母にお礼の言葉を告げ、頭を下げる。するとキースも立ち止まり、イーディスと同じように深く頭を下げた。



 聖堂は想像していたよりもずっと広かった。

 ステンドグラスには様々な模様が描かれており、その全てが歴代の慈愛の聖女達が愛した物らしい。また地下には聖母と、歴代の慈愛の聖女の棺桶が保管されているとのこと。遺骨は入っていないが、代わりに彼女達が愛した物で満たされているそうだ。簡単な説明を受けながら、最奥に佇む聖母の銅像へと近づいていく。

「後日、マリアの棺桶にはイーディスが集めたマリアへのお土産とフォトブックを入れてもらおうと思う。君はこの世界を去るが、彼女にはしっかりイーディスのことを伝えておく。そして、彼女からはかつての『イーディス』のことを聞こうと思う。あの子はきっと楽しげに話してくれるだろうな」

「最後まで一緒に居られなくてごめんなさい。……私、あなたの家族になれて良かった」

「気にするな。君がこの世界に来てくれなければ俺の一生はとっくに終わっていた。あの日、屋敷に来てくれて、俺を叱ってくれてありがとう。イーディスは最高のパートナーだった」

 聖母像の前に立つと、本に触れれば帰れると本能的に理解した。マリアはずっとイーディスが本当に戻りたいと思える時を待っていてくれたのかもしれない。あの時、キースから罪の話を聞かされた時に聖母像に興味を持っていれば、もっと早く帰れたのだろう。それでも、イーディスはこの世界を、キースとマリアを、そしてリガロのことを深く知れたことを後悔していない。この世界は悪夢なんかじゃない。イーディスの愛したもう一つの世界だ。キースと向き合い、彼の両手を包み込む。少し強いくらいの力で握れば、彼はそれ以上の力で返してくれる。


「ありがとう、キース様。どうかお元気で」

「こちらこそありがとう。どうか別の世界でも元気でいてくれ」


 キースの手はゆっくりと離れていき、そしてイーディスの背中を押してくれた。聖母像の右手に置かれた本を開けば、神々しい光が放たれる。


「さようならイーディス。我が同志よ」

「さようなら」


 同じ女性を愛した人よ。

 その言葉は声になる前にイーディスの身体は本に吸い込まれていった。


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