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24.馬鹿は馬鹿

 グッと涙をこらえていると、キースは深い息を吐き出した。

「だが君がここにいるということはあちらのマリアはもう、君には会えないんだな。マリアは生きながらえたとしても君が死んでしまったなんて……。さぞショックだろうな」

「死んだのか、と言われると微妙なところでして」

 イーディスがはっきりしない言葉を告げると、キースの眉間にはギュギュっと皺が寄っていく。

「どういうことだ?」

「私がこの世界にやってきたのは魔道書と思わしきものに吸い込まれたからで、帰る方法が未だ見つけられないのですが、確実に方法がないとも言い切れず」

 ポリポリと頬を掻くとキースは般若のような形相で、イーディスを睨み付けた。

「君は馬鹿か!」

「ば、馬鹿って何ですか!」

「馬鹿は馬鹿だろう。ああ、もう早く帰れ!」

 馬鹿馬鹿連呼されて、イーディスの涙も引っ込んでしまった。それにイーディスだって初めから帰ることを諦めていた訳ではない。模索していたが、分からなかったのだ。

「だからその帰り方が分からないんですよ!」

「それなら俺に心当たりがある。帰れる保証はないが、試す価値はある」

「……でも私が帰ったらあなたは今度こそ一人に」

「マリア第一! 俺のことなどどうでもいいわ!」

「どうでもよくなんかありません! あなたは私にとって……大事な家族なんです」

「あちらの世界のマリアは大事じゃないのか」

「もちろん大事です! けど、マリア様にはあちらの世界のキース様や、他にも友人がいて。だから私一人くらいいなくても」

 ギルバート屋敷に来てからはキースの元を離れがたく、同時に帰る方法を探すことが怖くなった。あちらでもどのくらいの時間が経ったのかなんて考えたくなかった。浦島太郎のように、帰った時に知っている人が一人もいないなんて状況になるくらいだったら、忘れた方が、諦めた方がマシだった。少なくともここには理解者であるキースがいて、死んだらマリアにいろんな話を聞いてもらうのだという目標がある。仕事は大変だが、もうすっかり慣れてきたし、行きたいところもいっぱいある。手に入れた幸せを再び手放すのは怖い。けれどイーディスが強く握った手を彼は力づくで開いてしまう。

「ダメに決まってるだろ! 馬鹿か」

「また馬鹿って言いましたね!?」

「きっとマリアは毎日泣いている。暗闇に閉じ込められたみたいに寂しい思いをしているかもしれない。あの子を慰めてやれるのは君しかいないんだ……。お願いだからあちらのマリアに元気な顔を見せてあげてくれ」

 キースはズルい。あちらの世界のマリアとは会ったことがないはずなのに、当然のようにマリアを優先する。こちらの世界に来たイーディスがそうだったように、彼もまた違う世界であってもマリアを、愛した女性を切り捨てることは出来ない。マリアを愛した同士として、そして同じ家族として彼はイーディスに「帰ってくれ」と懇願するのだ。


 窓の外で歓声が聞こえる。祭りが始まったようだ。食事はまだ来ていない。キースが呼ぶまで来ないようにと止めていたのだろう。いつからこの話をすることを決めていたのだろうか。


 ファファディアル星雲祭は星に願いを捧げる祭り。

 空いっぱいの星はキラキラと光っていて、キースの願いも聞き届けてくれるのだろう。イーディスがこの世界を去ったとしても願い事は有効だろうか。どうかキースが長生きしてくれますように。あちらの世界に戻ってからもちゃんと祈るから、だからどうか聞き届けてくれとお祈りをする。


「……心当たりってなんですか?」

「聖母の銅像だ」

「あのイストガルム城の聖堂にあるっていう? でもその聖母像と本に何の関係が?」

「聖母像の右手には先代の慈愛の聖女が愛した物を、そして左手には先代の癒やしの聖女が愛した物を置く習慣があってな、今、聖母像の右手にはマリアの愛した本が置かれている。……マリアなら必ず君を元の世界に戻す力をくれる」

 だから一緒に行こうとキースは手を伸ばす。

 この人と家族になれて良かった。誰よりもマリアを愛し、彼女の親友であるイーディスのことも大事にしてくれる人。きっとイーディスが居なくなっても新しい妻を迎えることはないのだろう。彼は律儀な人だから。イーディスは彼の手に自らの手を重ねる。


 もう一度、自分の生まれた世界と向き合うために。


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