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19.加害者は誰なのか

 それから半刻が経った頃。

 妙に窓の外が騒がしくなってきた。キースが帰ってくるにはまだ早い。それに明らかに馬車数台分の音がする。カーテンを少しだけめくり、わずかな隙間から外を見る。停まった馬車は三台。一番後方にある一台はギルバート家の、キースの乗っていった馬車だ。他の二台は角度的に家紋は見えないが、親戚のものではないことだけは確か。家主を後方に連れて訪問するとは相手はどんな人だろうか。観察するようにじっと見ていると中から人が次々に出てくる。その中に見覚えのある人物を見つけた。


 癒やしの聖女様とリガロである。

 だが様子がおかしい。聖女がリガロの手を引っ張って、ずんずんと屋敷の中に入っていくのだ。お付きと思われる人もおろおろとするばかり。遅れて降りてきたキースだけが声を上げている。

「イーディスは具合が悪くて一昨日から寝込んでいるんだ」

「癒やしの力を使えばきっと良くなりますわ」

「彼女も今日一日休めば問題ないと言っていた。そっとしておいてやってくれ」

「今日戻ったら今度は会わせてくださるとお約束してくださるのでしたら、私も強行はいたしません」

「それは……」

 どうやら彼女がイーディスの様子を気にしているという情報は正しかったようだ。まさか屋敷まで突撃してくるとは思わなかったが……。厄介なことにならないといいが、と考え込んでいるうちに三人は屋敷の中に入ってしまう。窓の外に耳をそばだててもすでに会話は聞こえない。とはいえ、自分に関わる話となれば気になって仕方がない。イーディスは物音を立てないようにそおっと部屋から出て、階段に移動する。下に降りても面倒なことになりそうなので、あくまで階段の上から動くことはない。両耳にお椀型にした手を添えて音を集める。すると少しずつ、ほんの微かではあるものの声が拾えるようになってくる。


「あなた方にとって……承知しております。…………聖女として………………放置して置くわけ…………」

 切れ切れでよく分からないが、彼女がイーディスに会いたがっているのは聖女としての役目が関わっているようだ。だがイーディスはただのモブ。シナリオ終了数年後に活躍ポイントがあるとは考えづらい。それに何やらキースは反対のようで、はっきりとは聞こえないが何やら声を荒げているということは伝わってくる。ギルバート家当主である彼が会わせるべきでないと判断したのならば、イーディスの出る幕はない。内容は気になるが、後でキースに尋ねることにしよう。教えてくれるかは分からないが、彼が隠し事をするならそれなりの理由がある。特に慈愛の聖女についての話をしてから良い意味で遠慮がなくなった。イーディスはキースを信頼している。だから部屋に戻ろうと階段に背を向けた時だった。


 ダッダッダッダッダッーー

 誰かが凄いスピードで階段を登る音がする。

 キースかギルバートの使用人、と思いたいが、嫌な汗が背筋を伝う。急いで部屋に戻り、鍵を締めた。隠れるように部屋の隅っこに身を寄せれば、足音の主は迷わずイーディスのいる部屋のドアを叩いた。コンコンなんて生やさしいものではない。ドドドドドドドドと殴打するような音だ。よほどの緊急事態か借金取りの回収訪問が来た時でもない限り、こんな音を聞く機会などないだろう。

「イーディス様、ここにいらっしゃいますよね? 隠れても無駄です。魔の流れを辿れば分かりますから」

 遅れてやってきた声でドアの外側にいるのは癒やしの聖女様だと分かったが、とてもではないが淑女が、聖女様がするようなノックではない。それどころか脅しの言葉に恐怖は倍に跳ね上がる。彼女が乙女ゲームのヒロインなんて何かの間違いだ。致命的なバグに犯されたか、イーディスの知らないところでヒロイン闇落ちルートがあったとしか思えない。もしくはファンディスクでは公式が思い切ってジャンルをホラーに変更したとか。

「イーディス様、あなたしかいないんです! どうかリガロ様の枷を解いてください!」

 枷なんて知らない。元婚約者なんて赤の他人だ。もう関係ないじゃないか。放っておいて。早くどこかへ行ってくれと願いながら耳を塞ぐ。けれど彼女は一向にその場から去ることはない。

「イーディス様、イーディス様」

「それ以上はもう止めてくれ。……イーディスが、可哀想だ」

 キースの声だ。彼が近くにいると分かり、少しだけ気が楽になる。そのまま馬車まで連れ戻してはくれないかと淡い期待を抱いた。けれどキースの登場は癒しの聖女の燃え盛る火に油を注ぐだけだ。


「力が枯渇して困るのはあなただって同じでしょう」

 ヒステリックに声を上げ、夫ならなんとか説得してください! と言ってみせる。

「だからってイーディスに当たるのは筋違いだろう! あの子は被害者だ」

「私だって自分でなんとか出来るならとっくにしてます。でも愛されていたのは、リガロ様がずっと見ていたのは私じゃない! そのことに今さら気付いても私はもう他の男性の手を取ることは出来ない。力を使うには彼に納得してもらう他ないんです……。イーディス様、ほんの少しでいいのです。どうかリガロ様と向き合ってください」

「私はもう散々向き合いました。無視し続けたのは、ボロ雑巾のように捨てたのは彼の方です」

「それは魔に犯されていたからで! 魔が完全に取り除かれた後の彼はイーディス様の手を離してしまったことを後悔していました。そして風の噂でイーディス様の様子を聞く度に彼の手足には枷がかかるようになってしまわれたのです」

 魔とは何かーーその問いの明確な答えは未だ見つからない。

 けれどイーディスの役目はストッパーである。それも意図的に置かれた物ではなく、たまたまそうなってしまっただけ。癒やしの聖女が登場した時点で暴走を抑えられていたのであれば、もう十分役目は果たしたはずだ。散々見えない手足で殴られ、蹴られ続けてきた。『イーディス』はもうボロボロだった。


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