9.結婚
「マリア様のオススメのロマンス小説でヒロイン達が流れついた島がありまして、そこにある貝殻が綺麗だそうで! フォトブックとか観光案内とか作るのもいいですよね~。キース様も行く前には是非その本を読んで予習してくださいね」
「あ、ああ」
軽く引かれている気がするが、気にしたら負けだ。
「でも初めはマリア様のお墓に行きたいです。ここ数年行けていないので、リガロ様との婚約解消したこともちゃんと報告しないと……」
「俺達が結婚したことも伝えないとだしな」
「別に結婚はしなくてもいいと思いますよ? キース様の隣はマリア様のものですし……」
マリアはすでに亡くなってしまったため、戸籍上結婚は出来ない。だがキースの隣を空けておくことは出来る。死にたがっていた彼が生きる気力を取り戻したのだ。婚約者に捨てられた男爵令嬢で妥協していたギルバート家が今後無理に誰かと結婚を勧めてくることはないだろう。イーディスとて一生未婚を覚悟していたのだ。結婚しなければ屋敷に住まわせてもらえないとのことならば、手紙を出しつつ、シンドレア国のお屋敷から定期的に訪ねるくらいのことはするつもりだ。けれどキースはふるふると首を振った。
「結婚出来ずともマリアが私の最愛の女性であることには変わりない。それに君は死ぬまで一緒に土産話を探してくれるんだろう?」
「もちろん!」
「なら結婚しておいた方が都合がいい。ついでにギルバート家の仕事も手伝ってくれ」
「ついで、って……」
そっちが本当の理由ではなかろうか。ちゃっかりしているな。呆れた視線を投げれば、キースは恥ずかしそうに頬を掻いた。
「生きる気力がないのに仕事する気なんて起きなくて、仕事が溜まっているんだ」
「分かりました。手伝います。だから先にちゃんと寝て、ご飯食べてください。マリア様にそんな姿見せられませんからね!」
「墓参り、少し先になりそうだな」
「私が我慢出来なくて、一人で行く前にどうにかしてくださいよ?」
茶化すように笑えば、キースは息を吐き出しながら天井を見上げた。
「マリアのためにも頑張らないとな」
婚約を解消された後に元婚約者の祖父に生活を見てもらうことになって、のんびりと生活を送っていたら親友の婚約者と結婚することになるーーなんて誰が予想しただろうか。
モブの一生にしては波瀾万丈すぎる。それもまだ二十歳を過ぎたばかりなのでわりと序盤である。ここからさらに予想もしていない現実が繰り広げられる可能性だってある。けれどシナリオの、プレイヤーの見えないところではそんなものなのかもしれない。所詮、モブとヒロインは赤の他人だ。近くにいても知らないことなんて五万とあるのに、他人が知ることの出来る真実なんてほんの一握りしかない。ならば乙女ゲームのモブが舞台の外側で親友のために生きる人生があったって不思議ではない。
そしてイーディスがギルバート領に来た翌日にはすでにキースの妻となっていた。夜に到着しているので手続きには一日もかかっていない。それはひとえにフランシカ家から諸々の書類を預かっていたザイルと、キースの気が変わらないうちにと手続きを急いだギルバート家のおかげである。こうして彼の書斎への立ち入りを許されたのだが、想像を遙かに越えるほどの書類が溜まっていた。
机の上に山を成した紙の束なんて序の口で。
なぜか入り口付近の壁に並べて置かれている、開けた形跡のない箱。
役目を終えたと思われる丸められたまま放置された書類。
重要書類を管理していると思われる棚に差し込まれたファイルは書類の保護の役目を放棄していた。ぐちゃりと潰されたそれに『重要』の赤文字を見つけた時は頭を抱えてしまったほど。
対面時に付き添った彼ら以外にも多くの使用人が仕えているはずなのに、誰一人として書類の整理を手伝わなかったのか。部屋の掃除、せめて不要になった紙くらい回収してくれとぼやきながらも掃除をするのに五日もかかった。そして散乱したそれの整理が終わった後に謎の箱に手をかけてクラリと視界が揺らいだ。あの箱の中身もまた書類だったのだ。
一体どのくらい貯めていたのか。
端から開封していき、締め切りごとにまとめていく。壁にはイーディスの作った締め切りカレンダーを設置し、『今すぐ』『締め切り二週間以内』『余裕がある時に』と記した紙を貼り付けた空き箱はキースの机の隣に置いた。




