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8.親友の愛は重い

「そうやって管理者たる俺を怒らせて、少しでもゲートの維持を続けさせるつもりだな。なんと言われたかは知らないが、俺はそう簡単に考えを変えるつもりはない」

「違いますよ。だって私、ゲート云々とかよく知りませんし。人一人いなくなったところで保てなくなるならその程度だったんじゃないですかね」

「ギルバート家を愚弄するつもりか!」

 ハッと鼻で笑えば、使用人達は殺意を孕んだ視線でイーディスを貫く。家を侮辱されたのだ。怒って当然だ。彼らの視線は肌がひりつくように痛い。だがこれくらいなんてことはない。イーディスはマリアのためなら溶岩の中にだって迷わず飛び込む覚悟をしてきたのだから。キースを真っ直ぐと見つめ続ければ、彼は短く息を吐いた。

「……なぜ君はここに来た」

「あなたの性根をたたき直すつもりだと初めに言ったじゃないですか」

「意味が分からないな。なぜ俺を引き留める? それとも自分が代わりに死ぬとでも言うつもりか?」

「言いません。私は寿命を全うするつもりですよ。だってこの世界には私が愛したマリア様が見たかったものが沢山ありますから。親友である私が見ないで誰が伝えるんですか?」

「マリアの見たかったもの……」

 この世界のマリアはピンクの貝殻も鳥が落としていった羽根も、物語の中でしか知らない。イーディスが書いたリガロもフィクションだ。屋敷の中からほとんど出たことのない彼女が知っている光景のほとんどが文字とイラストで出来ている。たった一度だけだが、マリアは本物を見てみたいのだと漏らしていた。だがこの世界のイーディスは貝殻も羽根もプレゼントをすることができなかった。それでも今からでも出来ることはある。物は備えることしかできないが、話ならいくらでも伝えられる。手紙を書いても渡すのは少し遅くなるけれど。何十年後になるかもしれないけれどしっかりと伝えるーーそれが今のイーディスのやりたいことなのだ。

「山に篭もっていた私が言うのも何ですが、私の幸せってやっぱりマリア様がいるものなんですよね」

 行き着く先は皆同じ。早く着くか遅れて着くかでしかない。マリアには少し寂しい思いをさせてしまうかもしれない。けれど一足先に空に昇った彼女に幸せだったかと聞かれた時、迷うようなことはしたくない。沢山の土産話を携えて、皺のたくさん刻まれた顔でこんなに楽しい一生だったと話したい。マリアならちゃんと全部聞いてくれる。でも登場人物がいつもイーディスだけというのも味気ないじゃないか。

「だから一緒にマリア様へのお土産話になりそうなものを探しませんか?」

 仲間になってくれと手を伸ばせば、キースの瞳には大量の涙が溜まっていく。彼だって、マリアが後追いなんて望んでいないことくらい分かっていたのだろう。だから何年も、精神が病んでまでも生き残り続けた。イーディスを迎えた後で自分が死ねば、生きるという役目を押しつけられると思っていたのかもしれない。あまりの量にこらえられなくなった目からはボロボロと大粒の涙が溢れ、そしてキースは今度こそ彼らしく笑った。

「……君は変わっているな。マリアから聞いていた以上だ」

「重い自覚はあります」

「でもそんな君だからこそマリアは愛し、そして生きたいと願ったのだろうな。……なら俺ももう少しだけ生きてみるか」

 目の下にはまだクマがあるけれど、瞳の中の絶望はどこかへと消え去った。涙と一緒に溢れていったのだろう。

「キース様、それは真ですか!?」

「少しだけだ。今のままの俺では、マリアを心配させるだけだからな」

 キースの言葉に使用人達は歓喜し、他の者に報告するために部屋から立ち去った。ザイルはホッと胸をなで下ろしながら「良かった……」と息をついている。心配をかけてしまって申し訳ない。小さくぺこりと首を下げれば、彼は困ったように笑い、ありがとうと小さく口を動かした。

「それでイーディス嬢、マリアへの土産話というのの案はあるのか?」

「聖地巡りですかね! イストガルム国内以外にも何カ所か行きたいところがあるのですが、キース様はどのくらいこの地を離れられますか?」

「ゲートの経過にもよるが、今なら一ヶ月が限度だろうな」

「それくらいあればどこの国にお出かけしても大丈夫ですね! 島の方とか結構移動に時間がかかるから少し心配だったんですよ~」

「島!?」

 バッグからこの日のために用意したノートを取り出し、最後に張り付けたマップを開く。大きめの紙を用意してもらったのだが、一枚では足りず何枚も繋ぎ合わせたイーディスお手製のものである。聖地はもちろん、マリアが行きたいと話していた場所・彼女が見たがっていた風景が見られそうな場所も全てマッピングしてある。今後、キースとも話し合って巡る場所を増やしていくつもりだ。

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