7.はじめましては喧嘩腰に
ザイルはすぐにギルバート家に連絡を取ってくれ、そこから返事を待つ間、イーディスはマリアの手紙を読み返した。この屋敷に越してからも何度も読み返していたが、今回はそれにキースへの惚気など説得の材料となりそうな文のピックアップが入る。前世のテスト前のように、ところどころ色ペンで『重要』『絶対伝える』と書き込まれたノートはザイルにはよほど珍妙なものに見えたのだろう。この世界の学園ではこんなものは作らない。キラキラマークなんて付けないし、吹き出しに小説のタイトルなんかも書き込まない。精々配られたプリントの重要部分にアンダーラインを引くくらいなものだ。作っているうちに楽しくなって、小説ごとのキーアイテムのイラストまで書き込んでしまった。
五日後にギルバート家から送られた手紙には「いつでもいらしてください」と書かれており、イーディスは荷物を背負って馬車に乗り込んだ。
イストガルム国に来るのは今回が初めて。夢の外でも足を運んだことがない。想像以上に離れていたその土地に行くまでまる三日もかかった。途中で宿を取って、馬を休ませて少しずつ進むのだ。手紙の返事はよほど急いでくれたのだろう。イーディスは馬車に揺られながらキースへの言葉を頭の中で整理していく。何度も何度も繰り返し、何から切り出せば一番彼の心を揺らせるだろうかと考えた。
到着したのは夜も深まった頃。ようやくこの世界のキース=ギルバートと対面した。ようやく会えた彼はメガネを付けておらず、代わりに目の下には真っ黒なクマがこびりついていた。一体どのくらいろくに寝ていないのだろう。頬もすっかり痩けてしまっており、背後に控えた使用人達は彼の体が少しでも揺らぐとスッと手を差し出した。よほど体調が悪いのだろう。マリアが亡くなってからの四年間、彼の精神は身体を蝕み続けているのかもしれない。それでも彼は、愛した女性が友人と認めたイーディスによく来てくれたと微笑むのだ。
「はじめまして。俺はキース=ギルバート。マリアの婚約者、だった」
痛々しい笑みが胸を突き刺し、同時にイーディスの怒りをも刺激した。
「イーディス=フランシカ、現在進行形でマリア様の親友です。本日はキース様の性根をたたき直しにきました」
「っ!?」
「イ、イーディスさん、なぜそんな喧嘩腰に!」
和やかな空気は一瞬で砕け、代わりに緊張が敷かれる。イーディスとてこんなことを言うつもりはなかった。移動中に考えた言葉はもっと柔らかく、彼の病んだ心に寄り添えるものもあっただろう。だが実際、今すぐに死にたいと書かれた顔を見てムカついたのだ。こんな男にかける優しい言葉などない。あるのはマリアの親友としての怒りだけだ。
「移動中もどう説得したものかとずっと考えていたのですが、やっぱりこういうのはストレートに申し上げるのがいいかと思いまして……。単刀直入に申し上げます。キース様、どうせ死ぬならマリア様への土産話を十個も二十個も持っていってください」
「君、なんてことを!」
「マリア様はあなたの死を望んでいません、なんて安っぽいセリフを吐いたところで彼の心には響かないでしょう? それにこれくらいのセリフなら誰かがすでにお伝えしているのでは?」
「それは……」
ギルバート家の使用人はイーディスが彼を励ましてくれることを期待したのだろう。実際、そのつもりだった。だが彼と会ったことのないイーディスが思いつきそうな言葉なんてここにいる誰かが伝えたはずだ。そんな軽いだけの言葉に何の意味があるというのか。ならば同志に向けて重すぎるマリアへの愛を紡ごうではないか。
「それにキース様のことですから、私を妻にしてしばらくしてから遺産だけ分けて自分はこの世を去ろうとか思っていたんでしょう? そんなこと許せる訳がありません」
「今日初めて会っただけの君に俺の何が分かる!」
「分かりますよ。だってマリア様からの手紙で散々惚気られましたからね。あなたが彼女をどれだけ愛していたか……」
「だったら!」
「でも今のあなたにマリア様の一番の座はあげられないんですよ! 私が一番です」
イーディスの知っているキースは出会い頭に自分こそがマリアの一番だと胸を張るような男である。君は二番手だと言った彼は彼なりにイーディスを認めてくれていた。けれどイーディスは心が狭いから、目の前の男に二番手の席だろうと譲り渡すつもりはない。マリアの一番宣言をし始めたイーディスに、キースとザイル、そしてギルバート家の使用人は信じられない者を見るような視線を注ぐ。だがそれだけで終わりにするつもりはない。わざと煽るようにキースの顔を下から覗き込み、そしてガッと左右から彼の顔面を挟んだ。
「勝手に精神病んで、彼女が望んでもいないのに後追って死のうなんてする男は、ぬるま湯みたいな幸せに浸かっている私よりも格付けが下です。二番手、いや六番手辺りで十分です。ベンチで身体温めてから出直してください」
宣戦布告をしているようだという自覚はある。冷静になっていく頭はやりすぎだとサイレンを鳴らしている。だが今さら引き下がれるはずがない。引き下がるつもりもない。




