18.魔法道具
スチュワート王子達はまさかリガロがこんな短時間で帰ってくるとは思わなかったらしい。ローザなんかは「話、聞いてもらえなかったのですか?」と心配そうにリガロの元へとやってくる。けれどリガロはもっと悪い事実を告げねばならないのだ。
「イーディスがいなくなりました」
「警備は何を!」
「気付かなかったようです。使用人も異変には気付けなかったようで、俺が部屋を訪問したことで消えていることに気付きました。現状、誘拐か失踪かの判断は出来ませんが、王子には彼女が国外に連れ出されないように協力していただきたく」
「もちろんだ」
王子はすぐに使用人を呼び寄せ、国境付近に伝令役を送るように指示を出す。夜のため時間はかかるが、それは相手も同じことだ。
「詳しい話を聞かせてもらおう」
「はい。といっても盗まれた物も部屋を荒らされた形跡もなく、唯一の手がかりはこの本だけです」
胸元から取り出せば、メリーズが声を荒げた。
「触らないでください!」
「メリーズ?」
「これが何か知っているのか?」
「分かりません。でも本に多くの魔が帯びていて、リガロ様の手にもまとわりついています」
「なるほど、魔法道具か。だとしたらイーディス嬢は取り込まれた可能性がある」
メリーズによって与えられたわずかな情報だけで、バッカスはリガロでは思いつかなかった推測に辿り着く。魔法道具ーー名前だけは聞いたことがある。ごく稀に魔に犯されてしまったアイテムが特殊な力を持つことがあるらしい。過去には魔法道具によって壊滅に追い込まれた村もあるのだとか。その危険性自体は受け継がれているものの、正確な情報はほとんど残っていない。被害範囲が大きすぎたのだろう。また近年では発見報告すらないのも文献が残されていない要因とも言われている。魔法道具なんて遙か遠くの存在だと思っていた。けれどバッカスにとってはそうではなかったらしい。
「なんだって!?」
「確定した訳じゃない。だが魔法道具が人を取り込んで暴走したという記録を家の書庫で読んだことがある」
「レトア家の文献となると正確性は高いな」
「なぜイーディス様がそんなものを……」
レトア家は書記の家系。今回だって情報収集にかり出されていたものの、本来の役目は儀式までの過程を記録することにある。一般に流通していない情報を知っていてもおかしくはない。今は彼が魔法道具について少しでも知っていてくれたことがありがたい。
「……リガロ様、その本お借りしてもよろしいですか? 私ならその本の魔を取り除けるかもしれません」
「頼む」
「アルガ様」
「ああ」
メリーズはリガロから本を受け取ると、もう一方の手でアルガの手を取る。すうっと大きく深呼吸を繰り返せば、二人の身体に淡い光が宿っていく。癒やしの力が使われているのだ。メリーズの手を伝ってその光は魔道書に移行していき、その光は本に宿る魔と反応するように大きくなっていく。どうか戻ってきてくれ。強く念じながら二人の様子を見守る。それしか出来なかった。
二人が力を使ってからどれくらいの時間が経った頃だろうか。
光が徐々に弱まり、メリーズは本を持ったままふらりとよろめいた。
「メリーズ嬢!」
「私は大丈夫です。それよりこの本ですが、今のままでは完全に魔を取り除くことは出来ませんでした」
申し訳なさそうに肩を丸めるメリーズ曰く、癒やしてもなおどこからか魔が供給され続いている状態らしい。その『どこか』はメリーズでも特定することが難しく、大陸の魔を癒やせば供給を止められるのではないか、とのことだった。
「私がもっと上手く立ち回っていればこんなことには!」
メリーズは悔しくてたまらないと唇を噛みしめる。けれど彼女の責任ではない。リガロがもっとイーディスに気を配っていれば、儀式が終わった後でなんて後回しにしていなければ防げたことだ。
「……儀式の開始を早めよう」
幸いにもメリーズとアルガは癒やしの力を使いこなせており、ギルバート家にもすぐに話が通った。
魔道書の入手経路だが、イーディスはいつもバッグに本を入れて持ち歩いていたことから何者かによって入れ替えられた可能性が高いとのことだった。また可能性としては非常に低いものの、彼女の手に渡った後に魔に犯された可能性も否定は出来ないらしい。
魔法道具は全ての人間が使えるものではなく、道具が人を選ぶらしい。道具と人の両方が集まって、そこでようやく魔法道具は真の力を発揮する。どのように彼女の手に渡ったかは定かではないが、イーディスが魔道書に選ばれたことだけは確かなのだ。
魔道書には常に魔が供給されているため、いつ暴走するか分からない状態らしい。定期的にメリーズが癒やしの力を使い、少しでも本の中の魔を浄化する必要があった。魔道書の性質上、魔を集める体質のマリアは魔道書から遠ざけねばならない。けれど彼女はそれが気に入らなかったらしい。
度々リガロの元にやってきては甲高い声で不満を叫ぶ。
「リガロ様はなぜイーディス様と一緒にいてくださらなかったの?! あの夜は王家での夜会だったのでしょう? 以前イーディス様がその日に着ていくドレスについて話してくださいましたのに!!」
「すまない……」
「いつもそればかり! イーディス様でなくても構わないのなら解放してくだされば良かったのに……」
泣きながらリガロの胸を叩くマリアにリガロは何も言い返すことが出来ない。
彼女は一体どこまで事情を知っているのだろうか。癒やしの聖女のこと。そして彼女自身のことを。
「イーディス様は私のお友達なんです! ずっと暗闇しか見えなかった世界に色と夢を与えてくれた。彼女が見せてくれた世界だから私は生きたいと思えたの! イーディス様がいない世界なんて生きる価値がない」
リガロは間違えたのだ。
聖女の警護は断れずともイーディスを不安にさせない方法なんていくらでもあった。あの時だって言い方があったかもしれない。いやそれよりもずっと前から問題はあったのだ。関係の修復を本当に願うなら彼女の言葉から、態度から目を逸らすべきではなかった。どんなに鋭い言葉が放たれようとも向き合うべきだったのだ。結局、リガロはいつだって目の前しか見えていなかった。




