14.決戦の日は近い
「アルガ様。ドレスのデザインはどうしましょう?」
「捕らわれた時用に小さな刃物が隠せるのにしとけ。あとこの前渡したリボンもちゃんと付けてもらえよ。何がどのリボンに入っているか覚えているか?」
「白が睡眠薬、青が軽い神経毒、水色が緊急事態に振りまく用です!」
「よし」
「この短期間で二人ともだいぶ物騒になってきたよな」
「そうか? このくらい普通だろ?」
アルガとメリーズが確実に距離を縮める一方で、スチュワート王子はローザのことを心配してばかりいる。バッカスからの報告でローザもまた図書館に足を運ぶようになったと聞かされた時は、ホッと胸をなで下ろしていた。どうやらイーディスが知り合い、招待したらしい。一体どこで知り合ったのか。バッカスもそればかりは把握出来なかったらしいが、マリアとも仲良くやっているらしい。さすがに毎朝顔を出すことは出来ないようだが、それでも度々遊びに来ているそうだ。ただ精神的にまいっているのは確からしく、図書館を出る時には今までの元気はしぼんでしまうのだという。
来た日はちゃんと報告すると告げたバッカスに「今日は来ていたか!?」と急かして聞くほどには。今では王子もバッカスを通して婚約者の好きな本を聞くことも多い。
「会えないにしても手紙で聞けばよくないですか?」
「だがローザは私相手では素直に話してくれない……」
「『カルバス』の件、気にしすぎですって」
「だが!」
「それに俺を通して聞いていても関係は進展しませんよ?」
「うっ……」
スチュワート王子が「ローザの好きな本は何か?」と尋ねた際、バッカスが真っ先に挙げたのが『カルバス』だった。リガロはそのタイトルを聞いてもピンと来なかったのだが、スチュワート王子は聞き覚えがあったらしい。そしてローザと話した記憶も。そこまで気に入っているようには見えなかった……だの、自分と話している時はそんなに声に熱を帯びていなかっただのと相当ショックを受けていた。そもそも本を読む方だとは知っていたが、好きだとは思っていなかったようだ。本よりもアクセサリーに興味があるとばかり……と落ち込み、未だにそれを気にしてばかりいる。だがリガロも似たようなものではある。
「リガロ様もですからね! 本読み出したことをイーディス嬢に全く話していないとは思いませんでしたよ……」
「もう少しちゃんと読み込めるようになってから話そうと思っていたんだ」
未だにイーディスと本トークが出来ていないのだ。さすがにリガロを不憫に思ったバッカスがリガロの背中を押そうと、それとなくイーディスに話を振ってくれたらしい。だが思っていたような反応は返ってこず、変な空気だけが残ってしまったと文句を言われたことは記憶に新しい。完全にリガロが悪いので「悪かった」と身体を丸めながら、王子と並んでお説教を浴び続けた。
その際に教えてもらった『ラスカシリーズ』はリガロの本棚に全巻揃って置かれている。読めば読むほど深みにハマっていくストーリーは今まで勧められたどの本よりも気に入っていた。スチュワート王子も同時期に全巻買いそろえたらしく、二人揃って儀式が終わった後に婚約者とラスカトークを弾ませる予定だ。
また王子とリガロの世話を焼いてくれるバッカスだが、彼はもう一つ気になる情報を運んできてくれた。イーディスについてである。何でもローザが読書会に加わって以降、イーディスの纏う空気が少し変わったらしい。本の話をする時は楽しげなのだが、ふとした瞬間に遠くを見つめているのだとか。ぼんやりカルバスの表紙を撫でていることもしばしば。なにかを諦めているようで、そのまま消えてなくなってしまいそう。マリア嬢も心配しているのだが、気軽に踏み込めるような雰囲気ではないーーとのことだ。
そんなイーディスをなんとか繋ぎ止めておきたくて、リガロは贈り物をするようになった。ドレスや花束のように普通の婚約者に贈るものではない。ペンや便せん、ノートと実用的なものを選んだ。学園で使ってくれと、会えない間も想っていることが少しでも伝わればいいと願って普段使いしやすいデザインを選んだ。けれど彼女が使ってくれている様子はない。お礼の手紙も来たが定型文の組み合わせで、幼少期に彼女が使用人達と文通をしていた頃が思い出された。これは戒めだ。無力な自分がもう二度と失敗を起こさないように。三度目はない。
「イーディス、愛している」
彼女への愛を囁いて、彼女の手紙を胸にしまいこむ。
決戦の日は間近に迫っていた。




