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13.リガロ色のドレス

 いよいよイーディスに伝えなければいけない日が来てしまった。夜会を欠席してくれ、のひと言がなかなか言えない。男爵にはすでに王家から話が伝わっているはずだ。だがイーディスに伝えるのはリガロの役目。彼女はメリーズとは無関係だと示すためにはある程度のポーズが必要となってくる。おそらく見張っているだろう不穏分子に見せつけるようにイーディスを切り捨てねばならない。なんとも酷い役目だ。彼女に軽蔑されるかと思うと胃の内容物を吐いてしまいそうだ。それでもリガロはやらなければならない。

「黙ったままでは分かりません。何かあるなら言ってください」

「ワガママでしかないんだが」

「今さらそれ気にします?」

「……来月、王家主催の夜会があるだろう?」

「ええ。明日にはドレスも仕上がるとのことで今週末は最終調整があります。だから外出は出来ませんよ?」

 当たり前のように週末は一緒に過ごすものだと思ってくれていることが嬉しくて、同時に苦しかった。数年で少しずつ育ててきた若葉を自らの足で踏みつけなければならないのだから。

「その夜会、欠席してはもらえないだろうか」

 頭の中で何度もシュミレートしたセリフだ。声は震えていないだろうか。怪しまれやしないだろうか。心配するリガロにイーディスはぐにゃりと歪んだ表情を向ける。

「出来るはずないでしょう。王家主催ですよ? 特別な理由もなく欠席すれば不敬にあたります」

「王家にはこちらで訳を話しておく。イーディスはただ当日、家にいてくれればそれでいいんだ!」

「それで私がはいそうですか、と納得するとでも?」

「イーディスは社交界が苦手だろう? 特に夜会ではいつもよりも表情が強ばっている」

「それは……そう、ですけど」

「今回だけでいい。欠席してくれ」

「……理由は?」

「話せない」

 いっそどこかへ攫って儀式が終わるまで監禁出来たのならどれだけ楽だっただろうか。けれどそんなこと出来るはずがない。逃げるなと自分を叱咤し、リガロはグッと足を踏ん張った。そして頼むと深く頭を下げて、懇願する。それが今のリガロにできる唯一の行動なのだから。

「私では判断しかねます」

「すでにフランシカ家には了承を取ってある」

「わかり、ました」

 奥歯を噛みしめながら、イーディスは声を絞り出す。その時、少し離れたところで小さく音が鳴った。カサカサと衣服と草が擦れるような音だ。イーディスの本気で傷ついた表情と、リガロの態度は彼らの中で情報共有されるのだろう。

 作戦は成功したが、その反面でイーディスとの関係にさらなる溝が生まれてしまったのは確かだ。だがそれも少しの我慢だと言い聞かせる。後は役目に集中するだけだ。ここまでしたのだ。失敗は出来ない。

 

 

 欠席してくれと伝えた日からイーディスと関わることはめっきりと減り、メリーズと共に過ごすことが増えた。学園内だけではなく、シャランデル屋敷での護衛もリガロが務める。王子からもらったリストに載る名前を頭に叩き込む彼の頭は不思議と冴えていた。全員が忙しさに追われ、天然を装っているメリーズもまた生徒会室に戻れば緊張で顔を強ばらせる。

 けれどバッカスだけは違った。顔にも疲労色が滲む彼はリガロの顔をチラチラと見ながら、困ったように頬をかく。一度だけならまだしも何度も何か言いたげな表情を向けられれば気になって仕方がない。

「何か言いたいことがあるのか?」

「言いたいことというか、なんというか……でもこんな時に言うことじゃないしな」

「だがそうチラチラ見られても気になる。いいから言ってくれ」

「あー、そのイーディス嬢が夜会用に仕立てていたドレスの色が青だったみたいで。想像以上に傷ついているというか……」

「っ!」

「もちろん計画のためっていうのは分かってる! イーディス嬢の身の危険を考えてのことだってのも理解してる! 理解はしてるんだけど、それでもやっぱり気になっちゃうんだよな……」

 イーディスを欠席させたのは最良の選択といえるだろう。けれど地味な色のドレスを好んで身に纏うようになって以来、彼女が青色を、リガロの色を身に纏うことはめっきりなくなった。その色をよりによって王家の夜会で使用することは何かしらの決意があったのだろう。

 計画を知っているバッカスが告げようかどうか悩むくらいだ。よほど傷ついていたのだろう。居てもたってもいられなくなったリガロはスチュワート王子に頼み、週末は休みをもらって朝一番にフランシカ家に向かうことにした。

 今度は回りくどいことをせずに、素直に贈り物をしよう。マリッド家には話を通している。外から見れば婚約者のご機嫌取りをしているように見えるかもしれない。イーディス本人もそう受け取ることだろう。それでも、少しでもこの想いが伝わればいいと思った。



 けれど問題が起きた。シャランデル家に賊が入ったのだ。どこかからリガロが不在だという情報が漏れていたらしい。明け方に呼び出されたリガロは馬を走らせ、処理に向かった。それからリストとの照合、交友関係などを洗っているうちに時間は経過していく。遅れてやってきたバッカスに「ここはいいから早く行け」と言われてようやく解放されたリガロは急いでフランシカ家に向かった。

 目元まで垂れた汗を払いながら門を通過すれば、玄関先に用意された馬車が目に入った。ちょうどイーディスはそれに乗り込もうとしていたのだ。タイミングが良いというか、悪いというか……。今日を狙った賊に舌打ちしたい気持ちをグッと押さえ、彼女に問いかける。

「イーディス、どこか行くのか?」

「ええ、つい先日急に予定が空きましたので」

「……すまない。今日はその代わりにドレスを贈らせてもらおうと思ってマリッド家と話を通してあるのだが」

「申し訳ありませんが、約束がありますのでまた後日にして頂いてもよろしいでしょうか?」

「それは構わないが、その……約束とは」

「今週マリア様がずっとお休みになっていらしたので」

「ああ、マリア嬢の見舞いに行くのか。なら仕方ないな。お大事にと伝えてくれ」

「では」

 顔を歪めるイーディスの様子に胸が張り裂けそうになる。けれどマリアは身体が弱く、毎日学園に通えているのも奇跡のようだと、以前イーディスが嬉しそうに話していた。マリアのお見舞いにはどんな予定も勝てるはずがない。

 今晩からリガロはシャランデル屋敷に泊まり込みで警護をすることになった。本来予定にはなかったが、賊が入ったのだから仕方がない。イーディスとどこかに出かけることなど到底出来やしないのだ。

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