12.捧げた勝利は受け取られず
上手く進んでいるようにも思えたが、メリーズの嫌な噂を流したことによる弊害もある。
「マリア嬢とイーディス嬢が聖女に興味を持ち始めた」
「なんだって!?」
「俺とキースであんなんに近づいたら頭おかしくなるから、って言い聞かせたが、一応警戒してくれ」
「了解した」
「私の扱い、ひどすぎません!? もっと他に言い方なかったんですか!」
「仕方ないだろ。俺達じゃマリア嬢を本気で止められないんだから、近寄りたくないと思ってもらうしかない」
「ううっ、儀式が終わったら誤解解くの手伝ってくださいよ……」
「善処する」
二人にメリーズの悪印象がついたことはもちろん、想定以上に不穏分子が多くなってしまったのだ。それもローザを中心に拡大傾向にある。学園入学前から彼女の周りにいた人物までもメリーズを敵視するようになったのである。ローザが指示を出しているとの噂もあり、王家の諜報部隊が動き出した。けれど彼女は白。特定の相手と関係を密にしている様子も見られないとのことだった。だが安心も出来ない。信じられる相手のいない彼女は名前と権力を勝手に利用されている。このままではハメられる可能性もある。スチュワート王子は頭を悩ませ、当日の警備を増やさなければならない事態となった。それも信用出来る者でなければならない。マルクの調べで城内部にも不穏分子が潜んでいると分かってしまった以上、選考は難航した。
「リガロ、イーディス嬢には夜会を欠席してもらってくれ」
スチュワート王子から呼び出されたのは、イーディスが聖女に興味を持っているらしいと聞かされた翌日のことだった。正直、リガロも彼女を夜会に連れて行くべきか悩んでいた。人員不足もあり、夜会当日のリガロはメリーズから離れることが出来ないだろう。自然とイーディスをフリーにすることとなる。リガロがイーディスを大事にしているということは広く知れ渡っている。いっそ彼女がリガロと仲良くしている女が気に入らないと突っかかってきてくれればいいが、イーディスに限ってそれはない。純粋に聖女に興味を持っていて、話してみたかったと言い出した方が彼女らしい。だが聖女に好意的なリガロの婚約者なんて格好の獲物である。確保するつもりが人質を取られたら終わりだ。彼女に危害を加えたくないからと遠ざけた意味がない。それに実際イーディスが人質になんて取られたら、リガロはメリーズよりもイーディスを優先してしまう。だがここで多くの不穏分子を確保出来なければ今後の計画に支障を来すこととなる。失敗する訳にはいかなかった。
「……わかりました」
グッと拳を固め、スチュワート王子からの指示を飲み込む。夜会を欠席してくれと伝えることが何を意味するか。リガロだってそんなこと分かっている。それも王家の夜会ともなれば余計に誤解を与えることとなるだろう。以前読んだ本に出てきたヒーローなんて比較にならないほど、リガロは最悪な男に成り下がるのだ。
今後の動きにもよるが、少なくとも夜会の二週間前からは本格的に警戒するため、イーディスとの登下校さえも控えることとなるだろう。もしも少しでも事情が話せたのならば「信じてくれ」のひと言くらい伝えられた。けれどこんな時だからこそ余計なことは言えなかった。代わりに何か捧げられるものはないか。必死に思考を巡らし、そしてあるフレーズが頭に浮かんだ。
『君に勝利を捧げる』ーー物語の中で騎士が婚約者に捧げたセリフ。バッカスから教えてもらったイーディスの好きな本に出てきた騎士は真面目すぎるくらいお堅くて、けれどその一途さは応援したいと思えた。
リガロには物語の中の騎士のような一途さはない。間違いだって犯してきた。イーディスは剣術を見ることに興味はない。けれど愛を示すなら、リガロが自分を示すには剣術しかない。
早速大会の観覧席を用意させ、学校帰りに切り出した。
「来週行われる剣術大会に来てくれないだろうか? イーディスのために特別観客席を用意してもらった。外からは見えないようになっているし、他に誰もいないから読書をしていてもお茶を飲んでいても問題ない。もちろん会場入りはギリギリで構わないし、眠かったら寝てくれて構わない。だけど、俺の試合だけは見て欲しいんだ」
「理由をお聞きしてもよろしいですか?」
「俺が誇れるものは剣術しかないから。イーディスには見て欲しいんだ」
「分かりました」
イーディスは少し戸惑っているようだが、頷いてくれた。
剣術大会の当日。馬車で迎えに行けば、彼女はリガロが贈った茶色のリボンをしてくれていた。マリアからの贈り物でも彼女のお気に入りでもない。気を使ってくれただけかもしれない。けれどそれだけで勝てる気がした。
数年ぶりに彼女が見てくれていると思うといつも以上に力が入り、軽く剣を振るだけで目の前の相手はあっさりと膝をつく。リガロの相手として期待されていると聞かされていた相手も案外大したことがない。少しくらい競った方がイーディスも楽しんでくれるだろう。負ける姿は見せたくないが、歯ごたえのある相手はいないものか。彼女は退屈してはいないか。そればかりが心配だった。
実際、帰り道の彼女はどこか元気がなかった。読書で時間を潰せるようにと大きなソファを用意させ、彼女が気に入りそうなお菓子も用意させたが、屋敷に比べれば過ごしづらかったのかもしれない。失敗だった。けれどこの失敗を挽回する時間はしばらく取れない。リガロは剣を振る以外、海に連れていくか贈り物をするくらいしか出来ない自分の無力さを噛みしめた。




