11.物語に触れ人を知る
「ところでリガロ様はなぜいきなり本に興味を持ち始めたんだ?」
「イーディスと本の話を出来ればと思ってな」
「だったら俺ではなく、イーディス嬢に直接聞くのがいいんじゃないか?」
「それはそうなんだが……」
「まぁイーディス嬢なら今挙がった本はほぼ確実に読んでいるだろうし、読み終わってから感想を言ってオススメを聞くって流れでもいいと思う」
「そうさせてもらう」
屋敷に帰ってすぐにオススメされた本のリストを使用人に渡す。児童書ばかりだからか使用人は少し不思議そうだったが、翌日には全冊揃って部屋に置かれていた。鍛錬の時間もあるため、毎日あまり時間は取れないが、それでも毎晩少しずつ読み進めていく。ページ数の少ないものばかりなのがありがたかった。
イーディスと楽しく本トークをする日を夢見て、空き時間に読む用の本を学園に持ち込むことも増えた。
「あ、それこの前俺が教えたやつの続編か?」
「一昨日届いたんだ」
「どうだった?」
「ぼんやりしている主人公の着眼点が面白い」
「だろ? 王様への貢ぎ物はどれも昔から上とか下ばっかり向いていた主人公だからこそ見つけられたものなんだよ!」
「今、ちょうど姫様への贈り物のところを読んでいるんだが」
「え、何回目のとこですか!?」
「何回目って、何回かあるのか?」
「メリーズ、話に首突っ込んでネタバレすんなよ……」
呆れた目でメリーズを見るアルガだが、彼も先ほどから話に入りたそうにそわそわとしていた。今日ではなく、リガロが本を読んでいる時はいつもそうだ。
「す、すみません。つい……」
「いやいい。メリーズ嬢のオススメは何回目なんだ?」
「三回目です。まだ少し先になってしまうかもしれないのですが……」
「楽しみにしている」
「はい! 読み終わったら是非感想を聞かせてください」
本を読み出してから、儀式メンバーともよく話すようになった。本に関する話だけではない。美味しいお茶やお菓子の話だってするようになった。喜んでくれるといいな、と締めくくられるそれはイーディスと楽しんでくれと言われているようで頬が緩む。会えない時間もイーディスに触れられることで彼らとの会話も辛くはなくなっていったのだ。
またメリーズ、マルク、スチュワートの活躍により不穏分子の特定が予定よりも早く進んでいた。近く、バッカスが寮内を探る予定らしい。アルガも薬の最終調整に入るらしく、一斉確保出来る日も遠くはないだろうとのことだった。その背景で決して外すことが出来ない存在がいる。ローザ=ヘカトールだ。予想通り、メリーズを面白く思わない存在が彼女の周りに集まっているらしい。事情を知らない彼女は未だメリーズに手を下すことはないが、今後どう動くか分からない。警戒範囲がある程度特定出来てありがたい限りだが、リガロも気が抜けない。
スチュワートは生徒会室の窓からローザの姿を見かける度に辛そうな表情を浮かべるようになった。なんとか対処してくれと小さく呟く彼は、話せないことを歯がゆく思っているらしい。
ローザの周りには確たる味方がいない。学園に入る前から仲良くしている友人はいても、次期王子妃である彼女が心を許すことは難しい。ぽろりと弱音を溢せばいつの間にか拡散されてしまうのが社交界というものだ。イーディスが心配なリガロだが、彼女には信頼出来る人物がいる。スチュワート王子は孤独なまま戦い続ける婚約者を思いながら、それでも自分の役目を果たすために動く。
少しずつ情報が集まり、儀式を行うための地盤が固まっていく。
「王家主催の夜会でメリーズを社交界デビューさせる。私の学園入学を理由に多くの貴族を呼び、この夜で多くの不穏分子を摘み取る予定だ。またアルガとメリーズの婚約発表も行いたいと思っている」
「わかりました」
「問題ない。自白剤の調整は済んでいる」
「メリーズ参加の噂を流すことで何かしら仕掛けてくる可能性が高い。リガロには今まで以上に警戒して欲しい。そしてマルク、バッカスは引き続き不審な動きをした人物のリストアップを」
「了解です」
夜会が終われば協力者の存在が明かされる。ローザが王子妃に相応しいかのジャッジを下されるのもこの日である。イーディスと共に過ごせる日が来るのはまだ少し先になるが、彼女に儀式について話せる日も近いだろう。そう思うと心が軽くなった。
わざと隙を作れば、メリーズへの嫌がらせが始まる。入学した頃とは比べものにならないくらい物理攻撃を行ってくる。リガロがいなければ怪我を負っていてもおかしくはない。加害者の割り出しをしつつ、聖女を敵視する不穏分子かメリーズが気に入らないだけかの判断を下していく。グレーの者はリストに追加。犯人の名前だけではなく、被害の大きさや交友関係などは全てマルクが管理している。儀式終了後にそのリストを活かしていくらしい。集まれば集まるほど彼の笑みは深みを増していく。さすがは王家に選ばれた王子の右腕候補だ。




