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1.癒やしの聖女

「次の招集は入学式後って聞いていたんですけど」

「アルガ、そんなこと言うなよ。何か理由があったんだろう?」

 入学式の三日前ーー急遽スチュワート王子から招集を受けたリガロは城へ向かった。通されたのは応接室、ではなく王子の自室。そこには王子の他にも二人の男がいた。リガロを見てぺこりと頭を下げる男と、不機嫌さを隠さずに王子を睨むローブの男。どちらも見覚えがない。だがおそらく彼らもまた聖女に関わるメンバーなのだろう。リガロは空いた席に腰を降ろし、さっさと用件を話してくれと王子に視線を注ぐ。けれど話が始まる様子はない。まだ人数が揃っていないのだろうか。数年前の誕生日にイーディスから送られた懐中時計で時間を確認すれば、ぴったり約束の時間を指している。ふうっと短く息を吐き出し、イーディスに思いを馳せようとした時だった。コンコンコンとドアをノックする音に続き、新たな人物が二人、ドアから顔を出した。すると一瞬にして部屋の空気が軽くなった。まるでこの場所に溜まっていた魔が浄化されたかのよう。これが聖女の力。話には聞いていが、想像以上だ。リガロは目を丸くした。けれど聖女の力に驚いたのは他のメンバーも同じだったらしい。

「スチュワート王子、全員揃いました」

「よし始めるか。まず初めに、今日は忙しい中集まってくれてありがとう。君たちに紹介したい人がいるんだ。メリーズ嬢、こちらへ」

 王子に手を引かれた聖女は背筋をピンと伸ばした。ここにいる人物の視線を確認し、ゆっくりと口を開く。

「癒やしの聖女としての役目を担わせて頂くことになりました、メリーズ=シャランデルです。つい数ヶ月前まで平民として暮らしておりまして、聖女としてではなく、まだ貴族としても不慣れな部分も沢山あり、ご迷惑をかけてしまうこともあると思うのですが、皆さんのご期待に添えるように全力で尽くさせて頂きますのでよろしくお願い致します」

 ゆっくりと、そして深く頭を下げる姿はどこかイーディスと似ていた。いや、リガロの理想といった方が正しいだろうか。その瞳に吸い込まれたいと願い、イーディスと出会っていなければ運命だと本気で信じたことだろう。それほどまでに彼女の存在は一瞬でリガロの心を埋めた。

『今すぐここから逃げ出したい』『今すぐ彼女を抱きしめたい』

『出会いたくなかった』『これは運命だ』

『イーディスに会いたい』『メリーズを手に入れたい』

 正反対の言葉が頭の中でぐるぐると周り、涙が溢れそうになる。自分の唯一はイーディスだったはずなのに、この先それが変わることはないと思っていたのに、あっさりと崩れそうになる自分が気持ち悪い。口元までせり上がった闇は気を抜けば吐き出してしまいそうで、そんな自分を今すぐ切り捨てたい衝動に駆られる。剣に手をかけたリガロは必死でそれをグッと胃の中に収めると、唇を噛みしめた。

「聖女に選ばれたとは言わないんだな」

 紫色の髪の男がそう呟かねば、きっとリガロは自分らしくもない言葉を吐き出していたことだろう。一度溢せばその闇が身体を覆って二度と戻れなくなる。そう思うのに、一度この空気に触れてしまえば自ら手放すことは出来ない。不思議とそんな気がした。

「役目を担わせて頂くにあたって、王子に頼んで聖女の歴史について調べさせて頂きました。もちろん三十年前の一件のことも。だから私は『選ばれた』なんて他人任せな言葉を使いたくはないのです。私は聖女の片翼として役目を全うしたい」

「やる気があるのはいいことだ。俺はバッカス=レクス。書記の家系だから見守ること以外これといった役目はないんだが、貴族歴は他の奴らと同じくらいあるから困ったことがあれば聞くといい」

「ここに案内する途中にも話したが、俺はマルク。一応貴族だが、田舎の男爵家の三男だ。暮らしもほとんど平民と変わらない。分からないことがあったら気軽に聞くといい」

「ありがとうございます。バッカス様、マルク様!」

「ほら、アルガも挨拶しとけ」

「……もうした」

「は?」

「実は一昨日、アルガ様とは一足先に顔合わせをさせて頂いておりまして」

「俺が聖女の婚約者に選ばれた。だからリガロ=フライド、ちゃんと仕事しろよ」

 ローブの男、アルガは心底面倒くさそうに呟いてチラリとリガロを確認する。初対面の彼にもリガロがイーディスを心配しているという情報は伝わっているようだ。ああ、と短く返事をすれば王子はにっこりと笑ってアルガの言葉に続いた。

「もちろんイーディス嬢と一緒にいたくなったらいつでも彼女を連れてきてくれて構わないからな」

「絶対連れてきません」

 誰が連れてくるか。


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