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18.ピース

「送ってくださってありがとうございます」

「ああ」

「明日は少し早めに屋敷を出たいと思っているのですが」

「ああ」

「……明日は馬車で登校しようかと」

「ああ」

「…………本当に馬車頼んじゃいますよ」

「ああ」

「……………………これを機にお父様に馬おねだりしちゃおうかな~」

「ああ」

 いつものように馬でフランシカ屋敷まで送ってくれたリガロだったが、途中から明らかに様子がおかしい。視線はイーディスに向いているのだが、思考はこの場所にない。考え事だろうか。珍しいと思いながらも、そんな日もあるかと会話を終了したい気持ちは山々なのだが、いかんせん裾をぎゅっと掴まれている。彼らしくない態度だが力はいつも通り。軽く引っ張る程度ではびくともしない。

「屋敷の中入ります?」

「ああ」

「お茶とコーヒー、どちらにしましょう」

「ああ」

「あの、中入るなら動いて貰わないと」

「ああ」

「私一人じゃ動けないのですが」

「ああ」

 ダメだ。何を聞いても「ああ」しか言わない。彼が壊れたラジオのようになってしまったのは学園を出てしばらく経ってからのことだ。それまでは普通に会話出来ていたため、途中で何かあったと思われる。イーディスは彼の様子がおかしくなってしまった辺りの会話を思い出す。

 いつものように今日の出来事を報告しながらマリアの話に入り、彼女が夜会用のドレスを作っているらしいという話をした。夜会デビュー自体はまだまだ先なのだが、彼女が夜会用ドレスのデザインを描いていると知ったご両親がドレスを作ろうと言い出したのだという。その提案にキースもマリアも乗り気で、男女二着ずつオーダーしたとのことだ。「出来上がったら四人で写真を撮りましょう!」とはしゃぐマリアにイーディスは目を丸くし、バッカスは「この先、一体何回撮る予定なんだよ」と笑っていた――と、ごくごく普通の内容だったはず。もしやリガロも混ざりたかったのだろうか。だが図書館に一度も足を運んだことのない彼が写真撮影に参加したがるとは思えない。他に何か理由があるかと首を捻るも一向に答えは浮かばない。やはり本人から聞き出す他ないかとため息を吐く。少しはちゃんと答えてくれとリガロの手をトントンと叩く。

「黙ったままでは分かりません。何かあるなら言ってください」

「ワガママでしかないんだが」

 あ、やっと「ああ」以外の返答が来た。けれどワガママか。少しはこちらに気を使ってくれていたらしい。

「今さらそれ気にします?」

「……来月、王家主催の夜会があるだろう?」

「ええ。明日にはドレスも仕上がるとのことで今週末は最終調整があります。だから外出は出来ませんよ?」

「その夜会、欠席してはもらえないだろうか」

「出来るはずないでしょう。王家主催ですよ? 特別な理由もなく欠席すれば不敬にあたります」

「王家にはこちらで訳を話しておく。イーディスはただ当日、家にいてくれればそれでいいんだ!」

「それで私がはいそうですか、と納得するとでも?」

「イーディスは社交界が苦手だろう? 特に夜会ではいつもよりも表情が強ばっている」

「それは……そう、ですけど」

 確かに社交は苦手だ。ニコニコと笑みを張り付けながら腹を探り、時に繰り出される言葉の刃に刺されても立ち続けなければならない。お茶会のみだった頃よりも大勢を相手にしながら立ち回るには神経をすり減らさねばならないのだ。欠席していいと言われれば普段なら喜ぶところだが、今回はタイミングが悪すぎる。おそらくその日はヒロインの夜会デビューとなる。普段ヒロインと共に過ごしていると思われるリガロが婚約者ではない女性と共に過ごし、その婚約者は欠席していたとなればイーディスの立場は確実に弱くなる。

「今回だけでいい。欠席してくれ」

「……理由は?」

「話せない」

 リガロは頼むと深く頭を下げて懇願するが、それでいて理由は話すつもりがないなんて馬鹿にしている。

「私では判断しかねます」

「すでにフランシカ家には了承を取ってある」

 つまりどう答えようともイーディスの欠席は決まっている、と。父から伝えられればイーディスとてすんなりと、とはいかずともこんな惨めな思いをせずに済んだ。ドレスを注文する前ならなおのこと。戦闘服にも近いそれは腕を通すことすら許されないのか。……ふざけるな。怒りが沸々と湧き上がるが、イーディスはそれを目の前の男にぶつけるだけの立場を有していない。フランシカ家は格下で、どんな条件を突き付けられていたとしても当主が頷いたのならば娘にそれを覆す権利はない。奥歯を噛みしめながら、イーディスは声を絞り出す。

「わかり、ました」

「イーディス!」

 ありがとうと繰り返す彼の手を解き、屋敷へと戻る。

「イーディス様、お帰りなさいませ」

「夜会用のドレス、調整かけなくていいと伝えておいて」

「ですがあのドレスは」

「いいの。参加しなくなったから。あと今日はお腹空いていないから夕食はいらない」

「イーディス様?」

 使用人に用件だけ告げると制服のままベッドにダイブする。

「これだから脳筋は嫌いなのよ!」

 イーディスが今度の夜会のためにどんなドレスを用意していたかなんて、リガロはきっと関心もないのだろう。期待なんてしていなかった。けれど舞台に立つことすら許されない女のなんと惨めなことか。

「モブのくせに本当ばっかみたい」

 口にすれば涙が頬を伝った。リガロはイーディスを捨てると分かっていたのに、彼を信じようと思ってしまったのはきっと彼がウェディングドレスなんて言葉を口にしたからだ。期待しないようにしていたのに、その言葉は無意識のうちにイーディスの思考へと定着した。異性に寄せるような好意なんて持ち合わせていない。けれど信じてみたいと思えるほどには心を開いていたのだ。結婚してもいいかもしれないなんて、選ぶ権利もないくせに……本当にバカみたい。

 シナリオに参加する権利すらろくに与えられていないモブは慎ましやかに過ごせば良いだけ。それこそが最適解だ。いくらヒロインがゲームの中とは違っても彼女は聖女だ。彼女こそが剣聖の孫に相応しい。名前も知らぬ男が吐いた『ヒビ割れたカップがお似合いだ』という言葉は案外的を射ていたのかもしれない。夜会に来ないでくれと懇願されるような女は所詮、聖女様が舞台に上がるまでの間を繋ぐためのピースでしかないのだ。


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