11.空の色
「今日も海は青いな!」
「そうですね~」
海の青よりもまだ白い空への感想はないのか。イーディスは眠い目を擦りながらあくびをかみ殺す。今日はいつもよりも一刻以上も早く迎えに来たせいでまだ眠いのだ。父や使用人は事前に聞かされていたようで、当たり前のようにドレスに着替えさせ、弁当を持たせて送り出してくれた。ならもう一手間かけて本人にも伝えてくれと思うのだが、そこを忘れるのがリガロという男なのだ。馬に乗りながら、せめて前日に教えてくれと文句を言ったところで「伝えてなかったか?」で終わりだった。悪気がないのは分かるが、眠い。イーディスはバッグの中からレジャーシートを取り出すと砂浜の上に広げた。そしてその上に大きめの布を広げ、腰を降ろす。本当なら寝転がって二度寝したいところだが、さすがにそんなことをしたらお説教確定だ。バッグを膝の上で抱えながら、こくりこくりと船を漕ぐ。
「寝るのか?」
「まだ眠いので」
「ならこれでも羽織っておけ」
リガロはそう告げると自らのジャケットをイーディスにかける。先ほどまでぴたりと背中にくっついていたリガロの香りだ。彼に包まれているような感覚だ。温かくて安心する。目をつむるとそのまま眠りの世界へと旅立っていった。
「起きたか? なら食事にしよう」
「もうそんな時間ですか?」
「昼を少し回ったくらいだな」
「うわぁ結構長いこと寝ちゃってたんですね。すみません」
「疲れているなら屋敷で過ごせば良かったな」
リガロはお弁当の用意をしながらしおらしい言葉を吐く。けれど寝てすっきりとした頭でなら分かる。きっと彼は朝焼けを見せたかったのだろう。初めて海に来た時以降、何かにつけて海に連れてくる彼だが、大抵何かしらの理由がある。例えば学園では顔を会わせる機会のないイーディスに気を使った、とか。勿体ないことをしたなと頬を掻き、ポットに手を伸ばす。
「昨日は週明けに友人に貸す本を選んでいて、つい寝るのが遅くなってしまって」
「マリア嬢か?」
「いえ、バッカス様です」
「バッカス=レクスか。彼とは仲が良いようだな」
「ええまぁ。好みが合いますし、彼は身分差を気にするような人ではないので話しやすいんです」
「やはりイーディスは読書をする男が好きなのか?」
「いえ、そういう訳では」
「ならどんな男が好みなんだ!?」
いきなり手を掴まれ、思わずビクッと身体が跳ねた。ポットを置いた後ではあったが、近くにあったカップから少し紅茶が溢れてしまった。「危ないです」と眉を顰めても「どうなんだ?」と繰り返すだけでまるで聞こうともしない。これと決めたら一直線、周りが全く見えなくなるのは脳筋の嫌なところだ。
「なんでそんなことを知りたいんですか?」
「俺はイーディスのことなら何でも知りたい!」
バッカスとの間に一体何があったのか。てっきり話はもうついたものだと思っていたが、引き下がりはしたものの納得はしていなかったといったところか。今さら男の好みなんて聞いて何になるのか。あなたが好みです、と歯が浮くどころか溶けてしまいそうな台詞でも吐けば引き下がってくれるのか。そもそもそんなに気になるなら一回でも様子を見に来ればいいのではないか。頭の中で様々な考えがぐるぐると回る。けれどどれも直接告げられるようなものでもない。馬鹿正直にバッカスの名前を挙げずにマリアと言っておけば良かったと後悔したところで遅い。イーディスははああああと長いため息を吐いてからカップとポットをずらし、彼と向き合う。
「男性の好みですよね」
「ああ見た目でもいいし、内面でもいい」
「見た目は不快感を与えるような見た目でなければあまり気にしません。内面は……気遣いの出来る人は男女問わず好ましいと思います」
「寝不足の婚約者を連れ出すような俺とは真逆のタイプか……」
リガロは肩を落とし、しぼんでいく。ただ男性の好みを答えただけだというのに、落ち込む要素あったか? 何かの参考にしようとしたのだろうか。困ったイーディスは「あくまで私は、ですから!」と付け足すが、リガロはますます元気をなくしていく。なぜか虐めているような気がして、気分がよろしくない。何か気の利いた言葉はないかと頭をフル回転させるが、良い案なんて浮かばなかった。そもそも前世でも死ぬ直前まで友人に伝える感想が思いつかなかったような女なのだ。人間、一度死んだくらいではこの手の気遣いが出来るようになんてならない。あれは特殊スキルだ。




