8.気の早いウェディングドレス
「今日は来ないと思っていました」
「なぜだ?」
「……一緒に馬登校するのを諦めてくれたと思ったんですよ」
「そう簡単に俺が諦める訳がないだろう?」
「昨日のこと、謝りませんからね」
「そのことなんだが、あの後、俺もしっかりと考えたんだ。そして両親と話し合い、数年以内に子どもが産まれなかったら弟や親戚筋から養子を迎えることにしたから安心してうちに嫁いで欲しい」
「ちょっと待って。何がどうなったらそうなるの!?」
「イーディスは子に恵まれずに離縁されるかもしれないと不安だったんだろう? 今から子どもについて悩んでくれるとは……と両親共に感動していた。早くフライド家に入って欲しいと、卒業後すぐに結婚式が挙げられるよう、今から準備に移ろうかと話していたほどだ」
「なぜフライド家はそんなにノリノリなんですか……」
婚約者とは、からどこをどう取ったら子どもについてになるのか。結婚すら三年は後だというのに飛躍しすぎだ。昨日放置されたことへの怒りなどどこかへ吹っ飛び、代わりに彼の通常運転の脳筋さに頭を抱える。
「弟は昨晩から結婚式のドレスデザインを考案している」
「弟さんまで……ってデザインの考案?」
「ああ。うちの弟は最近服飾デザインを学びだしてな」
「そうなんですね。私、フライド家の男性はみんな騎士になるものだとばかり」
「弟は服飾ブランドを手がけているマリッド伯爵家の一人娘と婚約しているんだ。学園卒業と共にそちらの家に入ることになっていて、って言ってなかったか?」
「初耳です。それにしてもマリッド伯爵家ですか。少し意外です」
マリッド家といえば貴族でありながら社交を嫌う一族で、一年に一度でも夜会に顔を出せば良い方だ。イーディスもまだ一度もお目にかかったことはない。変わり者としても有名な家系だが、その才能は折り紙付き。マリッド家の人間は男女問わず、成人と共に一つのブランドを持ち、そのどれもが必ずヒットする。客層もブランドによって異なり、貴族としてよりもデザイナーの家系として大陸中から常に注目され続けている一族である。そこに騎士貴族が加わるとは一体どんな縁だろうかと首を捻る。
「元々交流はあって、俺の服やイーディスに贈ったドレスもマリッド家のデザイナーがデザインし、作ってくれたものだぞ?」
「そうなんですか!?」
「弟には武術の才能が皆無なんだが、デザイン系の才能はあるらしい。本人も学ぶのが楽しいらしく、今日もウェディングドレスのラフを持ってマリッド家に行くと言っていた」
「……才能が活かせる環境っていいですよね」
前半は喜ばしいことだと思うが、後半を聞いてしまえば素直に祝福出来ない。リガロとイーディスの結婚式に食いついたのではなく、ウェディングドレスに興味があるのだろうが、それでも少し複雑だ。
「エレガントかつ斬新なデザインにしてくれるらしい」
リガロはそう告げるとイーディスを馬に乗せ、学園へと出発する。
「普通のでお願いします」
「ハハハ俺にはデザインの才能はまるでないからな、弟と相談してくれ」
本当に嫌になるほどいつも通り。けれど彼の明るさにイーディスは少しだけホッとしていた。
馬に乗りながら、イーディスはリガロから今日の予定を聞いていた。やはりというべきか、彼は乙女ゲームで受講していた科目を全て組み込んでいた。さらにヒロインが受講するものもほとんど含まれている。まるで昨日彼女本人から聞いて合わせたかのようだ。それでもリガロの態度は乙女ゲームとは正反対。イーディスに興味がないどころか身辺を気にしているような気さえする。頻繁にマリアとキースの名前を出しては仲良くするようにと告げ、同時に特待生からは遠ざかるようにと遠回しに告げてくる。仕組まれた恋愛ゲームに上がろうとしているにしてはしきりに結婚の話を挟んでくる。何か裏でもあるのだろうか。例えばイーディスをヒロインに近づけないためにリガロが彼女の近くにいる、とか?
「イーディス、バッグ」
「ありがとうございます」
頭に浮かんだ馬鹿らしい考えを一蹴し、リガロからバッグを受け取る。
リガロの思いがどうあれ、イーディスには面倒事に自ら頭を突っ込む趣味はない。本当は様子見だけでもしようと思っていたのだが、事情が変わった。昨日二人と一緒に決めた受講科目だが、なぜかヒロインの受講予定科目になるとキースが他の科目を提案してきたのだ。イーディスとしてもそちらの方が都合がいいため、全力で乗っかった結果が被りゼロという驚きの結果を生み出したのである。昼食も学園側に用意してもらった部屋を使用するらしい。彼が地図の上にここだと指さした場所は攻略者達が頻繁に利用する生徒会室からは遠く離れていた。偶然にしては少し出来すぎのような気もするが、乙女ゲームにはいなかったはずの二人と行動を共にすることでイーディスがイベントに巻き込まれる心配はグンと下がったのである。まだ完全にリスクを失くせたわけではないが、一年しかない友人との楽しい学生ライフを潰してまでヒロインの動向を探る気にはなれなかった。




