7.婚約者とは
「私、ずっと一人で過ごすものと思っていたので嬉しいです」
「一人?」
「ええ。社交界で話す相手くらいはいますが、マリア様以外のお友達はおりませんので」
話すといっても和やかなものではない。学園で見かければ軽く話すくらいはするだろうが、仲良くお茶しようなんて仲ではない。あくまで社交の一種なのだ。
マリアは一年だけだと少し寂しそうだったが、イーディスとて何年在学出来るかは分からない。乙女ゲームのシナリオ通り進めば一年次の修了式でリガロから婚約解消を言い出される。それも多くの聴衆の前で。ただでさえフランシカ家の力は強くはない。さらにここで見世物のような扱いを受けたらどうなるかーー少なくとも平然と残りの学生生活を送ることは出来ないだろう。療養という形で王都を離れ、そこから姿を見せることなく退学という流れを取るに違いない。
「俺は頭数に含まれていないのか?」
「さすがにずっと婚約者と一緒という訳にはいかないでしょう?」
リガロが戻ってきたのは講堂で別れてから半刻近くが経過した頃のこと。王子や知り合いに声をかけてきただけにしてはあまりにも遅すぎる。いくら居場所が分かっているからといって婚約者を放置するだろうか。時計の針が進むごとに嫌な考えばかりが頭をよぎった。そして彼が到着する頃には、イーディスの中で蕾を付け始めていた恋の花はすっかりと枯れてしまった。
「キース様はそのつもりのようだが」
「わざわざ本人も学園に入学してくるほどですからね。でも彼が特殊なんです。通常の生徒にとって学園生活は社交の場であり、婚約者は家にメリットを生み出すための協力者でしかありません」
「……協力者、か」
婚約者と恋人は違う。身分の釣り合いや双方にとってのメリット・デメリットを加味して結ぶのが婚約というものである。確かに恋人も好みやらなんやかんやを見るのだろうが、重要度がまるで異なる。そして何より選ぶ権利が本人にあるかないかが大きい。ゲーム内の彼がヒロインと結ばれたのも真実の愛なるものの存在よりも、双方の家にとってメリットがあったからに他ならないのである。そう、身分は下でも彼に十分な鍛錬時間を与えることが出来るというメリットを有していただけのイーディスよりも癒しの聖女であるヒロインの評価が高いのは仕方のないことだ。もしもあの場で二人を祝福していなくとも、後々家同士の話合いによって婚約は解消されていたに違いない。
「それ以外に何か?」
「生涯を共にする相棒とか」
「その関係性も否定はしませんが、必ずしも婚約者と生涯を添い遂げるとは限りません」
「どういうことだ?」
「いくら婚約者とはいえ、メリットを与えられぬと判断されれば婚約解消や破棄をする家もあるでしょう。もちろん夫婦になったとしても後に子が産まれないなどの理由で離縁されるケースもあります」
「それはそう、だが」
「家のためなら相手を切り捨てるーーそんな判断を下すのが貴族というものです」
「だが例外だって存在するだろう!」
「いるでしょうね。けれど例外は、少数派は特別な何かを持たなければ輪の中にもいれてもらえない……と話がズレましたね。何にせよ、他国の貴族であるキース様とリガロ様では立場や考え方が違います。他の生徒との交流もありますし、私もあなたの邪魔をするつもりはありません」
イーディスは淡々と勝手にすればいいと告げる。リガロは悲しげに眉を下げるが「俺は……」と言葉に詰まるだけ。何の弁解もしてくれなかった。だがこれでいい。所詮、イーディス=フランシカという令嬢はヒロインとヒーローがくっつくための踏み台でしかないのだから。
「やぁイーディス。今日も良い天気だな」
あれだけ不穏な雰囲気で別れたというのに、リガロは今日も今日とてフランシカ家のドアを叩いた。授業が始まるのは九時から。登校するには些か早すぎないかとの突っ込みは不要だろう。それよりも昨日の夜の苦労が水の泡になってしまったことにイーディスは顔を歪ませる。リガロと喧嘩してしまったから顔を合わせづらいのだと父に拝み倒し、やっと馬車を出す許可を得たのだ。そして今日、彼が迎えにさえ来なければそこから毎日馬車登校をするつもりだった。なんとも自然な距離の置き方だと自画自賛していたというのに、彼は爽やかな笑みを浮かべている。




