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2.神様からの贈り物

 ーーけれどそんな考えはある日を境に一変する。

 十二歳の誕生日から数日が経過した朝。起床すると共に神様から与えられた『前世の記憶』という名の贈り物を開封したことで悪い夢から目が覚めた。前世の記憶の一部に『リガロ=フライド』に関するものがあったのだ。

『私の推しはリガロ=フライド! 鍛錬と剣が命の脳筋キャラなんだけど、本当に一途で! シナリオを進めていくとちょこっと黒っぽく見えちゃうけどそんなところもわんこっぽくて最高なの!』

 そう熱く語ったのは、前世の親友だった。脳筋とわんこ系がツボな親友はリガロが攻略対象として登場するゲームを心から愛していた。乙女ゲームに興味がなかった前世のイーディスに無理矢理押しつけ、感想を聞かせてほしいと約束を取り付けるほどに。これといった予定もなかったので、とりあえず全ルートを回った。そして何と話せばいいのかと頭を抱えた。ほぼ全てのルートに共感出来なかったのだ。そもそも婚約者のいる男が他の女の子とデートをする仲になることが受け入れられなかった。悪役ポジションにいる、王子様の婚約者に些か同情してしまったほどだ。確かに虐めは良くない。平民相手だから。公爵令嬢だから。そんな理由で誰かを傷つけてもいいとは思わない。だがろくに婚約者の話も聞かずに他の女の子と仲を深めて、その相手に危害を加えたと罪を告げる男もどうかと思うのだ。夏休みでなければ速攻で友人に『この王子は頭沸いてるの?』と聞いてしまっただろう。けれど彼女は今、最近発売したファンディスクをプレイしているのだ。さすがにそんな水を差すようなマネはしたくない。そもそもファンディスク発売を機に一緒に沼にハマろう! と誘ってくれたのだ。残念ながら好感を持てるキャラがほとんどいないので沼にはハマれそうにない。それでもメッセージ欄に入力した文字を全て消し、王子はともかく、せめて親友の推しの方だけでも良いところを探さねばと努力した。

 努力『は』した。

 けれど、心から愛する女性を見つけたからと婚約者に向かって『君のことは大切に思っている。だが一人の女性としてではなく、妹として』なんて暴言吐くような男を好きになることなど出来なかった。さらにいえば捨てられたくせに彼に幸せになって欲しいからと長年の恋心を押し込めて婚約解消を受け入れるイーディスとセットで拒絶反応が出るほどだ。そして最終手段・インターネットで他の人の感想を見るという方法でなんとか乗り切ろうとした彼女は酷い頭痛に襲われ、そのまま生涯を終えた。



 記憶を取り戻したイーディスにとってリガロは最低な男だ。

 乙女ゲームでも悪役令嬢を断罪する王子に次いで二番目に嫌いなキャラだったが、それ以前の問題だ。ゲーム知識なんてなくとも、前世の価値観で言えばリガロは最悪な男だ。この婚約が政略的なものであるならばまだ我慢も出来たかもしれない。だがフライド家がただの男爵家と婚約を結んだところで何かを有利に動かせる訳でもない。おおかた鍛錬で忙しい息子に対して文句一つ言わない女が欲しかったのだろう。イーディスの役目は壁だ。剣聖の家との縁を求める貴族や令嬢達に嫌みを言われる役。実際、イーディスはリガロが一人でもくもくと鍛錬をこなしていても、誕生日を忘れられても、なんならお茶会のエスコートすら忘れても文句一つ言わなかった。彼のためと、支えているつもりでいたのだ。だが記憶を取り戻した彼女は思う。

「頭沸いてるんじゃない?」ーーと。

 いくら自分自身にかける言葉とはいえ、些かトゲがある。けれど頭の中に残る彼への恋心と見当違いの努力が苛立ちという名の火に次々と薪をくべていくのだ。引き出しの中に大切にとってあるリガロからの手紙を取り出せば腕には鳥肌が立つ。なにせイーディスはもう何年も前から彼自身と文通など行っていなかったのだから。どれもこれも、過去の手紙と最近の手紙はよく見れば筆跡が微妙に違う。使用人が気を使って、リガロに真似た文字で定期的に手紙を出してくれていたのだ。けれどそのどれにも彼の意思など含まれていない。イーディスだって分かっていた。分かっているのに、いまだ恋心を抱き続けていた。この手紙はいわばイーディスの黒歴史である。今すぐ破り捨てて燃やしたい気持ちを抑え、代わりに箱に詰めて引き出しの奥へと追いやった。そしてレターボックスから便せんを一枚だけ取り出し、遠回しに業務連絡以外で手紙を送らなくてもいいと記す。どうせこの手紙もリガロの目には入らないのだろう。それでもストレートに書く訳にはいかないのだ。



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