7.欲しいもの
「編みぐるみ、俺にも作ってもらえないだろうか?」
「え? なぜ?」
「イーディスの呟きを聞いていたら俺もベッドサイドに一つ置きたくなったんだ」
「ぬいぐるみくらい伯爵にねだれば……って言いづらいですよね。でしたら今度のお誕生日にはネクタイと一緒にぬいぐるみをお贈り致しますわ。形や色のご希望はありますか?」
何か勘違いされているようだが、少しでもイーディスの思考を埋められるならそれで良かった。もちろん毎年贈ってくれるネクタイも気に入ってはいる。イーディスからの贈り物を付けることで他を牽制しているような気分になるのだ。けれど寝室という、プライベートな空間に彼女からの贈り物、それも手作りの品を持ち込むのも悪くはない。いや、むしろ最高だ。想像すれば頬が緩んだ。
「イーディスが贈ってくれたものなら何でもいい」
「そうですか。ではリガロ様のベッドサイドに置かれていてもあまり不自然ではないものをメイドと一緒に選ばせて頂きますね。しばらく週末は王都の雑貨屋巡りをすることになりそうです」
「ん?」
メイドと店を巡る? マリア嬢の時は作ると言っていなかったか。材料選びのことだろうか。そもそも編みぐるみとぬいぐるみは違うものなのだろうか。リガロはこの手の知識には疎い。なにせずっと剣ばかり振っていたのだ。服装ですら男女問わずデザイン性だのなんだのをよく理解していないリガロが編みぐるみとぬいぐるみの違いが分かるはずもない。けれどなんとなく、イーディスとの間で会話のすれ違いが起きていることだけは分かった。
「? メイドではなく、執事の方が良かったですか?」
「イーディスが編んだものが欲しい」
「素人が作ったものよりその道の職人が作ったものの方が上手ですし、丈夫ですよ?」
「だがマリア嬢には手作りのものを贈るのだろう?」
「はい。買ったものを贈ると彼女が気にするので。それに手作りやちょっとした物の方が喜んでくださいますから」
声しか分からないが、イーディスはリガロに手作り品を贈ること自体を嫌がっている訳ではなさそうだ。ただ単純に買った物の方が嬉しいだろうと考えている……と思う。だからリガロはもう一歩強く踏み込んだ。
「俺もそっちの方が嬉しい」
「え、貝殻とか鳥の羽根が欲しかったんですか!? それならそうと早く言ってくださればさっき砂浜で探しましたのに!」
これが嫌みではなく、本気で言っているのだからなんとも手強い。リガロも都合の悪いことは笑い飛ばしているとはいえ、イーディスもなかなかだ。だがそんな真っ直ぐな所も好ましく思う。
「イーディスは一体マリア嬢にどんな物を渡しているんだ」
「貝殻や羽根、ビーズ細工とかですよ? あ、この前行った草原の近くにあった川で拾った丸くて艶々している石はとても喜んでくれました。小説に出てきた約束の石とよく似ていて」
「石を貰って喜ぶのか……。俺にはよく分からないな」
宝石や原石ならともかく、川の石か。最近は情報収集も兼ねてお茶会でいろんな令息と話してはいるのだが、彼らから聞く『婚約者や女性が喜んでくれる品』と『イーディスの喜ぶもの』は大きく異なる。ドレスや髪飾りを贈ってもお茶会で一度『使う』程度。けれどマリア嬢から贈られた髪飾りは頻繁に使用するのだ。贈り手の問題かとも思ったが、リガロからの贈り物も『お気に入り』に入ることがある。実際、彼女が使っているバッグはリガロが贈ったものだ。出かける際、水筒や本を入れるのにぴったりらしい。それにポケットが沢山ついていてペンや小さな紙を入れやすいととても喜んでくれた。デザインは非常にシンプルで宝飾品どころかレースすら付いていないのだが『邪魔なものがなくて開けやすいし、どこかに引っ掛ける心配もなくて安心』とのことだ。
ちなみにこの贈り物は社交界で得た情報ではなく、フライド家の使用人達の意見をふんだんに取り入れたものだ。正直、贈るまでは本当に気に入ってもらえるかどうか不安でならなかった。次も、と行きたいところだがこれがなかなか難しい。答えを見つけるには圧倒的にイーディスに対する情報が少なすぎるのだ。五年間の代償ともいえる。だが悔やんだところで仕方がない。前に進むだけだ。どうすればイーディスのことをもっと知れるだろうか。遠くを見つめれば、空気が一気に冷え込むのを感じた。




