メリーズと写真
「そろそろ寝ろ」
何度目かになる声がけにメリーズはハッとして時計を見る。作業を始めてからすでに三刻が経過していた。早めの夕食後に取りかかったのに日付けが変わってしまっている。日が変わるまで、との約束して始めたため、本来ならば今すぐにでも手を止めるべきなのだろう。だが目の前の像は完成間近。あと半刻とせずに彫る作業は終わる。
「もう少し、もう少しで終わるので!」
出来れば気分が乗っている時に一気に終わらせたい。終わるといっても今日の作業は、という話で微調整や艶だし作業が残っている。だがメリーズは微調整などの作業は日を改めて行うタイプなのだ。残りの作業を後日に回すと自動的にそれ以降の作業も一日ずつ遅らせてしまうことになる。明日の午後からしばらく予定が入ってしまっているのも、メリーズが手を止めたくない理由である。お願いします、と手を合わせればアルガは大きなため息を吐く。
「それ、いつでもいいって言われてるんだろ?」
「でもなるべく早く持っていきたくて」
「……ホットミルク作ってくる」
「いいんですか!」
「無理に休ませたところでどうせベッドから抜け出すだろ。後少しなら終わるまで待った方がいい」
メリーズが作っているのは、例の会場に飾るための像である。
リガロの暴走により魔に覆われた建物は、イーディス達の活躍によって無事魔が取り除かれた。会場中に咲き誇っていたアネモネもその時全て回収したのだが、後日新しいものを植えることになった。そのタイミングで建物内を解放することにした。剣術大会の会場としてではなく、剣聖と聖母の活躍した場所として。客席の一部を改装してギャラリーになる。リガロのギャラリーにはメリーズの村で長年飾っていた銅像を寄付している。それとは別に、アリーナの中心に聖母と剣聖の二人の像が置かれる予定で、これをメリーズが作らせてもらうことになった。正確には自分が作るつもりでメリーズが案を押し通したのである。この像のために二人の衣装をみんなで話し合い、全体のデザインが決まったのは四日前のこと。すでに像にするための木材は確保してあり、その日から少しずつ作業を進めている。
長年思い描いていた形とは違うけれど、こうして村を救ってくれた二人を彫れることを誇らしく思う。しかも公認である。イーディスに『これを機に女神イーディスの布教を再開してもいいでしょうか』と確認したところ、少し悩んでから許可が降りた。なのでこの像が出来た後は女神イーディス像と、リガロ&イーディス像の作成を急ぐつもりだ。デザインはもう決まっている。彼女が消えてから鍛え続けた彫刻スピードを存分に発揮するのだ。
「まだ熱いから気をつけろよ」
「ありがとうございます」
アルガからホットミルクを受け取り、ふうふうと覚ましながら完成した像を思い浮かべる。過去彫ったどの像よりも良いものになることだろう。一つ目の像なんて本当に酷かった。ボロボロになった細部を調整でなんとかしようと掘り続けたが、どうにも出来ずにぽろっと落ちてしまって、残ったのはほっそりとした像と手の傷だけ。何しているんだ、と呆れたアルガが手にクリームを塗ってくれた。あの時は『研究の過程で出来た副産物』という言葉を鵜呑みにしていたが、今になって思うとわざわざメリーズのために作ってくれていたのだろう。一つ目の瓶の中身がなくなった後も何度も作ってくれて。新しい瓶になる度に傷の治りも早くなっていたように思う。今はもう傷を作ることもなくなった手には痕一つ残っていない。
よくよく思い返せば、アルガがくれたものは傷薬だけではない。
風邪を引けば即日回復の薬を煮込んでくれた。
冬場に手がかさつけば、他人に触れることを意識してケアしろとハンドクリームを作ってくれた。
夜遅くまで起きていればホットミルクやココアを作ってくれる。
旅先で木材を見かけて飛んでいっても、文句一つ言わないどころか何も言わずに持ってくれるし、そろそろ道具を手入れしなくて良いのかと聞いてくれる。
ただでさえ癒やしの聖女関連で自由時間が少ないというのに、そのほかにもメリーズが振り回してしまっていることは多い。
改めて考えると申し訳なさが募っていく。
「アルガ様、いつも迷惑かけてごめんなさい」
「なんだ、急に」
「いや、自分が癒やしの聖女だと分かってから本当にいろんなことがあったなって。私はアルガ様が一緒にいてくれて嬉しいですけど、アルガ様は私のお守りを任されなければもっといろんな研究が出来たんじゃないかと思いまして」
メリーズのパートナー候補は、スチュワート・リガロ・バッカス・マルク・アルガの五人だった。そこに混ざっているスチュワートとリガロは婚約者がいるため自動的に排除となり、残るは三人。その中でアルガを選んだのは、彼が薬師だったから。彼となら多くの人々を救えると考えたのだ。
「報酬にもらった研究室は全然行けてないしな~」
「ごめんなさい」
冷静になって考えてみると、天才と呼ばれる彼の時間を削ることが人々を救うことに繋がるはずがない。真逆だ。かといってバッカスを選べばカルドレッドの研究の一部成果がなくなっていただろう。残るはマルク。彼は王子の右腕として、リガロの離脱で空いた穴をカバーすべく奔走しているらしい。ダメだ。巻き込んで良い人材が見つからない。一人で力が使えれば誰かを巻き込まずに動けたのに……。肩を落としてミルクに口を付ける。
「だが研究室にこもれない程度で俺の才能はかすんだりしない。メリーズに付き合っていろんな場所に行く度に新しい発見もあるし、何より健康を意識するようになった。長生きして、いろんな研究をするさ」
「え?」
「それにメリーズは無茶ばかりするんだから俺が調整しないとダメだろ。バッカスにも保護者に磨きがかかったと笑われた」
それはつまりメリーズの保護者として一生を終えると行っているようなものだ。研究を合間になんて、才能を捨てるようなものじゃないか。だが今さら後悔したところで癒やしの聖女のパートナーは一生で一人。アルガが降りると言えば役目を放棄したことになる。彼が途中で放棄するような人ではないことはメリーズがよく知っている。もう十数年も連れ添っているのだ。それでも、聞かずにはいられなかった。
「アルガ様はそれでいいんですか?」
俯いて声を震わせるメリーズに、アルガはあっけらんかんと答えた。
「俺が好きでやってることだ、気にするな」
「でも私はアルガ様のして欲しいこととか何も出来ていないですし」
「甲斐甲斐しく世話を焼いてくるメリーズなんて想像しただけで気持ち悪いから、そのままでいてくれ」
「それは酷すぎませんか!?」
夢の中のメリーズは研究に熱中するアルガの世話を焼いていた。目の下にクマを作る彼を強引に寝かせ、手作りのサンドイッチを持ち込んで、生活改善に努め、そこから関係を進展させーー。家族がなくなったメリーズにとってアルガは放っておけない存在だったのだ。現実は真逆の関係となっているが、サンドイッチくらい作れる。いや、サンドイッチどころか料理のレパートリーだって決して少なくはない。繕いものだって出来るし、洗濯もお手の物だ。……どれもアルガが率先してやってくれるため、披露する機会が全くないのだが。現状、出来るくせに全て相手に押しつけて自分は趣味に没頭している。そう考えると途端に自分が最低な人間のように思えてきた。今さらやろうとしても気持ちが悪いと言われても仕方ないのではないか。
癒やしの聖女の力を使うには男女同士の信頼が必須。アルガがいなければ力を使うことも出来ないので、共に行動する必要もある。だから彼はメリーズと結婚し、側にいてくれている。だが平民とは違い、貴族が愛人を作ることは珍しくない。癒やしの力が正常に機能しなくなることを恐れて今までの聖女とそのパートナーは他に相手を作らなかったが、今からでも癒やしの聖女のシステムの抜け穴を見つけるべきか。
アルガと過ごす時間が減ってしまうのは寂しいが、仕事上のパートナーをこれ以上拘束するのもよくない。
「私、少しずつ頑張りますから」
像の生産があるのですぐは難しいかもしれないが、少しずつ生活力を見せていけば彼も安心してくれるのではないか。初めの目標は夜更かしをしないことと、食事をしっかり取ること。……まぁ頑張ればいけるだろう。こんな時に努力しなければパートナーとして信頼を築き続けることすら難しい。最悪アルガの前だけ実行して、後はごまかせばなんとかなる。いや、なんとかせねばならないのだ。
アルガの幸せのために。
カップを掴む手に自然と力が入る。表情を隠そうとしてカップを傾けてから中身がないことに気付いた。小さくため息を吐けば、アルガがひょいっと取り上げる。
「今日はもう休め。そんなに力が入っても怪我するだけだろ」
「あ、いえそっちじゃなくて」
「?」
「家事、とか」
「そのままでいいだろ」
「でも!」
それでは今と何も変わらない。誰かを犠牲にしてどうにかしようとしたところでいつか破綻する。誰かが影で苦しんでいるのに知らない振りをして笑い続けることの愚かさを、メリーズは理解しているつもりだ。慈愛の聖女と剣聖はどちらも人々を守るために犠牲となった人達だから。今代の、マリアとリガロは良き理解者を見つけた。だが迷惑をかけてばかりのアルガにとっての理解者になれる気がしない。足を引っ張って沼に引き釣り込んでいるだけだろろう。
笑っていて欲しいのに。
幸せになって欲しいのに。
なぜその気持ちを声にのせられないのだろう。胸がじくじくと痛む。
「無理に変わろうとしなくていい。俺が惚れた奴は前だけ見て爆走する女だ。これからも好きなことをすればいい」
「え、惚れたって、嘘……。そんな素振り一度も!」
「好きでもない女の健康管理するほど俺は優しくない」
アルガは優しいからメリーズのために嘘を吐いているのだろう。面倒臭いから、早くベッドに突っ込むために適当に流しているだけかもしれない。そうでなければこんな告白じみた爆弾発言を顔色一つ変えずに言えるはずがない。きっとそうだ。そうに違いない。そう思うのに、なぜこんなに嬉しくてたまらないのだろう。
「……私、布教ついでに癒やしの聖女としての活動を行うような女ですよ?」
「これから先ずっと癒やしの聖女と呼ばれて、望まれるんだ。長い旅の最中に楽しみが一つくらいあってもいいんじゃないか?」
「旅先で良い木材が見つかったら飛びつきます」
「俺も最近目利きが得意になってきた」
「休みの日にカルドレッドに行こうとか言い出しますし」
「マルクに日程調整頼んでいるのは俺だから気にするな」
「いつの間に!?」
「メリーズが像を彫っている間に俺はいつも報告書を書いている」
「……ごめんなさい」
これがウソでも、もう手が離せそうにない。
変な女が捕まえてしまってごめんなさい。
「そんなどうでもいいこと気にするなんて今日なんかおかしいぞ?」
「どうでもいいことって……」
「どれも今さらだろ。疲れているなら今日はもう寝ろ」
アルガはため息を吐いて、メリーズの手を引く。行先は寝室。今日も布団に突っ込まれるのだろう。残りの作業は後日になりそうだ。明日、疲れが残っていたら例の苦い薬を用意されてしまう。だから今日は素直に眠るしかないのだが……眠れる気がしない。
「結婚式で嫌々馬に乗っていたアルガ様を思い出そう! そうすればこの無駄な浮かれもどこかにいくはず!」
あの顔を思い出せば惚れた女発言が嘘であるとイヤでも理解する。そう考えたメリーズはベッドから抜け出してアルバムを開いた。
だがメリーズが思っているほど、写真の中の彼は嫌がっていなかった。それどころかメリーズですらほとんど見たことのない笑顔を観衆達に振りまいている。こんな顔できるなら、女性達にもモテただろうに……。
「……寝よ」
この顔を見て浮かれていられるほど、メリーズは若くはない。アルガは本当に貧乏くじを引いたものだ。可哀想に。アルバムを元あった場所はなく机の棚の奥に突っ込むと、頭から布団をかぶった。
このアルバムを開くことはきっと二度とないだろう。
ーーと思っていた。
無事に像は完成し、記念館のセレモニーに出席した三ヶ月後のこと。
簡単な家事はしようとメリーズがパンを焼いていると、部屋を掃除していたアルガがキッチンにやってきた。まだ焼けるまで時間があると伝えようとしたが、どうやら彼はパンの香りに釣られてきた訳ではないらしい。首を捻って、うーんと唸っている。
「どうかしたんですか?」
「アルバムが一冊だけどこ探しても見当たらない」
「アルガ様がなくすなんて珍しいですね。どんな写真が入っているんですか?」
「結婚式の写真。ちょっと前まで俺の部屋にあったはずなんだが……リビングに置き忘れたって訳でも、なさそうだな」
「それなら私の部屋にありました。持ってきますね」
「よろしく頼む」
思えばなぜあの一冊だけメリーズの部屋にあったのか。メリーズは、というよりも平民はあまり写真を撮ってまとめる習慣がない。そもそもカメラが高級品なのだ。王都なら写真館というものがあるが、田舎には需要がなく存在もしない。そのため記録を残したいときは大抵画家を呼んでくることになるのだが、実際そんなことをする平民はごく稀だ。お金持ちならともかく、それ以外は記録を残すことよりも豪華な食事を選ぶ。メリーズの出身地なんてまさにそうだ。イーディスとリガロの像を作ったのが異例中の異例だっただけで。
アルバムを引き出しの奥から引っ張り出して、リビングで待たせたアルガの元に戻る。
「これですよね」
「ああ、それだ! 見つかって良かった……」
メリーズがアルバムを渡すと、アルガは大事そうに抱きしめた。そんなに大事だったのか。以前見たときは特別な写真など見当たらなかったが……。そもそもなぜメリーズの部屋の本棚に入れてあったのか。不思議に思いながらも深入りすると嫌なことまで聞いてしまうような気がして、けれど何も聞かないのも素っ気ないような気がする。だから答えづらかった時用の逃げ道が用意されている、当たり障りのなさそうな質問を投げかけた。
「そういえばなんで急に探し始めたんですか?」
答えづらかったら、ただ一冊だけ足りないのが気になったとでも答えればいい。空白を埋めるピースが見つかったことで、掃除に戻る言い訳にもなる。けれどアルガの答えはメリーズが全く予想もしていないことだった。
「今度の結婚記念日にウェディング写真撮影をしようと思って、当時の写真を探していたんだ」
「ウェディング、写真?」
「元々は結婚した当初に式を挙げられなかったり、ドレスを着られなかった夫婦のためにと企画されたものらしい。ドレスもレンタルが用意されていて、写真とドレスだけなら安く済ませられる。そこがもう一度着たいと思っていた夫婦にもウケたらしく、今、大陸中で流行っているらしい」
「それで私達もやろうと? え、アルガ様が? なぜ?」
アルガは流行に乗るようなタイプではない。ましてやウェディング写真なんて何かあったとしか思えない。疑わしい視線を向ければ、彼はなんてことないように告げた。
「企画したのは『青の花嫁』のオーナーで、本当は誰のためかと考えると分かるんじゃないか?」
「リガロ様とイーディス様のため?」
「あの二人はこういうのやるタイプに見えないが、メリーズが記念に撮ったって言ったら周りの奴らが乗り気になるんじゃないか?」
「確かに!」
おそらくバッカスの入れ知恵だろう。そうでなければ頼まれたか。直接言ってくれれば良かったのだが、伝えるタイミングがなくてアルガを経由したということか。メリーズは一人で納得する。
今日の今日でドレス選びは難しいが、流行っているのならばお店に行けばパンフレットか何か用意しているだろう。イーディス達に発破をかけるためなので、写真撮影はやはり青の花嫁。
パンの焼け具合を確認してから、取り出してエプロンの紐を解く。
「では、私ちょっと出てきますね」
「ちょっと待て。どこに行く」
「お店にパンフレットとか置いてあったらもらってこようかなって」
「なぜ当然のように一人で行こうとするんだ……」
「だってアルガ様、お掃除中でしょう?」
アルガは額に手を当ててため息を吐く。だが『青の花嫁』が店を構えるのは王都の一等地で、いつもメリーズが買い物をしている市場の少し先だ。徒歩圏内かつ身の危険もない。帰りに明日の朝食用のフルーツでも買ってこようと考えていたくらいだ。はて、と首を捻ってみてもやはり呆れられる理由が分からない。
「……ドレスは新しいものを作ってもらう。その参考にするためにアルバムを探していたんだ」
「え、でも記念日って後二ヶ月もありませんよ?」
「確認したら一ヶ月もあれば出来るらしい」
「早すぎませんか!?」
「代わりに広告写真に使わせてくれと条件を出されたが、まぁいいだろ」
「いや、それはちょっと……」
ウェディングドレスのオーダーメイドともなれば通常なら半年から一年はかかるものだ。お金を詰めば多少早くは出来るかもしれないが、青の花嫁のような有名店ともなればその手段を取るのは難しい。そこで広告塔になることを条件として持ってきたーーとここまでは理解出来る。花嫁単体の写真なら喜んで受けよう。だが絶賛アルガ離れ計画中のメリーズにとって、二人の写真が国中どころか大陸中に巻かれることだけは避けたい。そもそもこのサービス、ドレスをレンタルすることで安く済ませることが出来る点が魅力なのではなかったのか。メリーズとアルガが着たものをレンタルに加える算段なのだろうか。ぐるぐると考えながら、なんとかちょうどいい断り文句が出てこないかと模索する。
「ウェディング写真を見られたら困る男がいるからか」
「え?」
「最近やけに家事を頑張っているのはそのためなんだろう? あの一件と記念館のおかげで、ラスカ=カルドレッドが聖母だと認識されつつある。そうなれば癒やしの聖女の役目は自然と減っていき、俺にこだわる理由もなくなる。……他に相手が出来ても問題なく力を使い続けることは出来るか、カルドレッドで聞いていたらしいな」
「誰から聞いたんですか?」
「バッカスが教えてくれた」
「折角バッカス様がいない時に聞いたのに、誰かしゃべっちゃったのね」
当然ながら、メリーズにウェディングドレス姿を見られて困る男性などいない。見られて困る相手はどこにいるのかも分からない女性である。だがそれを正直に伝えることは憚られたので、ぼやかしたのだが逆に誤解を招いたらしい。これ以上ややこしいことになって他人に火種を飛ばすことだけは避けたい。もう、正直に伝えるしかないのか。心を決めて大きなため息を吐くと、アルガの眉間に深い皺が刻まれる。
「メリーズが嫌なことはしたくないが、他の男に譲る気はない」
「私も他の男の元に行く気なんてありませんよ」
「ならなぜ!」
「アルガ様が可哀想だから」
「俺が、可哀想?」
「変わり者で、一緒に居ても楽しくない女と一緒にいなきゃいけないから。私はあなたを解放してあげるつもりはないけれど、でも私さえいなければもっと女性が見つかったはずで。……モテるのに、こんな外れクジ引かされるなんて可哀想じゃないですか?」
「モテる? 俺が?」
自覚症状なしなんて一番厄介だ。眉間に皺を寄せたまま首を傾げるアルガに苛立ちを覚える。彼が抱えたアルバムをひったくり、例の写真のページを探す。ペラペラと捲っていけば、一枚二枚とすぐに彼の写真が見つかった。中でも一番幸せそうな、メリーズが側を離れていた時の写真のページを開き、彼の前に突きつける。
「こんな笑顔見せられたら女の子はイチコロなんです。打ち抜かれた女の子達、写真の外側にごろごろとしてますよ」
「そうか? だがメリーズには一度も効いた試しがないから何の意味もない」
「効くも何も、私には一度も向けられたことないので」
「気付いていないだけだろ」
「嘘」
「嘘じゃない」
「もう、嘘なんて吐かなくていいですから」
「……やっぱり他に男がいるんだな」
「なんでそうなるんですか」
「俺に惚れる女がいて欲しいと思うのは、俺が邪魔だからだろ」
「私はアルガ様のためを思って離れようと!」
「俺のためを思うなら俺から離れようとするな。……俺を、お前から離そうとしないでくれ」
涙を流して懇願するアルガは外れクジをぎゅっと握りしめているよう。メリーズが、他人がどう思おうとも彼はもう手を離すつもりはないのだろう。逃げるチャンスは二度もあったのに、クジから伸びた鎖に繋がれることを選んだ。本当に、可哀想な人だ。
「分かりました。ずっと一緒にいましょう」
「本当か?」
「ええ。もう二度と離れようなんて思わない」
それから数日後、二人は『青の花嫁』へと足を運んだ。
オーナー兼デザイナーの彼と話し合いながら、アルガがとある仕掛けを施していることなど気付かずに。
メリーズがウェディングドレスの仕掛けという形でアルガの思いに気付くのは、大陸中に写真が巻かれてからのこと。
「なんですか、これ!」
撮影中、腰の位置がおかしいなとは思っていた。だがまさかドレスと手の位置に仕掛けが施されているとは思わなかった。
「メリーズがまた変な気を起こさないようにと思ってな」
「だからってこれはないでしょう!」
メリーズのドレスも、アルガのタキシードも単体で見れば少し凝った装飾が施されているようにしか見えない。だが二つのデザインが交わることによって一つの模様を生み出す。アルガの左腕からメリーズの右股にかけて蛇が這っているのだ。メリーズの出身地や一部の国では蛇は夫婦円満の象徴であり、夜の営みを意味することもある。それをアルガが知らないはずがない。キッと睨めば、アルガはしてやったとばかりにニッと笑う。確信犯だ。
「俺はお前が思うよりも嫉妬深いし、執念深い」
「っ!」
「ここまで深くはまるまで気付かなかったお前が悪い」
赤くなるメリーズの耳元に口を寄せ囁くアルガは妖艶さを秘めていた。
深みにはまったのは、鎖に繋がれたのは一体どちらなのか。
大陸中にばらまかれたウェディング写真を見て、二人を引き裂こうとする者はいない。もしそんな勇者がいたとしても、二人を繋ぐ蛇が丸のみにしてくれることだろう。




