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6.嫉妬と羨望

 その日からリガロは毎日馬に乗ってフランシカ家を訪問するようになった。鍛錬の時間は以前よりも少しばかり減ってしまったが、父がリガロの鍛錬に口を挟むことはなかった。ただ笑みを取り戻した息子にひと言だけ『悪かった』と告げた。何に対しての謝罪なのか。首を傾げて「はぁ」と気の抜けた返事を返せば、長く深いため息が戻るだけ。祖父は孫の変化を喜んでくれた。「イーディス嬢にあんまり迷惑をかけるんじゃないぞ」と言いながらも、髭を撫でながら毎朝玄関まで見送ってくれる。

「今日もお出かけですか」

 予定のない日は毎日足を運ぶリガロに、イーディスは呆れた目を向ける。相変わらずドレスは地味めで髪型もシンプルなもの。けれど足下はしっかりと乗馬靴を履いており、肩からはリガロが贈ったショルダーバッグが提げられている。嫌そうな声を出しながらも彼女は少しずつリガロを受け入れてくれている。

「海に行こう!」

「この前行ったばかりじゃないですか……」

「でもイーディスは海、好きだろう?」

「好きですけど、たまには家でゆっくりしたいんですが」

「さぁ行こう!」

「……今日も都合の悪いことは聞こえない振りね」

 だって全てを聞き入れていたら距離は縮まらないままだろう? なんて言えるはずもない。だから代わりに「楽しみだな!」と笑ってみせる。彼女が度々口にする「脳筋め……」との呟きの意味は分からないまま。けれどその言葉を口にするイーディスの声は普段よりもほんの少しだけ柔らかくなるから、リガロはそれを気に入っていた。



 夕暮れに染まる海から吹く風を感じながらゆっくりと馬を走らせていると、少しだけイーディスの身体が揺れた。何かに気付いたようだ。忘れ物だろうか。いつも帰り際には入念に忘れ物チェックをしている彼女にしては珍しい。馬を止め、問えば彼女は小さく首を振った。

「どうした、イーディス」

「何でもないですよ」

 剣術大会以降、自分の意見を言ってくれることが増えたイーディスだがやはり壁がある。五年間で出来た壁は分厚く、まだ完全には心を許してくれてはいない。

「遠慮せずに言ってくれ」

 だから今度は彼女の目を真っ直ぐと見つめる。彼女がずっとリガロにしてくれたように、とはいかないが、それでも少しでも歩み寄れるように。イーディスのことをもっと知りたい。そんな思いで綱を強く握る。彼女は少し視線を逸らし、そしてため息を吐くように言葉を紡いだ。

「……さっき通りがかった店に並んでた花飾り、いいなって」

 店と聞いて思い浮かぶのは先ほど前を過ぎ去った露店である。今までも何度か露店が設置されていたことがあったが、大抵がドリンクスタンドであった。リガロ一人なら構わず使うのだが、母からイーディスといる時は使うなと固く命じられているためあまり深く気にしたことがなかった。だが今日は別の物を売っていたのか。それも少し通りがかっただけでイーディスの目を奪うものが。勿体ないことをしてしまったようだ。

「戻るか」

 方向を変えれば、綱を持つ手に彼女の手が重なった。

「いいです。後で自分で買いに来ますから」

「それじゃあ二度手間になるじゃないか。花飾りくらい贈らせてくれ」

「さすがにそんなことさせられませんよ。それにマリア様への贈り物ですから」

「マリア嬢……」

 また『マリア様』か……。その名前が登場したのは何も今回が初めてではない。イーディス曰く『唯一のお友達』である。身体が弱いらしく、過去にお茶会に参加した回数も片手で数えられる程度。リガロも実際にその姿を目にしたことはないが、イーディスから聞いた『アリッサム男爵家』を調べれば年の近い令嬢が一人いた。名前もマリア。確かに存在するらしい。そんな彼女はリガロがずっと剣ばかりを見ていた時にイーディスと知り合い、そして手紙を交わし続けていたのだという。そう聞いた時は胸の中に嫉妬の炎が宿りそうになったが、リガロにはマリアに嫉妬する権利すらないのだ。むしろ肩身の狭い思いをしていたイーディスの逃げ場となってくれていたことに感謝すべきなのだろう。軽く唇を噛めば、イーディスは「帰りますよ」と続けた。これでは無理に買い与えることも出来ない。仕方なく馬を走らせれば、胸の前で彼女は思考を開始した。

「でも彼女に渡すなら花飾りよりも編みぐるみの方がいいか。それなら寝ている時でも一緒にいられるし。確かお母様が一緒に編み物でもしないかって言ってたから、毛糸をいくつか分けてもらって。この前読んだ本にウサギが出てきたからウサギの編みぐるみにしよう。色は白と黒、いやクリーム色とブラウンがいいか。サイズはベッドサイドに置けるくらいのものを」

 ブツブツと呟く彼女はすっかり自分の世界に入り込んでしまっている。こんなにぴったりと身体をくっつけているというのに、リガロの存在はすっかり頭から抜けてしまっているようだ。同じ方向を向いているイーディスの顔は見えない。けれどその目が宝石のようにキラキラと輝いているだろうことだけは分かる。マリア嬢はイーディスの『唯一』だから。ああ、羨ましい。


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