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20.花葬式

 リガロは突然吹き出した魔から人々を守るために身を呈した。

 癒やしの聖女とカルドレッド職員の活躍により、魔は無事に抑えられた。だが彼らが駆けつけるまでの間、一番濃度の高い場所にいた彼の身体は限界を迎えたーーこれがイーディス達の考えたリガロ死亡のシナリオである。


 国を守った剣聖リガロはおそらく後世にも英雄として語り継がれることだろう。なので大々的に葬儀を行うことにした。


 全員で楽しそうに笑いながら「どんな棺桶にしましょうか?」なんて話しているのを知らない人に見られたら、きっと頭がおかしくなったのだと心配されるだろう。だがこの葬儀は新たな門出。リガロがようやく剣聖としての役目を終え、長年彼を縛っていた鎖を解くための儀式でもある。この部屋にいるメンバーが祝うべきものだと認識していればそれでいい。


 葬儀の詳細を決めてから、ローザ・キース・マリア・メリーズの四人は謁見の間へと向かった。


「上手くいくといいですね。まぁ却下されても引くつもりはないですが」

「大丈夫だろ。リガロ様の身元を引き受けることになるカルドレッドはこの手の人間の受け入れ場所も担っている。それに今回の一件で、リガロ様には癒やしの聖女の力が及ばないことが証明された。さっきローザ嬢も言っていた通り、このままリガロ様を抱えるにはシンドレア側のリスクが高すぎる」


 バッカスの言葉通り、即OKがでた。

 シンドレア国王の意見はざっくりとまとめれば『証拠隠滅をするとはいえ、魔の暴走を引き起こした彼を置いておくことは出来ない。今後、暴走をした際に対処出来る人物が必要。だからといってリガロの暴走を止められたのはイーディスただ一人。だが彼女は領主故にカルドレッドを長く離れておくことは出来ない。ならばカルドレッドに引き取ってもらった方がいいだろう』とのことだった。つまり幼少期と同じ作戦である。


「正式に身柄引き受けを完了させるためにはいくつか書類は必要となりますが、陛下よりお二人にお伝えしておきたいお言葉が預かっております。『散々振り回してしまい、申し訳なかった。勝手ではあるが、どうか幸せになって欲しい』と」

「幸せになりますよ」

 羨望と悪意を向けられていたあの頃とは違う。

 今、イーディスの周りにいるのは優しくて頼もしい友人で、みんなが幸せを祈ってくれている。それに、イーディスはあの頃ほど弱くはない。沈む度にいろんな人の手を借りて浮上して、その度に強くなっていったのだ。




 五日後、剣聖リガロの葬儀が行われることとなった。

 彼の好きな花であるアネモネをシンドレア各地からかき集め、至るところに飾った。一番悩みどころである棺桶の中身はイーディスの想像で出したマネキンを使用することになった。マントや剣はリガロ本人のもので、ウィッグはアンクレットに無理を言って頼み、顔面の細かいところはバッカスが整えてくれた。マネキンの周りのアネモネはリガロとイーディスが二人で敷き詰める。彼の思いを知ってからの初めての共同作業が棺桶に花を詰めることとは、なんともムードに欠ける。だがそんなところもイーディスとリガロらしい。


「なぁイーディス。今さら聞くのもずるいと思うが、迷惑ではないか?」

「各地からアネモネをかき集めさせたことが、ですか? でもスチュワート王子が申し出てくださったことなので、断るのも失礼だったと思いますよ」

「そうじゃない。俺をカルトレッドに連れて行くことだ。俺はイーディスには幸せになって欲しいと思っている。邪魔をするつもりはない。だがバッカスとの仲を深めていくのに俺がいたら、彼が遠慮するかもしれない」

 バッカスはイーディスのことはもちろん、リガロのこともずっと気にかけていたように見えた。剣聖の死亡を言い出したのも、イーディスのためでありリガロのためでもあったのだろう。リガロが心配するポイントがよくわからず、首を捻る。

「バッカス様が言い出したことですし、気にしないと思いますよ?」

「彼が気にせずとも、イーディスは!」

「私はリガロ様と一緒にいられれば嬉しいので、特に」

「嬉しい?」

「好きな人と一緒にいられたらうれしいじゃないですか。とはいえバッカス様やマリア様との時間をなくすつもりはありませんが」

「そ、そうか」


 リガロはそうかと嬉しそうに頬を緩める。思えば直接好きだと告げたのはこれが初めてかもしれないと気付く。リガロの想いを知ったのも聖母が見せてくれた映像が初めてで、彼の口から聞いたのはさっきの嘆きが初めて。こんなにサラッと言えることなのに、随分遠回りをしたものだとしみじみと思う。そうこうしているうちにスチュワート王子とローザが棺桶の回収にやってくる。棺桶から少し離れたところにロープを張るので、至近距離で見られることはないが、念のため最終確認を行ってから棺桶を閉じ、運び出した。



 国を挙げての葬儀は急だったのにも関わらず、国内外から多くの人々が訪れた。他国の王族も複数出席している。彼らは順番こそ優先されるが、一般参列者と同じく棺桶に近づくことは出来ず、ロープ越しのお別れとなる。朝一番から始まって、夕方には燃やす予定だ。シンドレアでは土葬が一般的らしいが、リガロの役目を完全に終わらせるためという理由で火葬にした。実際の理由は証拠隠滅だが、イーディスの考えた理由は受け入れてもらえたらしい。葬儀を開始する前にザイルとも話したが、彼も死後、火葬してもらうことにしたのだという。死体が残らなかったら自分の時もマネキンを作ってほしいと頼まれた。慈愛の聖女の死後、死体が残らないのであればザイルも残らない可能性が高いから。


 イーディスはこの先、何度同じようなマネキンを作ることになるのだろうか。

 城の一室から参列者たちを眺める。すすり泣く声は至るところから聞こえ、剣聖の偉大さを改めて実感する。リガロは終始無言で、運び込まれた食事に口を付けることもなく、ずっと外を眺めていた。



 陽が落ち始めたころ、シンドレア国王によって棺桶に火が点された。少しずつ火は広がっていき、すぐに大きな炎へと変わっていく。これから十日間、会場に飾ったアネモネを少しずつ入れていき、火を絶やさずに燃やし続けるらしい。

 この火が消えたら、リガロが背負ってきたものをイーディスが背負っていくこととなる。けれど不安はない。ごうごうと揺れる火は不思議と心が落ち着かせてくれる。すぐ隣にいたリガロとの距離をピタリと詰め、イーディスはこれからのことを考える。


「新しい名前はどうします?」

「イーディスが『ラスカ』だから俺は『モズリ』にしようと思う」

「素敵な名前ですね」

「俺は騎士として守るのではなく、パートナーとして隣に立ちたい」

 ラスカとモズリの間には恋愛関係はなかった。だが彼らの名前を借りれば、きっと素敵なパートナーになれるだろう。そうなりたいと願っている。



「綺麗な火ですね」

「ああ」

 剣聖リガロ=フライドの死は彼自身を解放し、同時にイーディスを乙女ゲームから解放する。一年ほどで終わる予定だったシナリオがこんなに長く続くとは思ってもみなかった。だがようやく終わり。イーディスはモブ令嬢の役目を返上し、脳筋ではなくなった彼と未来を歩くのである。



(完)


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