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34.癒やしの聖女は悪夢を見ないが

 その日を境にマリアとキース、ローザは頻繁にカルドレッドに足を運んでくれるようになった。協力してくれるのは嬉しいが、彼らも彼らの仕事があるのではないだろうか。遠回しに無理はしないで欲しいと告げれば、彼らは無言でにこりと微笑んだ。無用な心配だ、というように。それからは何も聞かないことにしている。代わりにカルドレッドでいる時は不便がないようにと彼ら専用の屋敷を作り、ちょくちょくと整備を繰り返している。

 また驚くべきは、領主就任の手紙を見た癒やしの聖女がカルドレッドに足を運んでくれたことだ。

「イーディス様が動いていらっしゃる……。ああ、神よ感謝致します」

 癒やしの聖女の正装を纏った彼女はイーディスの前にやってくるや否や、天に祈りを捧げだした。学園内で耳にした天然行動の数々を思い出し、イーディスは天を仰いだ。けれどあの時の彼女とは決定的に違うところがある。

「おい、メリーズ。イーディス嬢が困ってるだろ」

 彼女の隣にはアルガ=ミストレスが立っている。メリーズは四人の攻略者から彼を選んだようだ。だがゲームで見た印象とはだいぶ異なる。ツンデレ属性である彼はヒロインと思いを通わせてからデレにデレ、その才を存分に発揮して公私ともに聖女のパートナーとなる。だが全くデレる様子がない。それどころか愛する女の首根っこを引っ張り、強引に立たせるほど。いや、これがデレである可能性も完全に否定は出来ないのだが……なんというか、いきなり祈りを捧げ出すヒロインとセットでいろいろ違う。

「ですが今祈りを捧げずにいつ捧げるのです!」

「いつも通り像にでも捧げとけ」

「あれは遠目から見たお姿であって、本物ではないのです!」

「そうかそうか。それより仕事だ、仕事。女神の役に立つために来たんだろう」

「そうでした!」

 像に女神とはまたまたイーディスの知らぬワードが飛び出してくる。だがこれは聞いたら後悔する領分の話だと瞬時に判断した。アルガの持つ鞄から人型の頭部らしき物が飛び出していたのだ。メリーズの様子や二人の会話から推測すると、それはイーディスの像で……。ここまで考えてスルーすることに決めた。

「私達はイーディス様が領主に就任されたと聞いて、何かお役に立てないものかと思い参上致しました」

「バッカスからの手紙には聖女の力を貸して欲しいとあったが」

「はい。実はーー」

 二人にも他の人達に説明したようなことを話せば、アルガはなるほどなと顎を撫でた。そしてメリーズの方はといえば号泣である。イーディスの両手をガッと掴み、ぐしゃぐしゃの顔を近づける。

「民達だけではなく、聖母の魂まで救おうとはさすがです。私、感動致しました。是非、私の力もお使いください。癒やしの聖女として、そしてあなたに救われた一人の人間として生涯尽くさせてください」

「救うといっても私達、今日が初対面で」

「癒やしの力が開花した日から変な夢を見るようになったんです」

 また、夢? だが彼女は他の人達とは違い、魔には犯されていないはずだ。悪夢を見るきっかけとなるのは魔に犯されることではなかったのか。首を捻るイーディスに、メリーズはふふふと笑った。

「カルドレッドの方達が見るような悪夢ではございません。私が見る夢は何も知らなければ幸せな夢でしかないのでしょう。ですが、私はあれが幸せなんかではないことを知ってしまったのです」

「どういうことですか?」

「私の夢には必ず五人の男性が登場します。学園で出会った彼らのうち誰か一人と親密になり、聖女としての役割を果たしていく夢です」

「五人の男性とは、その……知っているかたでしょうか?」

「スチュワート王子、アルガ様、バッカス様、マルク様、そしてリガロ様です。彼らと共に過ごす私は幸せな表情を浮かべていて……。私は、何もかも忘れたように笑う自分が許せなかった」

 乙女ゲームそのままじゃないか。ゲームではヒロインが夢を見るなんてシナリオはなかった。どういうことだ。彼女は実は転生者だが本人にはその自覚がないとか? だとすれば『何も知らなければ』の部分が引っかかる。現在の彼女にとって、乙女ゲームシナリオは幸せな物語ではないというのか。イーディスのように前世の価値観がある訳でもなさそうだ。だが彼女は五人のうちの一人を選んでいるし、アルガとは上手くいっているように見える。それにあちらの世界のメリーズはギルバート家に来た日、確かに『リガロを選んだ』と言っていた。夢を見るのは全てのメリーズに共通したものなのか。少なくとも彼女にはリガロ以外にも選択肢があったことを認識していたと考えて間違いはないだろう。



 一体何がメリーズの行動を、考えを変えたのか。彼女の話し方から察すれば、きっかけはイーディスだ。彼女はイーディスの何らかの行動を見て、考えを変えた。彼女を救うような何か重大なアクションを起こしたはず。額を叩きながら、記憶の底を辿っていく。癒やしの力が開花したタイミングは学園入学の少し前。そして入学式の数日後には彼女はすでに変わり者だという噂が立っている。つまり学園入学前である可能性が高い。メリーズがシャランデル家に引き取られたのは、公爵が癒やしの力の噂を聞いたから。なぜ、彼女は貴族の養子になることを承諾したのか。その背景について、乙女ゲームでは語られていない。だがよくよく考えればおかしな話だ。メリーズ=シャランデルは家族思いで優しい子だったはず。なぜ家族との関わりについて全く触れない。家族思いという設定はどこから来た。ここに話を紐解く鍵があるはずだ。辿れ辿れ記憶を辿れ。若干薄まりつつある攻略情報をひっくり返し、そしてアルガルートのとあるイベントに辿り着いた。


 メリーズの家族は亡くなっている。

 家族だけではない。村人のほとんどが流行病を負って命を落としているのだ。


 ああ、なぜこんな重大情報を忘れていたのか。

 死の直前、嫌いなキャラのことばかり考えていたため、知識に偏りが生まれてしまったのかもしれない。


「失礼な質問だとは思うのですが、五人の中でアルガ様をパートナーに選んだのはなぜでしょう?」

「薬学の心得のある彼となら、一人の時よりもずっと多くの命が救える、そう思ったからです。私達はイーディス様に救われましたが、そうでない人々はたくさんいますから……」

「私は一体何をしたのですか?」

「学園入学の少し前から乗馬が流行りましたでしょう? そのおかげで私達の村は栄え、暮らしも豊かになりました。病が流行った時、すぐに薬が買えたのは馬のエサとなる飼葉が大量に売れてお金があったからです」

「でもブームのきっかけは私というよりもリガロ様なんじゃ……」

「イーディス様です。リガロ様一人ではブームにはなりませんでした。彼がイーディス様を愛していたから人々は憧れ、ブームが生まれたのです」

「それは……」

 たまたまこちらの世界のリガロはイーディスを乗せて馬を走らせるようになった。そしてそれを見た貴族達がリガロとの話題を求め、共通の趣味を持とうとした。その結果、飼葉を生産する村にお金が入るようになった。本当に偶然が重なっただけ。イーディスはやはり救ってなどいない。

「村を救ったのは、私の家族を守ってくれたのはイーディス様です。私を救ってくれた今があるからこそ、私は本当の幸せを知れた! あなたは私にとっての女神様なんです!」

 それでも胸を押さえながら幸せを叫ぶ彼女を突き放すことは出来なかった。

 イーディスは家族を失った聖女を知っている。イーディスが、画面越しのプレイヤー達が幸せだと信じて疑わなかった彼女は、ずっと苦しみ続けていたのであろう。失った家族と苦しむ人々を重ね、自分が救わなければならないと必死に言い聞かせていた。それこそが聖女の、聖母の意思を継いだ女性達の姿だとしたらそれほど悲しいものはない。彼女が少しだけ変わった過去に適当な理由を付けることで前を向けるのならば、女神と呼ばれようと我慢しよう。少しくすぐったいけど我慢我慢……そう必死に言い聞かせる。けれどそんなイーディスにも許容できないものはある。

「密かに布教活動も行っておりまして……」

「それは止めて!」

 アルガのバッグから取り出したのはイーディスとは似ても似つかない美少女の像である。これを女神 イーディスとして布教しているのだから頭が痛い。メリーズから木彫りの女神像を没収し、アルガのバッグの中身も確かめる。中には五体の女神像と、材料なのだろう木材がいくつか。まさかのメリーズお手製である。口からは長い長いため息が溢れる。そして初対面のヒロインに布教は止めてくれとコンコンと諭すハメになったのだった。


次話から七章になります。

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