27.モブは無力だが
四人の共通点はなんだ?
額をトントンと叩きながら情報をかき集めたところで、情報が少なすぎる。メリーズに至っては今何をしているのかさえも分からない。
しかも救う対象がよりによって、なぜか一年間引きこもっているバッカスと、今後会うこともないであろうリガロである。何も分からない状態でひたすらトライをすることは難しい。
未発表作は喉から手が出るほど欲しいが、対価が払えないのならば受け取れない。申しわけありませんが、と顔を上げた時だった。
「バッカスの方は『妹放置して引きこもってんじゃねえぞ、レトアの面汚しが!』とでも罵倒しておけば問題ない」
膨大な量の紙を手にして戻ってきた羽根男はなんてことないようにそう告げた。
喧嘩を吹っ掛ければいいということだろうか。だがそんなことをしたところで、救うどころか相手にしてもらえるかもわからない。いくらバッカスが家族想いで、イーディスのことを妹のように思ってくれているからといってそれはないだろう。今その冗談はキツイと顔を歪めるイーディスだったが、魔王は「それが一番効果があるだろうな」と存外乗り気である。この人達の中でバッカスは一体どういう立ち位置なのだろう。ふざけているのか。疑わし気な瞳を向けると、羽根男は「マジだからな!」と紙の束をイーディスに押し付けた。
「そもそもレトア家は他と違って、聖母に縛られているわけじゃない。あれは家族を救えなかったことによる後悔と、もう二度と家族を失いたくないという思いが強いだけのーーようは家族大好きな家系だ。集まる魔のほとんどが家族愛に向いているし、たまに暴走する時もあるがそれも大抵家族関連だ。今回はイーディス=フランシカ、もといラスカ=レトアを救えなかったことによる後悔が暴走を引き起こしているんだろう。まぁ気持ちは分かる。俺も妹が婚約者の浮気現場を目撃したと聞いて、なぜあいつを抹殺しておかなかったのかしばし後悔した」
「ん?」
「妹に『傷心中の妹を差し置いて暴走するとは良い度胸じゃないですか』と怒られて、気付いたんだ。過ぎたことを悔いても仕方ない。だから今を生きようと。目が覚めた俺はすぐにあの男をつるし上げて、賠償金で妹にたくさんのアクセサリーとドレスを買った。それらを身につけた妹はそれはもう可愛くて、夜会を歩く姿は妖精のようだった……」
途中から話がレトア家ではなく、彼個人の思い出話にシフトしている。どうやら彼もまたレトア家の人間らしい。妹のすばらしさをツラツラと語る彼だが、妹の方もなかなか癖が強い。元婚約者とその相手の女性を投げ飛ばした辺りからイーディスの頭の中に描かれた妖精のイメージが筋肉質なものへと変わっていく。負の感情が歪むどころかパワーに変換されているのだが……レトア家ってこんな人ばかりなのだろうか。若干、いやだいぶ愛が重い。バッカスの過保護なんて可愛いくらいだ。
なおも語り続ける羽根男を退け、魔王はイーディスと向き合う。
「こいつの妹自慢はさておき。さっきの言葉は参考にしてもいいと思うぞ。レトアの人間を救うには家族の言葉が一番。アンクレットはバッカスの魔の影響が及ばないように遠ざけていたようだが、他の奴らじゃあいつは救えない」
わざわざレトア家の人にカルドレッドに来てもらうのは手間だ。だからカルドレッドにいるイーディスが一喝しろということだろう。手紙すらも渡してもらえないが、強硬手段に出るか外でメガホンを構えればいいだろう。怒られること間違いなしだが、そのくらいの犠牲は覚悟してしかるべきだろう。了解です、と手をくの字に曲げる。
「あとは定期的に頼りにしてやればいい。バッカス以外の役持ちもそうだ。彼らは必要とされたがっている」
「それは、リガロ様も?」
「レトアは例外にしても、他の奴らは孤独なんだ。魔を抱き続けている自分を受け入れて欲しくて、そして受け入れてくれる相手に依存する。……これはローザ=ヘカトールのような役持ちではない人間でもそうだな」
「つまり受け入れてくれる相手ならば私でなくとも構わないと」
「それは……」
「バッカス様やマリア様、ローザ様、キース様は私が救います。救うって言い方はあんまり好きじゃないけれど。でもメリーズ様も含めて支えたいと思う。けれど、リガロ様は。私の手では届かない彼だけは他の相手に託すしかない」
「だが大量の魔を抱えるリガロ=フライドを受け入れられる人間なんて……」
「なら彼が背負っている魔を減らせばいい」
「この指輪なら一つしかないぞ」
魔王は魔を減らす方法なんてない、と断言する。けれどイーディスには案がある。ニッと笑って、今思いついた最高のアイディアを告げる。
「退魔核やカルバスの仕組みを利用して、魔をカルドレッドに集めます」
「そんなことが出来るはず……いや、二人の聖女がいる今なら」
「私だけなら出来ないけれど、周りの人のことを頼れば出来るかもしれない」
「さすがはイレギュラー」
「頼もしい友達が多いだけですよ。だからバッカス様にも出てきてもらわなきゃ。もちろん魔王さんにも協力してもらいますよ?」
魔王はもちろんと頷き、そしてイーディスにカルバスについて話してくれた。
そこで初めて『カルバス』は元々魔王の魔力で練られた魔法道具であり、魔導書に取り込まれる少し前から聖母の干渉を受けていたことを知った。あのリボンはいたずらなどではなく、イーディスに向けられた魔を消費するために想像の力を使った結果だったのだ。そしてあの日、限界を感じた聖母は魔導書の中にイーディスを隠した。正確には聖母が世界を救うために分岐させていた世界の一つに飛ばした。魔王曰く、聖母の歪みの力を使えばそれくらいのことはたやすいらしい。聖母像に帰るための鍵を隠したのも、外部からの攻撃から守るためだった。
「聖母を肯定してくれとは言わない。だが、嫌わないで欲しいんだ」
「嫌いませんよ」
聖母が力を使ったのはイーディスのため。
こちらの世界と十年切り離されてしまったけれど、それでも楽しかったのだ。
あの夜のイーディスはひどく落ち込んでいて、もう後は捨てられるだけだと思っていた。聖母はそんなイーディスの幸せを願ってくれたのかもしれない。そこにあるのは間違いなく聖母からの愛なのだ。そんな相手を嫌うことは出来るはずがない。ましてやそれがマリアのご先祖様で、彼女を作った人というのならなおのこと。
イーディスはモブで無力だ。
あの夜、絶望して終わるはずだった。
けれどここに立っているのは彼女の力があってこそ。ならばやはり伝えるべきは感謝の言葉なのだ。
愛してくれて、リガロの力になるチャンスをくれてありがとう――と。




