23.領主の試練
中に入ればギギギと音を立てて重いドアが閉まっていく。
完全に閉まれば光源がなくなる。イーディスは急いでバッグから魔道書を取り出してランプを出した。するとまもなくピタリとドアが閉まる。ここから試練が始まる。目の前に広がる道は想像以上に暗くて狭い。ランプがあるといってもイーディスの周辺を照らす程度。せいぜい大柄な男一人が通れる幅しかない道がずうっと奥まで続いていた。
転ばないように気をつけないと。深層というからにはきっと階段があるのだろう。怪我をした人はいないと言うが、自分がその一人目になったら笑えない。自然とランプを握る手にも力が入る。だが怯えてもいられない。お化け屋敷と似たようなものだと頬を叩く。壁に手を添えながらずんずんと突き進む。足下に気をつけながら進めど、ずっと直線のまま。階段どころか曲がり角すらない。ずっと同じ光景が続いている。目印さえもない。
「これは時間制限がなかったらおかしくなりそうね」
そう溢せば驚くほどに反響する。休み休み歩き続けて、体感ではとっくに一刻以上も経っている。それでもタイムリミットは訪れないし、ゴールも遠そうだ。ふ~っと長い息を吐き出して、再び歩き出す。
そこから同じくらい歩いて、やっとゴールと思わしき場所に辿り着いた。
「なんで王座?」
三段しかない階段を降りた先にあるのは埃の被った王座である。奥にはもう道がなく、おそらくここが最奥だと思われる。結局初めから最後まで一直線だった。迷う余地がない。イーディスが休み休み歩いても辿り着けるような距離だ。成人男性なら半分ほどの時間で到着出来るだろう。
暇つぶし感覚で足を運んだイーディスは正直ここまで来れるとは思っていなかった。だがここまで何もなかったということは、今から試練が始まるのだろう。魔道書が強化されたら何が出来るようになるのだろうと期待する気持ち半分、二十年以上誰も突破できなかった試練への恐怖が半分。高鳴る胸に手を当てて、深呼吸をする。そして王座を真っ直ぐと見つめた。
ーーのだが。
「何も起きなくない?」
待てどくらせど王座に変化はない。
何か仕掛けがあるのかと考えたイーディスは王座をペタペタと触り、周りの壁なんかも調べてみた。けれどスイッチなんかもなければ、後ろに隠し扉もない。もしや試練を受けるにも何かしらの条件があったのだろうか。だとすれば二十年間誰も突破出来なかったのも納得である。
「結局、長い道歩いただけだったな~。でも緊張感あって楽しかったし、まぁいいか」
何もないなら仕方ない。再び自分の足で歩く気力はもうない。後はタイムリミットが訪れるのを待つのみである。だがただ待つというのも暇だ。少し考えてから魔道書に手をかざし、箒とちりとり、それから水の入ったバケツと雑巾を二枚出した。折角来たのだから椅子くらい綺麗にして帰ろうと思ったのだ。この椅子が何のためにあるのかは分からない。けれどぽつんと置かれているからには何かしらの意味があるのだろう。イーディスには分からなくとも、きっと誰かの役に立つ時がくるに違いない。
ほうきを使って隅にたまったほこりもしっかりと落とし、よく絞った雑巾で拭いていく。一度しかチャレンジ出来ないらしいので、もう来ることは出来ない。だから少しでも長く綺麗なままでいますようにと願いながら今度はから拭きで拭いていく。
「出来た!」
少し磨いただけでキラキラと輝き出した王座にイーディスの表情も明るくなる。磨いた甲斐があったというものだ。あとは時間切れを待つだけ。掃除セットを消し、代わりに敷き布を出した。そして王座の前に敷き、ちょこんと座った。タイムリミットまであとどのくらいだろう。そんなことを考えながら天井を見上げていれば段々と眠くなってくる。思えば変な夢を見だしてからスッキリと起きられていない。時間だけ十分に摂っていても、質の方はあまりよくないのだろう。ふわぁと大きなあくびを溢せば、ゆっくりと視界が狭まっていく。こんなところで寝ちゃダメだ。そう思うのに、理性とは正反対にイーディスの身体は眠気に抗うことが出来ない。なぜかとても落ち着くのだ。大好きな毛布に包まれているかのうようだ。うつらうつらと船を漕ぎ、そしてついに眠りの世界へと旅立っていった。




