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22.暇を持て余したイーディス

「ほら、この前欲しがってた花の種」

「ありがとうございます。嬉しいんですけど……アンクレットさん、ちゃんとご飯食べてます?」

「食べてる食べてる。今朝? サンドイッチ食った……気がする」

「今朝の時点で疑問形なのに、なぜそこに気がするとか重ねるんですか! 簡単なものしかありませんが、食べて」

「だがこれはイーディスの昼食で……」

「私はあとで適当になんか作るので気にせず食べてください」

 遠慮するアンクレットに食事を押しつける。彼はこの数ヶ月ですっかりとやつれてしまった。今日だけではなく、しばらく食事もろくに取れていないのだろう。睡眠だって取れているか怪しいものがある。出来ることならここに大きなベッドでも出して無理矢理にでも寝させたいくらいだ。だがアンクレットが仕事の合間を縫ってイーディスの元にやってきてくれていることは知っている。無理に睡眠を摂らせても後で彼や他の職員にしわ寄せがいくだけだ。食事を手に、ふらついて荷馬車に戻るアンクレットを見送ることしか出来ないのは歯がゆい。けれどイーディスにはどうしようも出来ないのだ。



 バッカスが研究所から出てこなくなってから一年が過ぎた。

 半年を過ぎた辺りからそこまで全く気にしていなかった職員に緊張が走り出した。初めはただピリピリとした空気が広まっただけ。けれど次第に職員の出入りが減り、キャラバンも三ヶ月前から来なくなった。アンクレットは落ち着いたらまた来るようになるからと笑っていたが、彼の顔にはもう笑みはない。今、カルドレッドで一体何が起きているのかイーディスは知らない。職員ですらないイーディスには聞ける雰囲気ではない。

 食事も今では全員配達式。各部屋の前にボックスが設置されており、そこに食事を入れてくれるのだ。欲しいものがあれば要望を書いた紙を入れておけば大体通る。手紙やお給料もここに入れられるようになった。ほぼ毎日あった検査や調査も今は完全にストップしており、イーディスにはやることがない。

 話相手はたまに顔を見せに来てくれるアンクレットだけ。

 手紙だって気軽に送れやしない。あちらの世界からの手紙は週に一度、決まった曜日だけだが、次第に彼への手紙の分厚さが増していく。愚痴、は言えないがなんてことない話を延々と綴っている。屋敷にいるだけでは気が滅入ると、ケトラと共にカルドレッド散策もするが毎日毎日同じ生活の繰り返し。


 変化を求めて剣の素振りをしてみたり、花を育ててみたりした。

 本も出せればいいのだが、あいにくとイーディスは見たことのない本や内容を正確に暗記していない本を出すことは出来ない。見た目は完璧でも中身が真っ白になってしまうのだ。ローザがこちらに来た際に持ってきてくれた本と自分の手持ちを周回するのももう飽きてしまった。新たな雑誌や新聞も手に入らないためスクラップブック作りもストップしている。


「寝るか……」

 食事を作るほどお腹は空いていない。

 花の種を植える気力もない。

 寝てばかりの生活は身体によくないと分かってはいるが、どうもやることがないと自然と足がベッドに向かってしまうのだ。



 その日を境にイーディスは変な夢ばかり見るようになってしまった。

 毎日毎日寝てばかりいるからだろうか。どんな夢を見ているのかははっきり覚えていない。ただ起きた時、いつもはっきりと『試練』の言葉が頭に残っている。

「試練、試練……試練ねぇ」

 バッカスから『暇だったら試してみるといい』と言われたのが強く頭に残っているのだろう。実際、今はとても暇である。布団の上でごろんごろんと転がりながら今日の予定を考える。ケトラの世話をして、食事を摂って、花に水をあげて。昼食を摂りながら午後どうしようかと考えるのだろう。

「試練、行くか!」

 一刻ほどで出されるとはいえ、屋敷から遺跡まではケトラと一緒でも半刻はかかる。終わったら散歩しながら、風景を写真に撮るーー午後の予定はこれで決まりだ。身を起こし、クローゼットから着替えを取り出す。遺跡の中はどうなっているか分からないので、とりあえず動きやすい服を選んだ。バッグには魔道書の他に、カメラと水筒・サンドイッチも詰めていくことにしよう。軽い足取りで一階に向かう。

「ケトラ、出かけよう!」

 上機嫌のイーディスにケトラは驚いたようだったが、すぐにフフンと鼻を鳴らす。

 少し遠回りをしながら遺跡に向かい、遺跡前に小さな馬小屋を立てる。ご飯とお水を多めに用意し、行ってきますと手を振ってから遺跡の中へと踏み込んだ。


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