10.計画的に使いましょう
「お金は計画的に使いましょう」
正午に食堂で集められ、次々に給与の入った袋が手渡される。イーディスは報奨金で、他の人達とは袋の色が違う。しかも間違えないようにそれぞれ名前の刺繍が入っている。小学校の給食袋みたいだな、なんて思いながら受け取ればズッシリとした重さが手に伝わる。紐を緩めて中を覗けば結構な金額が入っていた。
前世のように貯金出来る場所はなく、皆それぞれ手元に置いておくか、実家に送るかしているらしい。送金は送金届というものを記入し、専用の袋に入れれば相手に届けてくれるらしい。すでに食堂の端で家族にお金を送るために届け状を書いている者もいる。
「私も、送っとこうかな」
キャラバンでの買い物もしたいのでさすがに全額は送れない。けれどこの十年間、迷惑をかけた両親に少しだけでも恩返しがしたかった。それに袋には一緒に手紙も入れられるらしい。ここに来てからまだ手紙も出していない。カルドレッドに託してもう縁を切ったものだと思うような両親ではないことは理解している。それでも出して良いのか分からなかったのだ。何と書けばいいのかも分からない。だが、今のイーディスには『初任給』という素晴らしいきっかけがある。実際には給料ではないのだが、些細な問題だ。イーディスが自ら稼いだお金であることには違いない。そうと決まれば、まず届け出の作成からだ。ペンを走らせていると、たまたま後ろを通りかかったアンクレットが声をかけてきた。
「嬢ちゃん、家に送るのか?」
「はい。初任給ですし、それになんだかんだで手紙も出してませんでしたから報告もしたいな、と」
「そうかそうか。送金手続きならそこの特設所の他にも、本部の受付に出せばいつでも送ってくれるから」
「そうなんですか?」
「手紙を送ったり、受け取ったりするのもそこな。届け物がある場合は大体誰かしらが教えてくれる。ちなみに今朝、マリア嬢から手紙が届いていたらしいから取りに行ってくれ」
「マリア様から!?」
「嬢ちゃんが来てから一ヶ月以上経っているし、こっち来るって手紙じゃないか?」
「こっちに、来る?」
イーディスの背筋にダラダラと汗が垂れる。マリアと会えるのは素直に嬉しい。だがイーディスが出した屋敷はつい先日、使用許可が出たばかり。ここ数日は実験続きで未だに屋敷に移れていない。同時に中の手入れもまだである。そう、あの見られたらいろいろと問題のある三階やら絵やらが放置されたままなのだ。
「ギルバート家とは定期的に情報交換してるから、毎回それにくっついてくるんだよ」
「……掃除、しなきゃ」
「え?」
屋敷まで来るかどうかは分からない。が、来られたらまずい。外観は仕方ないにしても、内部もまたまんまギルバート屋敷なのだ。三階の封鎖の他にも部屋を隠したり、家具を変えたりと絵の移動の他にもやることは山積みだ。
「いや、それより先に手紙の内容確認をして……」
「家への送金は」
「そんなの後!」
「そんなのって……」
家族への送金と手紙ならいつでも出来る。受付で手続きが出来るのならば何も急ぐ必要はない。それよりも時間のかかる模様替えである。幸い、明日はお休みをもらっている。キャラバンが来る日をずっと楽しみにしていたイーディスのためにお休みをくれたのだ。初めてのお給料でゆっくりと買い物が出来るようにとの配慮だった。だがキャラバンは娯楽品がメインだ。衣食住の基本はすでに揃えられている。ならばキャラバンデビューを二週間後に遅らせても何の問題もない。今のイーディスには呑気に買い物をしている暇はないのだ。
急いで手紙を受け取り、内容を確認する。マリアは来週末にやってくるらしい。まだ少し余裕がある。明日は大型の家具の設置と移動を行って、その後ちょくちょく手直ししていけばなんとか間に合うだろう。
午後の分の役目をサクッと済ませ、屋敷へと向かう。
まずは絵画シリーズを三階にまとめることに決め、手袋をはめて移動を開始していく。空き部屋は軽く掃除し、全て画廊と同じような部屋を作っていく。シチュエーションごとに分けたり、シンプルすぎる部屋に装飾品も設置したいが、それは後の楽しみに取っておく。移動が先だ。
何度も階段の昇り降りを繰り返す。一人での移動は重労働だが休んでいる暇はない。また手を借りられる相手もいない。最悪、他が間に合わずともこれらだけ隠せば済む。今は足を動かすのみである。せっせと動き、足りないものは魔道書を使って想像していく。なんとも便利な能力だ。
だが、イーディスは大事なことを失念していた。
能力は使えば使うほど周りの魔と体力を奪うことを。
「あ、やばっ」
ぐらりと視界が揺れた時にやっと気付いたがもう遅い。そのまま床に倒れ込み、意識を失った。




