1.出会い
偉大な祖父を持つリガロは物心ついた頃から何人もの令嬢に会わされてきた。父が選んだ婚約者候補の中から好きな相手を選びなさい、と。お茶会デビューをするまでに選べと父は言った。公爵令嬢から男爵令嬢まで。時々商家の娘も混じっていたように思う。フライド家にプラスがあると判断された令嬢が次々とリガロの前に連れてこられる。たかだか伯爵家令息だというのに王子様のような扱いだ。少女達は大人に吹き込まれただろう言葉を並べてリガロの心を、いや剣聖の孫の婚約者という立場を獲得しようと必死になっていた。まるで値踏みされるような視線が気持ち悪い。お茶会デビューは王子や上位貴族の子どもが参加するものだった。下級貴族はリガロただ一人。けれど会場の誰もがリガロの元に集まるのだ。リガロが剣聖の孫だから。誰もリガロ本人のことなど見やしない。祖父のことは大好きだ。尊敬もしている。けれど大きすぎる祖父の威光には首が締めつけられるような息苦しさを感じる。苦しくて苦しくて。自分の存在価値を探し求めるように剣を振った。剣を振るのは認めてもらうため。剣を振り続ければ、六歳から参加出来る剣術大会で功績を残し続ければきっとみんなリガロを認めてくれる。そう、思っていたのに祖父の言葉でリガロは光を失った。
「剣を振る意味を見失うんじゃないぞ」
祖父は目を細め、リガロの頭を撫でた。その言葉の意味は分からない。だが祖父は今のリガロを正そうとしていることだけは分かった。祖父はそれ以上のヒントを与えてくれることはなかった。代わりに剣をくれた。刃先が丸められた模擬剣だ。
「リガロ、お前にとって婚約者選びは重荷か?」
「……はい」
「なら私が選んでやろう」
「お祖父様が?」
「とある剣聖好きの男にな、お前と同じくらいの年の娘がいるんだ。その子と婚約すればいい」
「剣聖好き……」
きっとすぐに返事が来るぞ、と楽しそうに笑う祖父の顔は印象的だった。だが剣聖好きの男の娘なんて他の令嬢とどう違うのか。どうせ決めるつもりがないなら本人に選ばせるよりも自分で選びたいと思ったのか。祖父の思いは分からない。けれど祖父はその日のうちにフランシカ家という男爵家に手紙を出し、そして翌日には手紙の返事がやってきた。「明日の午後に来るそうだ。用意しておくように」と言われた時には驚いたが、同時に顔も知らないその少女との婚約さえ受け入れれば少しは自由になれるはずだとコクリと頷いた。フランシカ男爵家との婚約がフライド家に得を生み出すとは思えない。両親はすぐに却下すると思ったが「まぁフランシカ家なら」と案外乗り気であった。
こうして突如決まった婚約だったが、その日出会った少女はリガロの世界を変えた。
「はじめまして、イーディス=フランシカと申します」
茶色の髪を揺らしながら恥ずかしげに頬を染めるその少女は、まっすぐにリガロの目を見てくれた。リガロの目が綺麗だと褒めてくれた。彼女の瞳の奥には今まで会ってきた令嬢のような打算はなく、代わりに輝きがたくさん詰まっていた。剣聖の孫としてではなく、一人の人間として見てくれたのは彼女が初めてだった。
「フライド家のお屋敷はキラキラでいっぱいなんですね! どの輝きにも目も心も奪われてしまいますわ」
母の自慢の庭ではきゃっきゃとはしゃぐ姿は愛らしく、同時に庇護欲が刺激された。リガロの夢を素敵だと言ってくれる彼女に恋をした。もしも剣を振るのに意味が必要だとしたら、俺は彼女を守るために振ろう。リガロはそう決意した。
なぜイーディスが選ばれたのかーーその理由は彼女がフライド家を去った後すぐに明かされることとなる。
「フランシカ家の娘ならリガロが剣術を極める邪魔はしないからな」
父はあっさりとそう告げると「さすがお父様だ。確かに家同士の縁を結んだところで剣術の邪魔をされたらたまったものじゃない!」と続けた。父もまた剣聖である祖父を尊敬しているのだ。けれど剣の才能がなかった。努力をし、やっと騎士貴族の名に相応しいほど。親戚からは努力の鬼とまで呼ばれる父は、自分にはなかった才能を持ち合わせた息子は剣聖に近づけると考えたのだ。だからこそイーディスを受け入れた。全ては息子を第二の剣聖へと導くために。




