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俺の養女に手を出すな!  作者: 杏朱
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第五章 後顧の憂いを断とう 3

2分後。

到着したアパートのエントランス前には、二人の青年が拘束され、座らされていた。


「さて質問タイムだ。君たちは、此処で何をしようとしていたのかな?」

仕事モードへと切り替えた部長は、丁寧な口調で青年達に対して詰問する。


「知らない! 何もしていない!」

「突然、仲間がバイクごと空に飛ばされて、落ちてきたんだよ! 助けてくれ!」


混乱した二人は、口々に「何もしていない」「助けてくれ」を繰り返すばかりだ。

収拾がつかない状況だが、しかし時間経過と共に次第に冷静になってくると、裁判長役の青年の瞳に、徐々にだが理性の光が戻り始めた。


「そうだ! 俺の家に連絡させろ! 顧問弁護士を呼ぶ。それまでは何も喋らない」


「ほう……」

その瞬間、部長の雰囲気が一変した。


鬼軍曹も裸足で逃げ出す威圧によって、周囲の気温が一気に氷点下にまで下がったような錯覚に陥る。

青年達はビクッと体を震わせると、一斉に口を噤んだ。


「その「空から落ちてきた」と云う戯言(・・)は聞かなかった事にしておいてやろう。嘘を吐くにしても、もっと現実的(マシ)な嘘を吐くべきだ。そうだろう?」


〈事実〉を〈戯れ言〉と断じる事で、彼らの主張を暗に封じるゴリマッチョ部長。


「……ところで、あそこで起こったバイク事故(・・・・・)。それに、そこの妙なポリタンク」


部長は、上空から落下して無残な姿を晒すバイクと、新聞紙がねじ込まれたままのポリタンクを1つずつ指差し、今一度訊ね直す。


「よく聞け。このまま お前たちが「何もしていない」と云い続けていれば、その顧問弁護士とやらは、お前たちの罪を『バイクで事故を起こした道交法違反だけ』にしてくれるだろう、おめでとう。……だがな」


そこまで云うとゴリマッチョ部長は、意味深に言葉を区切る。

強烈なプレッシャーを受け、二人の乾いた喉がゴクリと鳴った。


「警察にも面子ってものがある。わかるだろう?」

ゴリマッチョ部長は、青年らの口を手で ゆっくり塞ぎながら、耳元で囁いた。


「一人で良い。君ら二人のうち、どちらか一人を放火の首謀者……生贄として差し出すなら、差し出した奴だけは、司法取引で無罪放免にしてやろう」


阿修羅の微笑みを浮かべつつ、ゴリマッチョ部長は「俺は慈悲深いからな」と、凶悪な目つきで二人に目配せする。


そして青年達が『相手を生贄にする事で自分が罪を免れる可能性』を十分に理解するまで待つと、ゴリマッチョ部長は、更に言葉を続けた。


「だがな、俺の慈悲は一人限定だ。お前ら二人が放火の罪を相互に告発し合うなら、その時は、二人とも放火の現行犯として処罰するので、そのつもりでな」


その言葉に、思わず青年二人は顔を見合わせた。

つまり、放火の罪を二人が告発し合ってしまえば、逆に「何もしていない」と双方だんまりを続けるより、罪が重くなってしまうと云う事である。


(おのれ)が無罪放免を掴み取る為には、相手が黙秘をしている状況で、なおかつ自分だけが、相手を放火の首謀者として告発した場合で(ちくら)なければならない。


「おい、お前! 絶対、黙秘しろ! さもないと……ムグッ」

「おっと、相談は無しだ。返事は後で聞く。あと、顧問弁護士とやらに この件を話しても、この話は ご破算だ。わかったな?」


部長から溢れ出る強烈な殺気に当てられた青年二人は、必死になって首をブンブンと縦に振った。


「よしよし。この二人を連れて行け! ただし、別々にな」

そう云い終わると、青年二人は一言も喋る間も与えられず、それぞれの護送車へと連行されて行った。


その様子を側で見ていた回収班の作業員は、呆れた顔でゴリマッチョ部長へと尋ねた。


「いったい何の権限があって、あんな提案をしたのですか?」

「やつらの口の滑りを良くする為の単なるブラフだ。気にするな」


作業員へと振り向いた部長は、したり顔でそう言い放つ。


「司法取引で無罪にする」なんて口約束(・・・)を信じるかどうかは、相手の勝手に過ぎないし、そもそも部長の所属するは厚生省。司法権限なんて、あるはずがない。


だが、賭けても良い。

片方だけが相手を告発し、一人だけが無罪放免となる、そんな選択肢が選ばれる可能性は、ほぼゼロだ。


自白と云うのは、最初の壁を越えさせるまでが大変なのだ。

だが、その壁を越えさせさえすれば、後は聞かれなくてもベラベラ喋りだすモノだと、防衛庁時代の経験から語る、ゴリマッチョ部長。


アレは、その為の呼び水なのだと。


「しかし、どう考えても、二人とも「何もしていない」と主張し続けると思いますが……」


提示された条件では、二人が「何もしていない」と云うのが、双方にとって最も合理的な解答だ。

そうすれば、二人とも単なる道交法違反で済むのだから。


「いや、二人とも相手を告発するさ、互いを放火の首謀者としてな」

部長は確信を持って、そう答えた。


底辺の人間は、『相手が自分を告発する可能性』を心配して、二人仲良く告発し合う道を選ぶ。

信頼の無い間柄では、二人黙って軽い罪となる道は、まず選ばない。

例え、それが<最適解>だとしてもだ。


双方とも、「相手が自分を裏切り、一人だけ助かろうとするだろう」と考え、結局は、告発し合う道を選ぶ。

これが、世に云う『囚人のジレンマ』と云うヤツなのだ。


ゴリマッチョ部長が一息ついて周囲に目を向けると、少数精鋭で構成された回収班によって、急ピッチで原状回復が図られていた。

手際よく、見る見るうちに道路や壁が元の姿を取り戻していく。


そして朝には、アパート周辺は何事も無かったかの様に整っているのだろう。

誰にも気づかれることなく……


この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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