白日夢
「夏が終わったと思ったら、急に冬が来たかのように、妙に寒くなっちゃって嫌ね。」
久しぶりに聞いた声は、そんなんだった。
どんなんだったら良かった? と、尋ねられても困るけれども。
彼女は、いつものように悪戯な笑みで、僕の近くに寄ってきて囁く。
「そうですね。」
だったり、『そうだね。』だったり。
僕と彼女の関係は、その時々で違う。
別に、それで寂しさを覚えたりするような関係性でもない。
時には、気付かないふりですれ違ったりもする。
…まぁ、基本的に、僕が俯いているせいもあるのだけど。
「元気にしてるの?」
「それなりに」
渡り廊下の窓から差し込む陽光は妙に強かった。
日差しばかりが強くて、空気は冷たい。
なぜか、それも、悪い気分じゃない。
「あなたはどうですか?」
「つまんないわ。あなたがいないから」
「そうですか」
弾んだ気分が伝われば。
そんな思いとは裏腹に、言葉は平坦な響きにしかならず。
彼女は、そんな僕の答えに落胆するでもなく、ほほ笑んだ。
差し込む光を遮って、サッシが作った影が足元に落ちる。
午後十二時三十五分。
まだ、しばらくはここにいる。
「戻ってこないの?」
「無理ですよ、今更」
「誰も気になんてしていないのに」
「僕が気にするんです」
そ。
ぽん、と僕の肩を叩いて。
「何にもいいことなんてなかった?」
「そんなことはないですよ。ほんの少しくらいは、ありましたから」
彼女が背中を向ける。
僕よりもずっと低い背。
作業帽からこぼれた髪。
真っ白な肌。
あなたはきっと知らないけれど。
あなたの後ろ姿は、僕には輝いて見えるんです。
「あの」
「何?」
あなたが振り向いて、僕を見る瞬間。
伸ばした手が、ただ、むなしく、空気を掻くその時の切なさが。
僕は、たまらなく好きなんです。
「うれしかったです。何か、話せて。嬉しかった」
「そう」
社交辞令の延長線上にもいないような、それは、彼女にとっては努めて、当然の笑顔であったとしても。
僕を勘違いさせるには、十分すぎた。
私も。
それだけ言って、頷いて。
彼女はまた、背中を向けて、歩いていく。
振り向きもせず。…当たり前のことだけど。
時が動き出したように、ざわめきが生まれた。
誰もいなかったはずの廊下を、人の足音が重なる。
窓の外を眺める。真っ青な空に、白い太陽が和らいでいる。
視線を移す。無数の人の中――遠ざかる彼女の背中は、それでも、なお、紛れることはなかった。