8話
どうでもいいことを考えることはやめて、無心になって図書整理をしていると、かすかな声が聞こえた。
その声でふと我に返る。よく聞けば鼻歌だった。
図書室には鈴木君と私しかいないわけだから、鈴木君が鼻歌を歌っているのだろうけれど。
気になる気持ちを抑えきれず、恐る恐る近づいていく。
すると、何かから一生懸命に逃げているかのような、不思議な感情が込み上げてきた。
鈴木君に近づくにつれて歌声は大きくなっていった。
それと同時に胸が高鳴っていくのを感じた。
本棚の本と本との隙間から顔をひょっこりと出して、鈴木君を見ていた。
鈴木君は鼻歌を歌いながらも黙々と図書整理をしていた。
初めてじっと見る鈴木君の横顔の美しさに、気持ちだけが空に浮いているような気分になった。
『うわぁ!?橘さんっ!』
またもやどうでもいいことを考えていると、鈴木君が私の存在に気付いたらしく、ビックリしていた。
私も鈴木君の声にビックリしてとっさに声を出していた。
「うわぁ!」
お互いに笑いあうしかその場をしのぐ方法はなく、ひたすら笑いあうという奇妙な雰囲気を作り出してしまった。
「ごめんね。ビックリさせるつもりはなかったんだけど。」
『俺、橘さんに見られてたな(笑)橘さんで良かった!』
ん?
『橘さんで良かった』?耳まで錯覚を起こしているのか?それとも耳にからかわれているのか?
驚きで空想の世界へ飛んでいきそうだ。
「えっ?」
『俺、橘さんといると落ち着くっていうか、ありのままでいられるっていうか。その、なんていうんだろ?』
鈴木君の考えている姿が面白くて、少し笑ってしまった。
それと同時に、私が人の役に立てているような気持ちになり、嬉しさが込み上げてきた。
『橘さんって笑うと可愛い!いつも笑ってればいいのに。』
「ありがとう。意識してみるね。」
『だからかも!』
鈴木君が急に言うもんだからちょっとだけびっくりした。
そして、嬉しさが込み上げてきた。
人に必要とされていることが嬉しくて、目から溢れんばかりの涙をこらえていた。
「ん?」
『橘さんはいつも誠実だから。人のやりたがらないこととかもちゃんとやってる。(照)』
「みんなが良ければそれでいいの。」
『その考え方凄いな。俺なんか自分の事しか考えてなかったから。』
自分が褒められているようで少し恥ずかしかった。
言ってくれている鈴木君も照れてて可愛い。
そんな一面が人気者の特徴なのだろう。
私には到底、縁のない話でしかなかった。