切れ味はバツグンっっ
日程 、四日目 。
行き先『木』世界。
ある日。
「ねえ、まふるってさあ、言ってることがよく一方通行だよね」
「そうそう、思うような返しだった試しがない」
制服のスカートを直しながら階段を上っていると、時々話すクラスメイトの、そんな声が聞こえてきて。
この階段の上にはちょっとしたホールがあって、そこは南側に突き出た出窓から日の光が入ってくるから、天気のいい日などは皆が日向ぼっこと称してたむろする場所だ。
私は階段を上る足を止めた。
「会話が成り立ってない」
「あ、やっぱそう思った?」
うん、思ってる。自分でも。
私は、くるっと回れ右をして、そっと階段を下りた。
足音で気づかれないようにだなんて、空気は読めるんだよ。
でもね、相手が求めている返事っていうのが、よく分かっていなくって。それなのに頭で考えていたことを、何の気なしに口にしてしまうもんだから、友達はよく、え、ってなって、ごめん、言ってる意味がよく分からんかったってなって、それで。
「そうだね……じゃあ、もう行くわ。またね」
苦笑いで去っていくその友達の後ろ姿を手を振って見送るんだけど、またねって言う割にはもう二度と話しかけてはこない。
悲しいなって思うけど、自分ではどうしていいかわかんないし、どうしようもない。
「だから、ケイトくんも、私が何を言ってるのかなんて、よくわかんないでしょ?」
隣でごろんと眠っているその横顔に、私は小声で話しかけた。
『木』世界は、その名の通り、あっちを見てもこっちを見ても、木木木……樹。「木」と「樹」の違いなんて、よく分からんけど、とにかくこの世界では、皆「カマキリ」だ。眠っているケイトの顔も、昆虫のそれだし、肉球は何と‼︎
切れ味の良さそうな鎌となり、シャキンって光っている。
「今夜はここでお泊まりだけど、もうまふるちゃん、絶対絶対、僕に近づかないでっっ‼︎」
あらら、新婚旅行でもうケンカ別れ?
「違うよ、まふるちゃんったら‼︎ これちゃんと見えてる? 危ないからに決まってるっ‼︎」
鎌をこすり合せると、ギリギリと不快な音がした。
「あーあ、こんなとこで足止めだなんて、もう本当にツイテナイ。こんな手じゃ、まふるちゃんを抱きしめることもできやしない」
ホウホウと、何かの鳴き声が、森の中に響く。
「その磁気嵐って、直ぐに収まるの?」
「台風みたいに進路があるわけじゃないから、何日足止めを食らうかはわかんないんだ」
両方の鎌を使って枯葉をかき集めると、ケイトはもぞもぞと腰を振った。
「ちょっとごめん、まふるちゃん、この尻ポッケから風呂敷出してくれない? ああ、ポケットに気軽に手も突っ込めないだなんて、ほんともうサイアク」
私がケイトの尻に手を伸ばすと、「あ、鎌に気をつけてっ」
尻を突き出した格好で、ケイトはさらに鎌をこすり合わせた。
ギャギャギャと音がして、ぞわっと身体が震える。
「ねえ、ちょっとそれ、ヤメテくんない?」
「ああ、ごめんごめん。なんかやっちゃうんだよなあ」
ケイトの尻ポケットから出した風呂敷を、集めた枯葉の上にふぁさっと敷いた。
「まふるちゃんはこの上で寝て」
その隣の、少し離れた場所にケイトは横たわった。
「ケイトくんがこの上で寝たら?」
言うと、ケイトは上に向いて天を仰ぐと、鎌を胸の前でクロスさせて、目を瞑った。
「ううん、風呂敷はまふるちゃんが使って。僕はどうやらこの枯葉の上が好きらしい。あー落ち着くぅ、落ち着くよー」
枯葉の上で、身体をくねらせる。そうしているうちに、カマキリ候の身体が半分だけ、枯葉に埋まった。
疲れているのか、ケイトは直ぐに眠ってしまった。
その横顔を見ながら、私はどうしてケイトが自分を見初めたのかを考え始めた。
「なんだろうねえ、私みたいなよく分からん子のどこが良いんだか」
ある日。
会社の中庭で弁当を食べていたら、渡り廊下の向こうから、同じように声が聞こえてきた。
「なあ、あの笠井って子さあ」
「事務の?」
「そうそう、あのくるくるの髪の毛の子。なんかコミュ障っぽい?」
「ああ、ちょっとそういうとこあるな」
また言われてる。もういい加減、聞き飽きた。そう思って下を向くと、自分で作った弁当の玉子焼きが目に入ってきた。
少し焦げた部分が茶色にそこだけが光っていて、歪だ、と思った。
そう、私は歪だ。
普通ではなく、そして他人とは違うらしい。
「愛想もないし、全然可愛くねえ」
「そだな」
なんだよべーだっ。うるさいほっとけ。そんなこと言わなくてもいいのに……。わかってるんだよバーカ。の、どれも思い浮かんでこないし、思わない。
そういうところも欠陥品だ。まふるってさ、感情ってか喜怒哀楽って、ちゃんとあるの?
何度そう、言われたことか。
家族(ママ以外)も友達も同僚も先生も上司も、私の周りにいるそれらの人が、口を揃えていうのだから、間違いないのだろう。
だからきっと、恋人だって。。。
「ねえケイトくん、私といたって、つまんないでしょ」
ぽつりと溢れた言葉は、自分が思っているより、自分を傷つけている。