ドキドキ求愛ダンス
日程 、三日目 。
行き先『水』世界。
「ぎゃあ、こんなにモテたのは人生初だあああ」
さあ、これはどちらが声を上げているのでしょうか?
まふる。
ケイト。
ピンポンピンポン、ケイトでした‼︎
私が眠りこけている間に、どうやらケイトは第三の世界『水』に移動したみたい。だって、ケイトのお腹に張り付いて、トトロ状態のまま起きたんだもの。
「おはよ、まふるちゃん」
極上の笑顔。。。と言いたいところだけど……えっとお、あんた誰?
「ひどいっ、僕だよ、ケイトっ」
「ケイトくん?」
「うん、そだよ」
にこっと、しているだろうその顔は、確かにケイトのほわっとした雰囲気は醸し出しているけれど、全然、まったく別物で。
よいしょっと身体を起こしたら、ケイトの胸についた手が、ずるっと滑ってべしゃっとなる。湿っぽくてぬるっとした身体が、前のまふまふケイトのそれと違いすぎて。
おいおいおい、白いまふまふどこいったー‼︎
「わ、ワニですか」
訊くと、ケイトは「イモリです」と言う。
「イモリってさ、水辺に住んでるでしょう? だから、こんな風に身体もちょっと湿ってるの」
私の身体を避けて、よいしょと立ち上がると、長い尻尾もあって、うわあマジでイモリ。
手には細い指があって、先っちょがちょっと丸い。いやいやいや、肉球の方が絶対に可愛いのにい。
そんな手を頭に当てて、照れながら言う。
「なんかベタベタしててごめん。僕、汗臭い?」
そんなことどうでもいいよっ‼︎
「ねえ、ケイトくん。水辺に住むって言ったって、ここ、川とか湖とか、全然水っぽいやつなんてどこにも」
私がキョロキョロすると、ケイトは慌てて言った。
「あるよ、あるある。ほら、これもこれもこれも」
何もないと思っていた空間を指でさす。そこには、シャボン玉くらいの大きさの、丸い球体が浮いていた。透明だから見えなかったのか、目を凝らしてよく見ると、その球体は液体のようである。
球体に指を入れて引き抜くと、指の先に雫がついて、ぷるんと揺れた。
「ねえねえ、まふるちゃん、見てこれ」
イモリ姿のケイトが、尻尾をフリフリと振っている。
「え、あ、うん?」
くるっと回ると、さらに尻尾をフリフリ。
可愛いね、とも言えず、私は一生懸命(?)に尻尾を振るケイトを見ていると、段々とケイトが怒り出した。
「ちょっとまふるちゃん、僕の姿を見て何にも感じないわけ?」
「え、」
「プロポーズだよっ、この世界では男の子はこうして女の子に愛を語るんだ」
「……そ、そうなんだ」
ケイトが尻尾をさらに激しく振って、身体を左右に揺らしながらダンスをする。
これが求愛ダンス。
「ねえ、何にも感じないの? 愛してるー、まふるちゃんー」
「なんかわかんないけど、あ、ありがと」
自分ではそんなつもりはまったくないけれど、虚を突かれたような顔をしていたのだろうか。
「……もういいよ」
ケイトが諦めて、ダンスを止める。
すると、どこからかガヤガヤとした声がして、次第に騒がしくなった。
私は周りを見た。
「なになになに」
唖然とする。だって、ケイトが、いや違うイモリがたくさんこっちに向かって走ってくる。
「きゃあ、可愛いっ」
「ワタシの好みだわっ」
「もう大好きー‼︎」
あっという間にケイトに群がったかと思うと、キャアキャアと黄色い声を上げている。
イモリさんたちは、身体をくねくねとくねらせると、ケイトに触ったり、抱きついたりしている。
「いやあん、ステキ」
「さっきのダンス、もう最高よっ」
「チュウして」
抱きついて、口を近づける。
「わああ、ダメダメ。僕にはまふるちゃんという恋人が、」
口ではそんなことを言っているけれど、顔はデレて、緩んでいる。だってその証拠に、口からピンクの舌が垂れ下がっているんだもん。
そして、冒頭に戻る。
「ぎゃあ、こんなにモテたのは人生初だあああ」
私はなんだかもう訳わかんなくなっちゃって、モテてるケイトの姿を見て、ふんってなって。
側で浮遊していた水の球体を手でバシャンと割ったりしながら、今のこの状況に堪えられなくなると、踵を返して歩き出した。
「ちょっとあっちに行ってくるっっ」
すると、情けない声で「あ、まふるちゃん、待って待って」
「いいじゃない、ワタシたちと遊びましょ」
「あんな女、ほっときなさいよ」
「なにあの姿。全然カワイクないー」
背中で声を聞きながら、私はもう頭の中がぐるぐると洗濯機みたいに渦巻いていたけれど、気にしてないフリをしてそのままずんずんと歩いていった。
「え、うそ、待って。まふるちゃん、行かないで」
小さくなっていくケイトの声。
(別に気にしてないもんね)
自分に言い聞かせて、目の前に広がる森の入り口に入っていった。
少し行くと、大きな木が横たわっていて、私の行く手を遮った。結局、そんなに距離は歩かずに、そこで断念。
横たわった大木の根元へと近づくと、そこに体操座りでうずくまった。
(私、なんで逃げちゃったんだろ)
モテてデレる恋人に愛想をつかしてしまったのだろうか。胸がモヤモヤして、苦しくなる。別に涙は出ないけれど、私だってモテるんだからね、とか、他の男とチュウだってしちゃうんだからね、とか。
すると、腕を直角に曲げて振りながら、ケイトが走ってくる姿が見えた。
「まふるちゃんー、どこー? ハアハア、まふるちゃんー、返事してー」
ハアハア言いながら、一生懸命に駆けてくる。
私は抱えた両膝に顔を伏せた。こんなモヤモヤした顔、見せたくない。
「あ、まふるちゃんっ」
とうとうケイトは私を見つけて、駆け寄ってきた。
「ごめんね、僕、絶対にチュウなんてしてないからっ。それに、僕にはまふるちゃんしか、」
言葉が消えて、私は顔を半分だけ、そっと上げた。
ケイトが、キョロリと丸い瞳に、涙を溜めている。今にも零れそう。
「まふるちゃん、こんな風に、どこかに行っちゃわないで」
「でもケイトくんモテてたし、私じゃなくても別にいいんじゃないの?」
意地悪な言葉が出て、私ってば、あー最悪と思った。
「尻尾振れば、ああやって可愛い子が寄ってくるんだから」
イモリだけどね。
意地悪は続く。
けれど、ケイトは零れた涙をそのままにして、私の顔を両手で包み込んで、ほっぺをぎゅっとした。体温の低い、ひやりとした手のひら。
湿っていて、少しだけぬるっとする。
私は、唇を引き結んだ。
「嫌だよ、まふるちゃんがいいんだ。まふるちゃんが好きなんだ」
ああ、私。今、きっと眉間にシワが寄っている。
「ダンスだって、まふるちゃんに好きになってもらいたくて、踊ったのに……。でも、まふるちゃんに効き目がないなんて、ショックだったよ」
涙がぽろぽろ。
私は一層、唇に力を入れた。見事なへの字になってるだろうな。
「……可愛いな、とは思ったけど」
ケイトは顔をはっと上げると、さらに顔をぐっと近づけてきて、訊いた。
「え、ほんとう? 僕、嫌われてない?」
「別に嫌ってなんかない」
「だって、まふるちゃん、走ってどっか行っちゃうから」
「イヤだったんだもん、ケイトくんが他の……女の子とイチャイチャしてるの」
「え、いや、イチャイチャしてたわけじゃ……でも、まふるちゃん、もしかして、」
「ん、」
「ヤキモチ……妬いてくれたの?」
「むー、」
けれど小さく、そうかもね、と言うと、私はまた顔を伏せた。
「まふるちゃん」
ケイトが、丸くなった私の身体を抱き締めると、耳元で囁いた。
「まふるちゃんが好きだよ。僕にはまふるちゃんだけだよ」
そのうち心臓はバクバク言い始め、暴れ馬のように暴れだすと、口から飛び出しそうになって、私は唇をむうっと突き出すのを止めた。