風呂敷は唐草模様
日程 、二日目 。
行き先『火』世界。
どうして私なんだろう。
ようやく疑問に思ったのは、二日目。だった。
降り立ったのは、見渡す限りの砂漠。
さくさくと砂の軋む音を聞きながら、大きく息を吸い込んだ。
少しだけ熱を持つ空気。
「ここは、『月』と違って、時間の流れがゆっくりだから、」
私が足元から崩れ落ちる砂に気を取られていると、ケイトがふんわりと言った。
「しばらくの間、のんびりと過ごそうよ」
そんなケイトは、半人間から犬の姿に戻っている。とは言っても、中身は猫なんだろうけど。
私がそう言うと、ケイトははにかみながら言った。
「ふふふ、実は僕、この世界では犬なんだ」
猫(中身)→犬(中身)。。。外見は変化なしだが、犬と猫の中身の違いって?
「根本的に違うよね。だって、種族が違うんだから、中身だって違うよね」
「そ、そうなんだ」
うん、わからんけど。
二足歩行しているけども、白いふわふわ毛の、見かけ柴犬の中身って。
「でもまあ、魂は猫だよ」
混乱。
「いやいや、まずそもそも中身が猫っていうのが、わかんない」
すると、ケイトはポケットから小さく折り畳んである布を出して、砂漠のど真ん中にふわりと宙に浮かせながら敷いた。
意外と大きい、唐草模様の風呂敷だ。
「⁉︎」
ポケット⁉︎
私はケイトの腰のあたりに手を入れて、ごそごそとまさぐった。
「ねえ、僕が猫とはいえ、どう見てもこれ。セクハラだよっっ」
「だって今どこから出したの、この敷物」
「ちょ、くすぐったいってば、やめてえ」
そのまま私とケイトは倒れ込んだ。
ケイトの大きなまふまふの身体の上に、私は遠慮なく、どしゃっと乗っかった。
なんだこれトトロか。
「まふるちゃん、大丈夫?」
重いかな、と思って起き上がろうとすると、横からにゅっと両手が出てきて、私をハグする。
成り行きから、私は頭をケイトの胸に寄せた。
ああ、これがいわゆる、彼氏抱っこ。略して、彼抱き(命名)。
「大丈夫だよ。でも、勝手に触ってごめんね」
「まふるちゃんならいいよ」
くすぐったいことを言ってくれるんだな。
「ああ、ずうっっとこうしていたい」
背中に回るケイトの腕に、力が入った気がした。
「今日はゆっくりできるんでしょ?」
「うん」
「だったら、ずっとこうしていよ」
頭を横たえる。すると、どこからか。
どっどっどっと、規則正しく。太鼓でも打ちつけるような音が。
「やっぱ無理だよー」
ケイトの弱々しい声で顔を上げると。
ケイトのにゅっと前に突き出しているワンちゃんの口元が半開きになっていて、その半開きの口からピンクの舌が少しはみ出している。
「まふるちゃん、僕だって男なんだからね。困ったなあ」
そうか、この音。ケイトの心臓。
「ふふふ」
私は可笑しくなって笑った。
けれどケイトも笑ったから、私はケイトの上で、身体を揺らした。
「どうして、私なの?」
疑問をようやく口にした。
自分を卑下するわけじゃないけれど、この歳(年齢は秘密)になるまで、告られたりモテたりするなんてことは、今までになかったわけだし。
みんなからしてみると。
性格がねえ、よくわかんないんだって。
そりゃそうだよ。死んじゃったママ以外の他の家族だって、私のことわからない人間だし変人だって言うし、なんたって自分が一番わかってないんだから。
けれど、そんなことはどうでもいいみたいな態度で、ケイトは言った。
「一目惚れなんだから仕方がない」
私は、あははっと笑って言った。
「それは仕方がないね」
「うん、人間ってさ。よく『恋に落ちる』って言うだろ。でもそんなんじゃなくってさ。『恋を拾った』んだよ」
「拾った?」
「ん。道を歩いていたら、足元に何かが光っていた、みたいな。それを拾い上げてよーく見てみたら、まふるちゃんだったという」
「…………」
ケイトの話をまふまふ真っ白の上で聞いていたら、眠たくなってきた。
「誰かの落し物なら、交番に届けなきゃいけないけど、まふるちゃんは誰かのものじゃなくて、そんで、彼氏も恋人もいなくってだね、ああ、このまま僕のものにしちゃおうって」
ケイトの体温はポカポカ温かくて、ちょうどいい心地だ。広大な砂漠を横目で見ていた目を閉じる。
「……まふるちゃん?」
少しだけ、身体が揺れた。
「おやすみ」
ケイトの満足そうな声だけを、拾った。