月はメロンパン
日程 、一日目 。
行き先『月』世界。
「ねえ、あれメロンパンだよね?」
私が空に浮かぶ物体X(未確認のため)を指差して、隣を歩く猫ちゃんの人間バージョン、に訊いた。
「んー、そうだね、メロンパンとはちょっと違うけど、この世界ではあれが『月』になるんかな。。。」
「月、ねえ」
まあ、似てなくもないけれど。
「誰かがかじったら、三日月とかになったりして」
私は良いこと思いついたの体で言い、ぷぷっと吹き出した。
すると、ケイトは私より少し高い頭の位置から、人差し指を唇に立てて、しっっっと言う。
「こら、そんなことを言ったらダメっ」
真剣な表情をささっと左右に振りながら、きょろきょろと辺りを見回した。辺りは相変わらず、見たことのない植物が鬱蒼と茂っていて、私たちの行く手を阻んでいる。
さっきからその背の高い葉っぱを手で掻き分けながら進んでいる、ということを主張したい。
「どうしたの?」
「この世界ではね、住民の方々があの『月』を崇拝しているんだ。滅多なことを言ってはいけないよ」
「えええ、あのメロンパンを?」
そりゃあ、私も好きだけどさ。メロンパン。
メロンパンは私の家族も大好きで。
私が小さい頃に病気で死んじゃったママと、よく半分こしたっけ。
すると、周りがガサガサとにわかに騒がしくなった。背の高い葉っぱが、わさわさと揺れる。小枝を踏みつける音がパチリパチリと響き渡って、私は驚いてしまった。
「わ、何何何?」
「まふるちゃん、こっちへ」
ケイトの腕がにょきっと差し出され、私はケイトの腕の中に巻き込まれた。
背後から。
「心配しないで、僕がいる」
耳元でケイトの声と息が混ざる。私は慌てて、胸の辺りで横たわるケイトの腕に掴まった。ケイトの腕は意外と太くて、筋肉もがっしりとついている。きっと、ぶら下がっても平気そう、そんなことを考えていると、草むらから何かがわっと一斉に飛び出してきた。
「まふるちゃん、僕に掴まってて」
私やケイトより背の高い人間。いや、人間じゃないよー‼︎
よく見ると……よく見なくても、だ。
顔の中央に長い鼻がある。ってか、多分、鼻だと思うけど。だって、先っちょに穴も二つあるし。
その鼻が象のようだとわかった頃にはもう、周りを囲まれていたという。どうだろう、二、三十人はいる気がする。多勢に無勢とはこのことだ。
皆、さっきからふんふんと鼻息荒く、そしてその鼻を上下運動させている。
「おい、あんた。その女を差し出せ」
頭一つ大きな象さん(仮)が、鼻をムチのようにしならせて、左右に振った。それがもう……ひゅっと音をさせて振る剣のような速さなんです。
私は恐れおののいてしまい、ケイトの腕に必死で掴まった。
「断る。この子は……まふるちゃんは、僕のれっきとした恋人なんです」
お断りの理由には少し説得力が足りないかな、とは思ったが、どうやらそうでもないらしい。
「こ、恋人っっ⁉︎」
「うそだろおい」
「信じられん‼︎ この世でひとりの女を、こ、こ、恋人にするなんて」
「メロ様、メロ様に祈りを捧げるんだ」
ははーっと、象さん(仮)たちが土下座をしだして、皆、こうべを垂れた。
「め、メロ様?」
私はケイトに掴まりながら、ケイトを見た。
ケイトは真顔で天に向かって指をきっちり揃えた手を差し出した。
「あれが、メロ様だ」
「あのメロンパンが⁉︎」
名前、惜しい。
「まふるちゃん、驚くかもしれないけど、この世界には男しか存在しないんだ。だから、女の子のキミは本当に珍しい存在で、こうして新婚旅行とか家族旅行で来たツアー観光客の女の子に興味津々なんだよ」
「ええええ、ええー⁉︎」
男しかいないって、どういうこと?
「じゃあ、結婚は?」
「まあ、できないね」
「子どもが生まれないじゃない」
「そ、そ、そうだね」
ケイトの頭がゆらゆらと小刻みに揺れ始めた。
「じゃあ、この象さん(仮)の種族は、絶滅に向かってい、る?」
「しー‼︎ もう少し、声を落として……」
焦りを帯びたケイトの声。
「ま、まふるちゃん、意外とその辺のこと、詳しいね。。。」
「だって赤ちゃん、」
言いかけて、ケイトに口を塞がれた。ケイトの大きな手からは、葉っぱの青々しい匂い。草深い場所を切り広げながら歩いてきた時に、草の汁でもついたのだろう。
「ま、まふるちゃん、その話はまだ早いっていうか……まだ僕たち新婚旅行始めたばかりだし、そのような類のことは月火水木金土日の週末ら辺でいいんじゃないかなって、僕は思う」
口を塞がれているので、返事はできない。こくこくと頷くと、ようやくケイトは手を離した。
「それで、どうしてメロンパンに祈りを?」
「女の子がたくさん、この世界に旅行に来てくれますようにって、祈っているんだよ」
「その祈り、届くのかなあ?」
象さん(仮)たちは、一生懸命ぶつぶつと言いながら、頭を下げている。
「商売繁盛、たくさんの女の子が『月』に遊びに来てくれますようにっ」
「メロ様どうか俺も結婚できますように」
「可愛い子がいいです、可愛い子お願いします、可愛い子よろしくです。。。ぶつぶつ」
私がその様子を見て、くすっと笑うと、ケイトが覗き込んできてケイトも笑う。ふふっと身体を揺らすと、ケイトは抱き締めていた腕を離した。
「それじゃあ、僕たちはこれで。今回はごめんね、これ僕たちの新婚旅行だから」
ケイトが言う。すると、象さん(仮)たちがそれぞれ立ち上がり、鼻を振った。
「またツアーの紹介よろしくな」
「女の子連れてきてー。次は合コンツアーな」
「オッケー」
ケイトが手を上げて、その声に応える。
私は不思議に思って、訊いた。
「ケイトくん、あなたはいったい何者なんですか?」
すると、ケイトは首にかけていたストラップを服の中から引っ張り出すと、名札を見せて自慢げに言った。
「空間旅行社 ユーエフーオーのツアーコンダクター、です」
「ツアーコンダクター?」
「旅のお供だよー」
そして、私の手首をぐいっと掴むと、「さあ行くよ。次は『火』の世界だ」
月火水木金土日。
了解了解、ついていくよ。私はキミの恋人なんでしょ。
それにこれは新婚旅行。
私は引っ張られる腕に少しだけ現実味のある痛みを感じながら、ケイトの後ろ姿についていった。