まふまふ真っ白な恋人ができました
「え、なんて?」
私は目の前にいる、犬みたいに見えるけど実際は猫、に向かって問うた。
街を歩いているとさ。ほら、あるでしょう。あれ完全におじさんでしょっていう人が、おばさんだったりすること。
あんな感じで、どこからどう見ても犬の姿なのに、猫って言い張ってる、この猫ちゃんは。
ウソでしょ、ほんと犬じゃないのマジで猫? ってなってるわけだけど、ワンともニャアとも言わずに、「まふるちゃん、新婚旅行で月火水木金土日のどこにでも連れてってあげるから、僕と付き合ってくださいっっっっ‼︎」って右手の肉球を見せて、そんなことを言うもんだから、冒頭に戻る。
「……え、っとぉ」
私は頭に手をやって髪をぐしゃぐしゃと回した。パパからの遺伝で少しだけ天パが入っているショートの赤毛は、普段の2倍増しに膨れ上がった。
僕と付き合ってくださいっっっっ‼︎
私は固まった。
今の今まで生きてきた中で、これほど無関係だった言葉に、度肝を抜かれてしまったのだ。
この状況にツッコミどころはたくさんあるけども。
今は、この言葉を堪能したいと思ってしまった。
目を瞑って、その言葉を味わう。
ああ、やっぱり告白されるって、最高。
そう思った次の瞬間、カッと目を開けた。
そして、さっきからずっと差し出されていて、力尽きる寸前だったのだろうか、ぷるぷると震え出している猫ちゃんの右手(肉球)を握った。
「ええええ、いいの? 本当に僕でいいの? やったあ、やったあ」
私に右手を握られたまま、ぴょんぴょんと後ろ足で器用に跳ねる。その様は、犬猫というより、ウサギだ。
「やったあ、嬉しいよっ。僕、初めて彼女ができたあ」
ガバッと抱き締められる。
ここで、ん? となるだろうね。だって、大きさの対比がおかしいじゃない? って?
いやいや、いいんです。だって、この猫、遊園地とかイベントとかでよく見る着ぐるみくらいの大きさがあるのです。
ふわふわの毛皮に包まれたビッグなキャットは、あろうことか私を抱き締めると、ぐいっと抱き上げた。
これが俗に言う、お姫様抱っこ(縦型)。
何が何だか分からぬが、猫ちゃんの喜びが大き過ぎて、私もなぜか嬉しくなった。
大きな首に両腕を回してみる。回りきらないけれど、うんしょと回してみる。
「ありがとう。大切にするよ。まふるちゃん、君を幸せにする」
なんとも優しい彼氏ができました。
私は嬉しくなって、抱き締めている腕に力を込めた。まふまふの真っ白の毛が、頬をさわっとくすぐっていく。
「まふるちゃん……大好きだよ。僕のことも……好きに……なってね……」
次第に猫ちゃんの声が小さくなっていって。
ああ、もしかしてこれ夢か。と思った瞬間。
「じゃあ、手始めに『月』に行くよー‼︎」
耳元で大きな声がして、台風のような風が吹きつけた。びゅおうっと、鼓膜が破れそうな音が聞こえたかと思うと、私は重力を感じて、下へと落ちていった。
どさり。
身体のあちこちがチクチクする。
ああ、これやっぱり夢か、と思ったけれど、目を開けたらびっくり。
目の前に広がるのは、青い空。
見慣れた月や太陽や白い雲などはどこにいったのやら、丸いメロンパンみたいなのがひとつ、浮いている。
なんだこれ。
思っていると、横からにょっと顔が出てきて、私を覗き込んでくる。心配顔が、イケメンだ。
「まふるちゃん、ケガしてない? どこも痛いところはない?」
私は起きて、「あれ? 猫ちゃんは?」
その人は顔を歪ませると、人差し指を立てて言った。
「僕だよ、僕」
むむむ。だとすれば。この世界では猫→人間になるらしい。
もう一度見る。頭にはふわふわの髪の毛の中に三角の耳。
これはもう、猫→不完全な人間、だな。
こんな図式が成り立って、
じゃあ、私はっ⁉︎
って、焦った。慌てて顔を手で探ってみたけれど、ほっぺもつねることができるし、口もあって鼻もある。
ガバッと頭に手をやってみたけれど、いつもはくるくるの髪が、さらさらストレートになってもいない。
「ふふふ、まふるちゃんはどこの世界の行こうが、変わんないからダイジョーブ」
人間→人間のままのようで、ほっと安心。
「……まふるちゃん」
イケメンが手を伸ばしてきて、そっとほっぺに手で触れる。
私は、イケメンの顔をまじまじと見た。
鼻梁はすっと高くて、近所の公園にある滑台みたい。眉は太くもなく細くもなく、それでいて睫毛は長く、その睫毛さんはさっきから忙しなくパタパタとまばたきしている。
髪はふわふわ、横は刈り上げてあって、人間界でいういわゆるツーブロックだ。
けれど、この人間もどきがあの猫ちゃん本人だと思うのは、その眉や睫毛だけでなく、髪の毛も同じように真っ白だからだ。その真っ白な頭頂部には、猫耳あり。で、決まり。。。
「肌は、まふるちゃんと同じ色。『月』の世界ではこんな風になるんです」
ぐうぱあぐうぱあしている手の平の皮膚色を見ながら、猫ちゃんは言った。
「ねえ、いつまで僕のこと猫ちゃんって呼ぶの?」
口を尖らせるばかりでなく、むうっと突き出している。
「僕、ケイトっていうの。新婚旅行の間に名前呼ぶの慣れてほしい、んだけど……その、こ、これからもよろしくね」
私が、ん? っていう顔をすると、ケイトは顔を赤らめて言った。
「あわわわ、新婚旅行もそうだけど、その後もよろしくっていう意味だよ」
恋愛にはずっと疎かった私には、こういう時どういう反応をしていいのかがわからなくて、下を向いた。
どうやら色んな意味で、今までとは違う世界に到着だ。