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きっとあの日あの時、私たちは同時に恋をしたんだ

作者: noll

~登場人物~


鈴鳴 遥 (ヒロイン)

矢代 治 (ヒーロー)

友達   (名前未登場)

部長   (同じく名前未登場)

モブ女子


 出会いは偶然、恋は魔法だとはよく言ったものだ。

 …………あの黄昏る夕日の日、たまたま足を延ばした先に彼がいた。きっと、そう……、あの時は気づかなかっただけで、私は彼に恋をしたのだ。



「「「キャー!!」」」 悲鳴が聞こえた。しかし悲鳴と言っても驚きというよりかは嬉しさをあふれさせた歓喜の悲鳴であった。さらに厳密にいえばピンク色の声であった。私は声のした方を何気なく見つめ、後悔した。


「「「矢代くん、今日もカッコイイ~!!」」」


 そこには一人の男子生徒を中心に、大輪の花が咲き乱れていた。全員が全員、顔を紅色させ、ウットリとした眼差して、目の前の人物を見つめていた。

 彼の名は矢代(やしろ)(おさむ)。私の一個下の学年で、同じ演劇部の後輩である。そして我が部のエースである。昔は陰気で根暗そうな雰囲気であったのだが、顔が綺麗で売れそうな感じがプンプンと出ていたので、私がプロデュースしたのが切っ掛けである。問答無用で入部届に判と届け出をさせ、我が物にした。……まあ、後に部長にバレてこっ酷く叱られ、入部は破棄されそうになった。実際に破棄されなかったのは矢代本人も入部に関し満更じゃなかった、というのが大きな理由の一つである。後の事は知らない。

 それで気をよくした私が、矢代の事を育てた。瓶底のようなダサい眼鏡を外させ、コンタクトにした。長い髪も私が態々カットして、短くした。そうして出来たのが今の矢代。そうしたら今までの人が掌を返したかのように矢代に飛びつく。しかも意外や意外、演劇の才能もあり上達するや否や気づけば演劇部のエース、女子の人気を総取りする結果となった。このことが切っ掛けで女子の入部希望者が倍増され、当時の部長は笑っていたが、正直なところ矢代目当てである事は明白であった。ちなみに、この入部者たちは急遽面接対応となり、今は入部を断っている状態である。

 そんな矢代だが、自分の見た目が変わり他人からの目も変わったのも相まったのか、ガラリと人が変わった。と、いっても元々の資質は変わっていないであろうが、なんというか自分に自信を持ったせいか、タラシになった。

 もう一度言おう、タラシになったのだ。

歯に衣着せぬ言葉を巧みに使い、女を落とすタラシ。まさか此処で、演劇部で培った才能が使われるなど思いもしなかった。そんな彼は、屈託のない笑みを綻ばせ、いつものように女を落としにかかる。私は彼の言いそうな言葉を思い浮かべ、失笑した。


「君たちも、とってもキュートだよ。食べちゃいたいぐらいだ」 多分だが、絶対こういった内容を口にしている。そして、例にもれず彼女らはその言葉を聞いてますますピンクの絶叫を上げる。


「「「キャー!!!」」」 ああ、五月蠅い事この上ない。思わず私の両耳に手が伸びる。しかし指の間から彼女らの悲鳴がどうしても入って来る。ああ、腹立たしい。どうしてくれようか、あいつ等。私の口から舌打ちが思わず飛び出る。そう思って何気なく下を見下ろすように視線を向けた先、私と彼の目が合わさる。思わず私は息を呑む。そして、私は逃げるように目をそらした。


「……本当、私好みの顔で嫌になる」 私は小さく毒を吐き、そっと息を吐いた。


 私は再び彼の方を見つめた時、彼は私に向かいヒラヒラと手を振っていた。そして花たちの鋭い眼光が私に向かい降り注がれる。それに対し、私はひどい頭痛を感じた。



 昼休みとなり、私はあらかじめ購買で買った安いパンと牛乳パックを持ちながら、のんびり食していた。そして流れる雲を横目に、憂鬱の膨らむ胸を抱えながら、息を吐いた。


「なぁーに、おっも苦しい溜息吐いてんのよー」 私の前の席に座る友達が咎めの声を上げる。私は「ごめん」と、心にもない謝罪を口にし、ジャム一つ入ってない小麦粉とバターだけの面白みのないパンを口に含む。そしてパンで乾いた口内を牛乳で潤す。

 そんな私を見て、今度は友達の方が重い息を吐いた。なんだ、と思って顔を上げれば呆れた様な眼差しが私の目に飛び込んできた。


「なに?」 その顔が何となくムカついて拗ねたような声で尋ねれば、友達は頬杖を吐いて苦笑した。


「アンタ、もしかして待ってんの?」「なにを?」「アンタの拾って来たイケメン犬」 流れるように口に出される会話。とんとん拍子で流れていくので、特に気にも留めていなかった私。けれど、友達が最後に口にした言葉に、目を丸くした。そして、その意味を知り私の胸が急に大きく高鳴った。


「な、何言ってるのよ!」 思わず大きな声を口にしていた。自分でも驚き、さらに目を丸くすると、今度は目の前の友達がケラケラと笑い始める。その笑いが無性に私の癇に障るので、私は手を上げ「笑うな!!」と声を荒げた。しかし友達の笑いは止まることは無く、むしろ増強した。甲高い笑い声が耳を攻撃する。一人笑い転げる友達を見て、私は徐に右手を力強く握りしめた。

 ――その時だ。何やら騒がしい音が耳に入った。そして同時に聞こえてきたのは、ピンクの悲鳴。私は確信し、友達は音の正体を察してニヤリと笑った。


「ほら、犬の方から迎えに来たみたいよ? 飼い主さん」 友達の言葉に私の右手が火を噴いた。

 ……しかし友達はそれを見越し、ヒョイッと軽々と躱すので、私の怒りはさらに上がるのであった。そうして私と友達のやり取りを繰り広げていると、その元凶とも呼べる存在が、とうとう私たちのクラスへと足を踏み入れた。黒い髪が横目に入り、私は首を首を動かす。すると、顔を紅葉させる男子生徒こと、矢代治が立っていた。彼は嬉しそうに笑い、駆け寄って来る。


「先輩! 今日、僕と目が合いましたよね!!」 目を爛々と輝かせ、私に抱き着いて来る。


「ちょ、おま、放せ!」「やっぱり僕と先輩は運命の赤い糸で結ばれているんですね!」「話を聞け!!」「結婚してください、先輩!!」「苦しいわ、ドアホ!!」 私は苦しさと恥ずかしさのあまり、矢代の弁慶の泣き所を蹴り上げる。そして彼の拘束が緩んだのを察したと同時に友達に向けていた右手の矛先を矢代の腹へと向ける。一切の迷いを感じる事無くボディークローを決める。


「お見事」 友達の乾いた拍手とともに感心した声が思わず零れ落ち、私の耳に拾われる。ニヤリと笑みを携えるも、痛みで悶絶する矢代も黙ってはいなかった。


「先輩~、愛の鞭にしても痛すぎです! でも、そんな先輩だからこそ、僕は就いて行くんですけどね!!」 痛みで歪む綺麗な顔。私はそれを一瞥し、思わず手が伸びる。そっと彼の両頬を自分の両手で包み込み、ジッと眺める。


 矢代の顔がほんのり桜色に染まる。


「ちょ、せ、先輩!? ぼ、僕、は、初めてで!!」 何を思ったのか、訳の分からないことを口にし始める矢代。しかし私は彼の言葉になど興味のかけら一つ無く、ただ思ったことを素直に口にした。


「アンタ……、泣いている顔も綺麗ね」「へ?!」 間抜けな声を上げる矢代を他所に、私はただひたすらにウンウンと頷き、彼の顔を眺める。


「……遥は本当、犬の顔が好きね」 友達の何とも言いようのない呟きが、耳に入るも私は気にすることなく自分が飽きるまで彼の顔を眺めるのであった。


 いや本当、歪んでてもイケメンって絵になるのよね……。凄いわ。



 私と矢代の関係は、先輩と後輩である。


 ……しかしそう簡単に片づけられるほど、世の中甘くないのである。元々、私が見つけ拾い育てたのもあり、演劇部の人間や友達からは矢代“犬”の『飼い主』と比喩される。そして、『犬』と比喩される矢代もまた、犬かカルガモのように私を見つけては後を付けたりする。そして私に言葉を発する仕草はまるで尻尾を振る犬かのように見えるのであった。確かに時折、彼が犬と思う時があるが、そのほとんどは駄犬である。先ほどのように「待て」も出来ずに問答無用で抱き着き、喜びを身体全体で表現する矢代。しかも殴っても諦めない根性精神、ある意味では恐れ入る。

 しかしそんな彼を心の底から完璧に嫌いに出来ないのは、やはり小綺麗な顔のせいであろうか?


「それが一番だろう」「ちょっと、人の心読まないでくれない?」 友達の言葉に思わずツッコミを入れる。すると私の隣で持参したお弁当を頬張る矢代が「なんでふか?」と口をモゴモゴさせながら声を上げる。私はすぐさま「何でもない。黙って喰え、行儀が悪い」と言い、矢代もすぐに慌て「す、すみません」と呑みこんでから謝罪を述べた。


「ていうか、相変わらず犬は遥の事、好きよね。今日で何回目?」 友達がオレンジジュースの紙パックを口にしながら何気なく呟く。すると、私の隣でモグモグ食べていた矢代が勢いよく立ち上がり「二十四回目です!」と元気よく答える。阿呆か、と私は素直に思った。


「すごい凄い、よく覚えてるね」 乾いた拍手を打ち、アハハと笑う。すると間を置くことなく矢代は声を上げる。


「そりゃあ、先輩の事ですから! あ、ちなみに先輩に初めて告白をしたのは~……」 何やらベラベラと喋り始める矢代。変なスイッチを入れてしまったのか、次々と要らない話を口に出し始める。私はすでに聞くことを放棄する中、友達は何故かニヨニヨと笑いながら私を眺めている。


 ……ヤバい、殺意が湧き出てくる。それも湧き水かのように。右手の拳が再び火を噴きそうになる中、突如として矢代が「あ!」という声を漏らした。そして、何故か私の右腕を引っ張り上げる。なんだ? と思って矢代の方へ振り向けば、矢代がにんまりと笑っていた。


「そうだ先輩、今日デートしましょう!」 周囲の各所で悲痛な声が上がる。だが私は気にせず笑顔で答えた。


「却下だ、阿呆」 やれやれ、と首を横に振れば何故か友達が「えー」と残念そうな声を上げた。睨みつければ意地悪く笑い「だって、面白そうじゃん」と完全に揶揄う対象を見る目であった。非恋愛者こいつは、他人の恋愛を見て崩壊までを見て楽しむ最低の人種である。しかもそれをオカズに飯が三杯もいけるのだから恐れ入る。友達の闇にも染まるどす黒い性根を叩きのめしたいと素直に思った。


「今日は部活だ、仕事しろ」 そう口零せば矢代から不満の声が「それ前も言い訳で使ってました! 先輩酷いです!!」と泣き出す。いや、泣き出すというよりかは泣きの演技をし始める。そして横から「遥―、サイテー」という心にもない友達の言葉が出る。私はすかさず友達を睨みつける。するとお道化たように肩を上げ、ホールドアップする。本当にムカつく奴だ。殴りたい。沸々と沸き上がる怒りの湧き水、けれどそれが噴火のように爆発する前に、矢代が泣き言を口にする。


「僕は出会ったあの時から先輩一筋なのに! 先輩は僕よりも部活を取るんですね!!」「じゃあ、アンタ。あの部長を前に堂々とサボれるわけ? 殺されるわよ、アンタと私」「そこは先輩が命懸けで僕を守って!」「無理よ」「無理だな」 矢代の阿呆な発言に即座に否定を口にする私と友達。ウンウンと互いに頷き合っていると、頭上から綺麗なアルト声が降ってきた。


「そうだね」 澄んだ声に思わず私たち三人が目を丸くし「「「ん?」」」と声を上げる。そして恐る恐る、声をした頭上を見上げれば、そこには先ほど話題に出ていた我が部の部長がニコニコと笑って立っていた。こめかみを痙攣させながら。演劇部に所属していない友達以外、サアッ……と顔に血の気が引く。


「随分と面白い話をしているね、君たち?」「げ、部長……。なんで此処に」 思わず矢代が苦い声を上げる。すると、部長は「お前を探しに来たんだよ、矢代」と答える。そして部長の手が伸び、矢代の頭を掴み上げる。矢代の悲鳴が上がった。


「ちょお!? いた、イタタタタタ!」 何やらギリギリ、という嫌な副音声が聞こえる中、部長は笑顔で痛みに悶える矢代を見つめる。ハッキリ言おう、悪魔だ。


「お前……、また演劇の小道具壊したろう? セットだけじゃ飽き足らず小道具まで…………」 部長の声がどんどんと震える。心情的には泣きたいのであろう。


「嫌あれは、僕だけの責任じゃ!?」「証拠隠滅を図ろうとした時点で、責任はお前だよ!!」 そう怒鳴り散らし、部長は鷲掴みする矢代の頭から手を放した。解放された矢代は、涙目で大きく「スミマセーン」と謝る。部長は大きく呆れ、片手で顔を覆った。


「全く、演技だけならピカイチなのに。ドジっ子か、お前は」 大きく肩を落とし、言い放てば、何を思ったのか目を丸くした矢代が自分を小突き「テヘ」と口にする。その姿に部長が瞬時に「気色悪い、二度とするな」と毒を吐き捨てた。ほのかに自信があったのか、しょぼくれる矢代、そんな矢代を尻目に、部長が重い息の後に口を開く。


「鈴鳴、この馬鹿(やし)()の後始末はお前がやれよ」「はあ?!」 思わず大きな声が出た。すると、当然のような顔つきの部長が、腰に手を当てて答えた。


「当たり前だろう? 君が拾って来た馬鹿犬なんだから」 そう言って部長はブレザーの胸元から一枚の紙っぺらを取り出す。そして、問答無用に私に押し付けると「今日は君たち、休んでいいよ」と口にし、教室を出てってしまう。私は再び素っ頓狂な声を上げ、部長を止めようとしたが、矢代の歓声により遮られる形となる。


「デートだ!」 嬉しそうに私に抱き着き、声を上げる矢代。その言葉に再び悲痛な叫び声が上がるのだが、当の本人たちである私たちは気にすることは無かった。



「じゃあ、楽しんでいってらっはーい」 帰る方向の違いにより、友達は別れることになった。手をヒラヒラと振る彼女に倣い、私も「はいはい」と口ずさみながら手を振り返す。そうして彼女が背を向けたのを確認し、私たち二人も動き出す。


「えへへー、先輩とデートだ!」 猫のようにゴロゴロという声が出そうな勢いで、私の腕に引っ付く。


「何言ってるの、コレはお遣いよ。お遣い、それもアンタの壊した小道具の代用品探し」

「でもでも、それでも二人なら立派なデートだよ! やった!!」


 嬉しそうに笑う矢代。私はそれに呆れながらも、心の底から幸せそうに笑う彼につられ笑みが零れた。一瞬、矢代の顔が変に固まったが、私は気にすることなく歩き出す。すると、置いて行かれるのを恐れて矢代が「ま、待ってください!」と声を上げた。

 とりあえず商店街に向かい、手短にあるアンティークショップや雑貨屋、そして手芸屋を見て回る話となる。

 私は部長に手渡された紙を見つめ、息を吐く。


「なんか手酷く、こき使われている気がする」 ボソリと呟く私。すると、隣で物色していた矢代が「なんでですか?」と疑問を口にする。なので問答無用で紙を見せつけた。


「なになに…………、二重ネックレス、パイプ、ステッキ、帽子……」 読み上げていく矢代も嫌そうに顔を歪める。


「何となく、次の演目が分かります」「そうね、パイプとステッキで想像は簡単よ」「……ていうか、この中に僕の壊した小道具一つも無いんですけど?」「だから言ってるのよ」 部長のしたり顔が脳裏をかすめ、私は舌を打つ。……あの野郎、いつか下克上でギャフンッと言わせて見せる。その時私はふと、ある事に気が付いた。後ろにもお遣いのメモが書かれてある事に。マジか……、と絶望に落ちながら後ろを返す。私の行動を不思議に思い、覗き込むようにして矢代も見やる。


『ココア、クリアファイル、葉書、櫛、シロップ、ローズマリー』


 ちょっと待て、これ完全に私用じゃないか!? 本当に小間使いの域だぞ!! 今日こそ文句の一つでも言ってやる。返り討ちにあうだろうけど、言ってやる! そう一人で逝き巻いていると、何故か隣が静かだ。見れば何故か紙を凝視して固まる矢代の姿が。……そうか、お前もか。お前も同じ気持ちか。


 とりあえず、互いに買うものが分かったので、それぞれで手分けして探すことに。しかし、なかなかで思った通りの品は置いてなかったりした。そもそも第一として、パイプを売っている店など少ないであろう。アンティークショップの店員も「パイプ」と口にしただけで苦い顔をしたほどだ。ステッキは有ったので、パイプの方は粘土で代用することになった。なので、資料のために本屋と文具店が追加となった。そうして、着々とお遣いを済ませる中、私たちの荷物はどんどんと増えて行った。

 ――気づけば、荷物を両手にぶら下げて私たちはベンチに座り込んでいた。お互いに疲労の色しかなく、疲れ切っていた。


「ヤバい、しんどい」「先輩、取っ手が食い込んで手が痛いです」「私だって痛いわ」 お互いに愚痴を零し、項垂れる。そして空を見上げ黄昏る。空に「カーカー」と無く鴉の姿が……。私は夕日を追いかけるように去る鴉を見つめ、クスリッと笑った。


「先輩?」 隣で不思議そうに首を傾げる矢代の姿が映る。私は、彼の方を向き、思い出し笑いをした。


「いや、そういえば……こんな夕日と鴉の鳴き声の時に、アンタと出会ったんだっけなぁ……と思ってね」


「そう……、でしたね」 矢代が悲し気に微笑む。それを目に入れ、私は再び空を見る。


「アンタはずぶ濡れでタイルに座り込んで、揶揄われてた」 何気なく当時の記憶を思い出し、そう声に出す。隣は酷く静かになる。でも、私は止めなかった。


「貞子みたいな前髪で、ダサい瓶底眼鏡。あんなの漫画だけかと思った」 クスクスと笑う。……やはり隣は静か。私は笑みを携え、隣を見やる。


「でも、それがなんだか無性に気になったのを覚えてる」 隣で俯いていた彼が顔を上げた。呆ける彼を小馬鹿に笑い、私は空を見上げた。ああ、赤いな。


「同級生に馬鹿にされて、イジメられているやつの顔が何故か無性に気になってね~……。気づいたら、そいつら全員蛸殴りしてそのダサい眼鏡の顔の面を見たの」 肩を震わせ、笑う。やっぱり、あの出会いは一番面白かった。


「そしたら、……それがアンタだった」 ニッコリと笑い、疲れた首を労り、矢代を見つめた。矢代は震える中、口を開く。


「僕……僕、あの時から先輩が! 貴女が好きなんです!!」


 意を決したような叫び、見れば何時もは笑顔で言う彼が真っ赤な顔を携えて泣きそうな顔でいた。呆気に取られる中、矢代は一人「うーうー」と意味不明な言葉を口にしながら、真っ赤な顔で言いだした。


「僕はあの時、あの場所で僕を救ってくれた貴女に惚れたんです! 好きなんです!! だから、近づきたい一心で演劇部にも入ったし、見た目も変えました!!!」 そう言って私に詰め寄る矢代。私は突然の事に目を白黒とさせる。彼の熱が移ったのか、何故か私の顔も火が出るほど熱くなる。


 ……お、可笑しい、こんな展開になるはずでは!?


「思い切って告白だってしたのに、貴女は冗談だと思って気にしない! 酷いです!! 僕は、本当に心の底から貴女の事を、鈴鳴遥の事を愛しているのにッッ!!!」


 あ、愛……してる? 私の顔が火照る。熱がヤバい、耳もきっと赤い。なんかもう、全てが熱い。


「あ、ああああい、あいし!?」 もはや訳が分からなくなり、自分の頭が阿呆になった。しかし、目の前の矢代の顔がふざける訳でもなく、真っ直ぐに私を見つめ、赤面しつつも真剣な顔をしている事で、私は徐々に冷静になる。しかし、同時に何と返すべきか私は固まった。目を泳がせ、必死に考えを巡らせる。気づくと、私の目線は地面を向いていた。


「……やっぱり、迷惑ですか? 駄目ですか!?」


 僕じゃ…………、と口を窄めて言いよどむ矢代。私はそれを聞いて、顔を上げる。今にも泣きそうな矢代の顔があって、私は気づく。

 ――違う、と瞬時に思った。泣かせたいと思ったわけじゃ無い。諦めさせたい訳じゃないんだ、と私は自分の気持ちに気づかされる。胸が熱くドキドキと高鳴る、不快感なんて無く、むしろ嬉しさの気持ちでいっぱいであった。それが自分の答えなんだ。

 思い返すと自分は気づいていたはずだったのだ。それを見ない振りをしていた。気のせいだと気持ちに蓋をしていた。

 ……矢代が女子に囲まれる姿に少しだけ胸を痛めた、彼と目が合った時に顔が綺麗だけの気持ちだけじゃなかったはずだ。嬉しかった。彼と目が合って、胸が高鳴った。それを私は逃げて逸らしたのだ。そうだ、そうなのだ。きっと私は、……いいや、違う。私“も”、なんだ。私もあの時に、恋をしたのだ。彼に。それを顔だけだと思い、目をそらしただけなんだ。阿呆は、どっちだ。私じゃないか。


「……駄目じゃない、駄目じゃないよ」


 頬に熱いものが流れ落ちた。馬鹿みたいだ、阿呆だ。私は年上なのに、一個下の後輩に気づかされるなんて。先輩なのに……、あはは、でも。


「嬉しい、嬉しいの」


 矢代の手を取り、強く握りしめる。すると、矢代が「はへ!?」と素っ頓狂な声を上げる。それが面白くて、笑ってしまう。あはは、と笑うと、気づけば矢代も笑いだす。そうして互いの額を擦り付け、私たちは夕日を浴びながら笑い合った。

 お互い、夕日と同じように真っ赤になりながら。





~おまけ~


鈴鳴:「そういえば……なんで急に告白なんて始めたのよ」

矢代:「あ、あああれは! そ、その……、部長のメモに…………」

鈴鳴:「メモ?」

矢代:「後ろに書いてある、それが…………」

鈴鳴:「へ?」

矢代:「それぞれ頭文字だけ取って読むんです」


ペラッ


『こ、く、は、く、し、ろ』


鈴鳴:「……彼奴!!?」(今頃絶対、ほくそ笑んでるな!?)

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