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月詠の謡  作者: 葉月
6/6

第6章 Red Moon

長らくお待たせして大変申し訳ございませんでした。

やっとこさ6章書き上がりました。


ちょっと今回は切なめなお話で、構想の頃からずっと書きたかった回でもあります。


一部性模写(とてもぬるい)があります。ご注意下さい。

第6章 Red Moon


「お前…、明らかにそれ怪しいだろうが…。」

「名乗ってないのに、サラちゃんの名前言い当てるなんて、不審者以外の何でもないと思うけど…。サラちゃん、そのまま見逃しちゃったの?」

キリエさんと会った日の晩、私はその時の翼君と葵に話した。二人は驚いたようにそう言うと、怪訝そうに顔を顰めた。

「お前…この話、他に誰にした?」

「それが、まだ話してないんだ。今日は葉さん訓練室に来なかったし。」

学校から帰宅して訓練室に向かうと、そこにはいつも出迎えてくれる葉さんではなく、研究所のスタッフが待っていた。だからキリエさんとの一件は相談する事が出来なかったのだ。

「報告した方がいいだろうな。相手は亡者の事にも触れてたんだし。」

「そうだよね、もしかしたら亡者側にサラちゃんの情報が漏れてる可能性もあるよね。」

「善は急げだ。行くぞ。」

翼君にそう促され、私は二人と共に支部長室へと向かった。


「成る程、実に興味深い話だね。」

「笑い話ではないぞ、神崎。」

支部長である神崎さんに昼間の事を告げると、神崎さんは目を輝かせて微笑んだ。神居さんにそれを窘められたが、それでも尚、彼の口角は上がったままだ。

「さて、君達はどう考える?」

「え…どう考えるって…」

「君に接触してきたその女性が、亡者なのか…、人なのか…。何故サラ君に接触し、そんな事を告げてきたのか…。」

まるで私達を試すかのような口振りに、私は思わず眉を顰めた。ただ、あれが何だったのか考えると、あってはならない事が起きてるのではないかと思ってしまう。それを口にするのが怖くて、私はキュッと口を噤んだ。

「…ふっ…まぁいい。恐らく、皆が思っているだろうけれど、その女性が亡者となんらかの関係を持っていて、産まれながらのグリゴールである君に興味を持った可能性は充分高いだろう。」

「そうだな。サラ君、充分用心するんだよ。翼、サラ君をけして一人にならないよ。」

私の回答を待たずに神崎さんがそう言うと、神居さんもそれに同意し、翼君に私を守るように命じた。そう…、同じグリゴールである私を…。

結局、この組織では私はまだ保護対象なのだ。どんなに訓練を積んでも、まだ他のみんなには遠く及ばない。何より、実戦経験すらないのだ。こうなってしまうのは致し方無いのだろう…。

「いや、待ちなさい。」

すると突然、神崎さんが静止の声をあげた。みんなが神崎さんに注目する中、相変わらずの笑みを浮かべた彼の口から驚くべき言葉が放たれた。

「いつまでも彼女を特別扱いする訳にもいかないだろう。良い機会だ。そろそろ正式にグリゴールとしての任務に就いてもらおう。翼をいつまでもサラ君の護衛にばかり就けていられないしね。」

この人は、人の心が読めるのだろうか…。私が心の中で感じていた事をこんなにタイミング良く言い放つなんて…。

「何を言ってるんだ、神崎。彼女はまだ戦闘訓練を始めたばかりだ。いくらなんでも早すぎる。」

「そうです!俺達だって覚醒してから一年は実戦に参加してなかったのに。」

神崎さんの決定に、皆口々に反対の声をあげた。確かに…ずっと守られていることには酷く抵抗がある…。けれど、本当に実戦で私が役に立つかは別の話だ。みんなの言う事は至極真っ当だ。でも私は…それじゃあ変われない…。私は…。

「葉からは訓練の結果は非常に良いと聞いているよ。確かに通例とは異なるが、彼女の存在自体異例そのものだ。問題は無いだろう。」

「しかし—」

「神居。忘れては困るよ。この日本支部のトップは私だ。異論は許さん。…サラ君、やってくれるね。」

有無を言わさないその一言に、皆は押し黙ってしまった。私は素直に「はい」と返事をし、彼の意に従った。

「よろしい。任務内容は追って沙汰する。…期待しているよ、サラ君。」


「サラちゃん、大丈夫?」

「う…うん。ほらまぁ、いつかはこういう日が来るとは覚悟してたからさ。」

神崎さんの執務室から住居フロアに戻る私達は少しピリピリとした空気を纏っていた。正確には何故か一番怒っている翼君が纏わせている空気だけど…。

当事者である私は、不思議なことにこの事態を冷静に受け止められていた。多少の不安はあるが、それよりも別の感情の方が私の心を広く占めていた。

「お前、不安じゃないのか?力が安定してきたとはいえ、覚醒してから三月も経ってないんだぞ。」

「そりぁ、不安はあるよ。…でも、二人もこの道を通ってきたんでしょ?なら、私も乗り越えなきゃ。それにね、正直に言うと…いつまでも守られる存在ってのも少し嫌だったの。だからね、やっと二人と同じ場所に立てるのが嬉しいんだ。」

そう素直に答えると、二人はやっと安心したように表情を綻ばせた。しかし、キリエさんとの一件に関してはやはり心の奥に引っかかった。

『君達はどう考える?』

神崎さんの問いがぐるぐると脳裏を巡って離れない。あの時、私は有り得ない事を想像してしまった。初めて彼と会って、生れながらのグリゴールであると言われたあの時に感じた…あの考えを…。

「…亡者…か…。」



「…言い出したらお前は昔から聞かないからな。異論は言わんが、少し事を急に進めすぎじゃないか、神崎。」

サラ君達が立ち去った後、神居は未だ納得のいかない顔で私にそう告げた。

「そんな事はないさ。お前達は彼女の事になると少し慎重になりすぎる。彼女だって立派なグリゴールだ。この組織にいる以上、戦いは避けられない。」

確かに、他のグリゴールと比べてしまったらそう思わざるを得ないかもしれない。しかし、彼女は特別だ。今までの通例は通用しない。

「…はぁ…。俺は自分の執務室に戻るよ。政府からの討伐要請をまとめてくる…。彼女の初任務だ。出来る限りこなし易い方が良いだろう…。」

神居は最後まで納得はしなかったようだが、私の決意が梃子でも動かないと判断したのだろう。自分が自分がやれる最大限の仕事をしに執務室へと戻っていった。

「…早過ぎる事はないさ…。…むしろ良いタイミングだ…。」

そう…。機は既に熟した…。永きに渡り待ち望んだ日も近い…。

「さて…。これから忙しくなりそうだ。」



零と二人で就いた任務で、俺達は二手に別れてそれぞれ亡者と戦っていた。俺は粗方目につく亡者を倒しきると零の様子を見に急いで戻った。

最近、零の様子がおかしいのだ。本人は今まで通りのつもりなんだろうが、俺には分かる。明らかに無理しているようだ。

「おーい、零。こっちは片付いたぞ。」

「…遅い。こっちはとっくに終わってる。」

俺が戻った頃には零も戦闘を終えていて、その身は真っ赤に染まっていた。

「お前!こんな血塗れで…怪我してんのか?」

「してないわよ。全部返り血。」

一体どんな戦い方をしたらそうなるんだ…。どうせヤケになりながら戦ったに決まっている。胸に仕舞いきれない…行き場のない思いをぶつけながら…。

「亡者の気配はもう無い…。さっさと撤退するわよ。」

零はそう言うと、愛銃のKP85を背中のホルスターに仕舞い、颯爽と出口へと歩き出してしまった。

零の奴…、俺の目も見やしねぇ…。あいつの悪い癖だ。どんな時でも、全部自分の中に抱え込む。誰にも見せようとしない…。あの日から…ずっと…。ずっと傍にいた…俺にさえ…。

「…零…。俺は…お前が…—」

その時だった。突然、咆哮が辺りに響くと、亡者の死体が宙を舞い、何かが零目掛けて突進していった。亡者の残党だ。零は驚いたように目を見張ると、慌ててホルスターから銃を引き抜いて突進してくる亡者に撃ち放った。

「早いっ…。」

しかし、亡者は体を逸らして弾丸を避け、零に向かって突進していった。亡者は何度零が銃を撃っても、紙一重の所で全て躱していく。まずい…。恐らく奴は弾道を予測出来ている。そうだとすると、奴は零には不利だ。

「零!」

俺は地面を強く蹴り上げ、零へ向かって走り出した。この距離なら間に合う。俺は既の所で亡者よりも先に零の元に辿り着くと、零を背中に隠して、襲いかかる亡者の攻撃を左腕で受け止めた。

「ジェイドッ!」

「くっ…、このっ!」

突然の俺の介入に怯んだのか、亡者に一瞬の隙が出来た。俺はその隙を逃さず、右手に構えていたバタフライナイフで亡者の喉笛を即座に切り裂くいた。血潮を噴きながら地に倒れた亡者の肉体が崩れ、塵となって消えたのを確認すると、俺は背中に隠していた零を思い切り抱き締めた。

「焦ったぁ…。大丈夫か?怪我…してないか?」

「…してない…。…それより…あんた…。」

「ん?ああ、これか?大丈夫だ。そこまで深くないからすぐ治るだろう。」

珍しく放心状態になっている零を安心させるように笑うと、少し青ざめている頰を撫でた。

「それにしても、珍しいな。お前が気配を読み間違えるなんて。」

自分自身もその事実に驚いているのか、零は無言でただ俯くだけだった。恐らく、ここ最近の情緒不安定が影響しているのだろう。

「…近頃任務も多かったからな。きっと疲れが出たんだよ。帰ろう、零…。」

再びそっと零を抱き寄せ、優しくそう囁いた。

きっと俺だけだ。誰よりも強く、そして誰よりも弱いこの人を守れるのは…。たとえ…その心が俺を見ていなかったとしても…。



その日の晩、俺はベランダで夜風に当たりながら煙草の煙を溜息と共に吐き出した。負傷した腕は医療班の手厚い治療によって痛みは殆どないが、心の奥はちくりとした痛みが残ってしまった。今まで誰が任務で命を落としても、負傷しても、顔色一つ変えなかった零が酷く傷付いた顔をしていたからだ。俺だけ特別なのかと思っていいのか…。…いや…違うな…。きっと普段の零なら、俺が負傷したとしても顔に出さない筈だ。

「…いてぇな…。」

突然、部屋の中からカタンと物音が響いた。ふと夜空を見上げると、暗闇の中、煌々と月が輝いていた。まるで血のような…紅い月が…。

「そうか…。今夜は…紅い月なのか…。」


「…零…、来てるのか?」

部屋の中に戻ると、零は俺のベッドの上に突っ伏していた。そっと零の髪を撫でると、憂いを帯びた瞳が俺をじっと見つめた。

「…ジェイド…。」

「…解ってる…。言わなくていい…。解ってるから…。」

か細い声で俺の名を呼ぶ零に俺はただそれだけ言うと、片手で零の瞳を覆い、その唇に口付けた。


昔から零は紅い月の夜はいつも俺の元にやってくる。普段の零では考えられない程に弱々しい姿で…。あまりに儚いその様は、俺が抱き締めてやらなければ壊れてしまいそうな程だ。強く気高い彼女をそこまで追い詰める紅い月は、零にとっては辛い記憶を蘇らせる存在だ。零の心が壊れたあの日…紅い月が夜空を照らしていた…。そのせいか、紅い月の輝く夜は恐怖で眠れないそうだ。それを知った日から、俺は紅い月の夜は必ず傍にいるようにした。最初はただ抱き合って眠るだけだったが、思春期を過ぎた頃から俺達の体の関係が始まった。俺は惚れた相手との情事に心躍らせたが、零と心を通わせたわけではない。気持ちが通じていない関係は、何度体を重ねても…ただ虚しいだけだ。

今夜も泣きながら俺の背中に縋り付く零を俺は出来る限り優しく抱き、傷付いた彼女を慰めるように全身全霊で愛した。

「…―――…。」

ふと喘ぎ混じりに呟かれた名前に、俺は思わず動きを止めた。俺ではない…別の男の名前だ…。今までこんな事なんてなかった…。恐らく、零は無意識だ…。だからこそ…それはあまりにも残酷だった。

「…何も言うな…。言わないでくれっ…。」

俺は零の口を塞ぐようにキスをすると、そのまま貪るように零を抱いた。唯々…無我夢中で…、抑えきれない嫉妬心をぶつけるように…。



情事を終え、ベッドサイドのチェストに置いておいたペットボトルの水に口付けた。

「…飲むか?」

「…いらない…。…傷…痛む…?」

そっと左腕に巻かれた包帯を零に触れられ、その部分が仄かに熱を帯びた。

「大丈夫だって言ったろ。ほら、明日はお互い任務も無いんだ。ゆっくり寝ようぜ。」

俺はその熱を誤魔化すように零を腕の中に閉じ込めると、そのままシーツに潜り込んだ。少し無理をさせ過ぎたのか、そのまま暫く零の頭を撫でていると、すぐに零の寝息が首筋にかかった。

…あぁ…、愛しい…。あの日出逢った時から…初めて名を呼ばれた時から…ずっとずっと好きだった。何年経っても、伸ばした手が届かないと分かっていても…この想いは変わらない。

「…愛してる…。」

俺は届く事のない告白を囁くと、零の心地よい温もりを感じながら眠りについた。



―ピンポーン—

翌日、誰かの訪問を告げるチャイムの音で俺は目を覚ました。眠気眼で壁に掛けられた時計に視線を送ると、既に十時を回っていた。休みな事を良いことに少し寝すぎてしまったようだ。腕の中では珍しくまだ零が静かな寝息をたてて眠っていて、普段得る事のない多幸感に俺は思わず口元を緩ませた。もう少しだけこの幸せを堪能していたかったが、催促するように再び鳴ったチャイムに俺は溜息を吐くと、零を起こさないようにベッドを出ると、来客者の待つ玄関へと向かった。


「はいはい、どちらさん?」

「きゃっ!」

ドアを開いた瞬間に聞こえたのは、女の子の悲鳴だった。ドアの先には真っ赤な顔のサラちゃんと、呆れ顔の翼の姿があった。そういえば、上半身が裸のままだ。

「なんつー格好してんだ…。」

「あー、悪いな。俺、寝る時は上は裸の主義なんだよ。それで?朝早くから2人してどうした?」

「…お世辞にも早いとは言い難いぞ…。ちょっとな、あんたに頼みがあるんだ。」

翼が俺に頼みとは珍しい。よし、兄貴分の俺が一肌脱いでやろう。そう思った矢先の事だった。

「え?」

突然か細く白い腕が背後から伸び、俺の腹に抱きついたのだ。…零だ。

「…ジェイド、…寒い…。」

まだ微睡み気味なその声は、零が完全に寝惚けているのを物語っていた。こいつ、朝は本当に弱いからな…。俺としてはかなり美味しいシチュエーションだが、俺の目の前で目を見開いて固まる二人に、俺は冷や汗が流れた。

「れ、零…。すぐ戻るからさ、だから離し—」

零を部屋の中へ連れ戻そうと、腹に回された細腕を掴んで向かい合った瞬間、俺は思わず絶句した。零の姿は俺のシャツ一枚を羽織っただけで、なんともあられもない姿だった。翼とサラちゃんに俺達がそういう関係だという事に気付かれるには十分過ぎる姿だ。

「…ん?」

あきらかに態度の可笑しい俺に少し怪訝そうに眉を顰めると、零は眠たげな瞳のまま俺の背後に視線を向けた。そして瞬時に覚醒し、いつもの鋭い眼光を俺に向けた。

「はは…。えっと…おはよ—いでっ!」

この状況を誤魔化すように取り作ろうとしたが、零の綺麗な蹴りを脇腹に受け、俺は勢い良くその場に蹴り倒された。

「なにするんだ…よ…」

直ぐさま講義の声をあげたが、完全に目が据わっている零に睨まれ、俺は思わず尻込みしてしまった。零はそのまま何も言わずに踵を返すと、部屋の中へと戻り、勢い良くそのドアを閉めた。俺は暫く呆然とその光景を見つめていたが、ガチャンと鍵を閉める音にさぁっと血の気が引いた。

「え、待って…零…。お前っ…なんで鍵掛けるんだよ!そこ俺の部屋なんだけど!なぁ、悪かったって。ここ開けろよ。」

ドアをノックしながら部屋の中に籠城してしまった零に訴えかけたが、返事代わりに返ってきたのはガンッという中からドアを蹴った音だけだった。完全にヘソを曲げてしまったようだ。

「…参ったな…。」

自分の部屋の前で呆然と立ち竦んでいると、背後からの咳払いに俺はもう一つの問題が残っている事を思い出した。

「えっと…悪りぃ、なんだっけ…。」

「そもそもまだ本題すら話してねぇよ…。」

サラちゃんと翼が居たのをすっかり忘れていた。一部始終を見てしまったサラちゃんは固まってるし、翼は酷く不機嫌そうだ。

「とりあえず、その格好のまま此処にいるわけにもいかねぇだろ。場所を変えるぞ。話はそこでする。」

確かに、翼の言う通り上半身裸のままふらふらしているのも良くない。俺はその意見に賛同し、ひとまず翼の部屋に避難する事にした。


「ジェイド、そこの箪笥にある好きな服着ていいから着替えてこい。」

部屋に着いて早々に俺は翼の寝室に押し込まれ、そう命じられた。言われた通りに箪笥を漁ってみたが、どれも細身のシャツばかりだった。翼はどちらかというと華奢だし、俺はガタイが良い方だ。身長だって20㎝は違うだろう。出来る限りサイズが大きめのシャツを選んだが、前のボタンは留められそうにない。

「…まぁ…。裸よりはいいか…。」

翼に色々言われそうな気がするが、留められないものは仕方ない。俺は前ボタンを留める事を諦め、リビングで待つ翼達の元へと戻る事にした。


「お前な…。それじゃあ意味ねぇだろうが!ボタンはどうした!ボタンは!」

案の定、リビングに戻った俺の姿を見て、翼は開口一番にそう怒鳴った。

「…お前のサイズだと俺小さくてボタン出来ねぇんだよ。筋肉量と体格の差を考えろ。」

「ちっ!だいたいお前があんなフシダラな格好で出てくるからだ!」

確かに、ちょいとばかし翼達のような多感なお年頃の子達には刺激が強かったかもな。俺が悪かったと改めて謝罪をしたら、翼は深い溜息を吐くと、「珈琲淹れてくる」とダイニングキッチンの方へ行ってしまった。

「サラちゃんもごめんな。ビックリさせただろ。」

「あ…いえ。私達も急に伺ってしまったので…。でも、確かにビックリしました。仲は良いとは思ってましたが、お二人が付き合ってたなんて…。私、てっきりジェイドさんの片思いだと-。あ…、すみません。」

「いや、謝る必要ねぇよ。…残念ながら実際そうだからな…」

本当の事を言われて若干胸に痛みを感じだが、俺が素直にそう答えると、サラちゃんは少し驚いてから返事に困ったように視線を泳がせた。まぁ、そりゃそうだな…。付き合ってもいないのに体の関係はあるだなんて、みんな反応に困るだろうさ。

「あんたら…あれで付き合ってないのかよ。俺はてっきりもうそうなって長いのかと思ってた。」

沈黙してしまったサラちゃんに変わり、三人分のカップをトレーに乗せて戻ってきた翼が呆れ顔で俺に悪態を吐いた。一体俺達はどう見られてたんだ…。

「あんた達、お互いがお互いの事一番理解してますって感じに見えるからさ。まぁ、零はツンケンしてるけどな…。」

「そうだな…。俺自体は翼の言う通りかもしれない。零の事は誰よりも知ってるし、誰よりも理解してやれると自負してる。…でも、所詮は一方通行なんだ…。零にとって俺はそんな相手じゃないよ。」

零にとっての俺は…例えて言うならば…

「あいつにとって…俺はクマのぬいぐるみさ…。」

零が辛い時…泣きたい時に唯一甘えられる存在…。それが今の俺だ…。例え心が痛んでも、虚しくても構わない。もうあんな姿を見るほうが俺は辛い…。零の心が救われるのなら…俺はなんだってする…。

だからいいんだ…。零を守れるのなら…今はまだ…あいつのクマのぬいぐるみでいい…。

せめて…―


ジェイドを部屋から追い出して、私は再びベットへと倒れ込んだ。風に舞ってあいつの香りが私を包み込み、私は思わずシーツをぎゅっと握りしめた。子供の頃とは違い、タバコと香水が混ざり合った香りだ。でも、不思議と今の私には安心する香りだった…。なんて無様だ…。こんなにも弱くなるなんて…。紅い月は強い私を食らう…。何も知らない…愚かだった頃の私に戻してしまう…。

「―――…。」

思わず口走ってしまった名に自己嫌悪し、私の心はガラスのようにひび割れていく。強くならなければ…。いつまでもジェイドの腕の中で甘えていてはいけない…。けれど…あの男の腕に…香りに…今だけは抱かれていたい…。

せめて…―


せめて…紅い月の夜だけでも…


続く








ご拝読頂きありがとうございます。


今回はジェイドさんと零の関係のクローズアップでした。

悲しいけれど、これも愛なのです。

脈があるようで無いし、無いようである微妙な関係大好きです。


ちなみに、今回のタイトルはkalafinaのRed Moonから。葉月的ジェイドさんのイメージソングでもあります。

実はジェイドさんはかなりの推しキャラなのでこれからも色々いじm…出てきますのでお楽しみに。


ちょっと別で二つ連載している作品がある関係でかなり亀さんペースですが、次回も読んで頂けると幸いです。

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