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月詠の謡  作者: 葉月
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第1章 亡者の慟哭

初投稿となります。

亡者と人間によるバトル話ではありますが、人間関係とか心理描写が複雑になりそうで、ヒューマンドラマ的な要素も強いお話になるかもしれません。

最初の方の数話はあんまり戦闘シーンや特殊能力とか出てきません。

なかなか長いお話になると思いますが、楽しんで読んで頂ければ幸いです。

人は古より、その命を終えた後に再び蘇る事があった。かの者は「亡者」と呼ばれ、人を襲ってはその血肉を貪り、世界は恐怖に包まれた。そんな「亡者」と「生者」はお互いを受け入れる事なく、関係は徐々に悪化…遂には争いに発展したのだった。火蓋を切った長い長い争いは双方に大きな打撃を与え、多くの犠牲者を出した。

争いが始まってから悠久の時が経ち、漸く争いは無干渉条約を結ぶ事によって終止符が打たれ、数百年の安寧が築かれた。しかし、二十年前、その安寧は突如終わりを迎えた。亡者達が条約を破棄し、生者達にその牙を向けたのだ。


そして再び、生者と亡者による争いが繰り広げられるのだった。


第一章 亡者の慟哭


死人がまた再び息を吹き返し、亡者と化す。それは生まれてから十七年間、当たり前の事だった。けれど、亡者の脅威が身近に迫ってくるなんて思ってもみなかった。そう思ったのは自分だけではないようだ。

「ねぇ、ニュース見た?また人が襲われたって。」

「見た見た。今度は子供だってね…。ほら、最近もこの近くでの事件多いじゃない?なんか人ごとじゃないよね…」

教室のみんなは、朝から今朝発表されたニュースの話題で持ちきりだった。皆の関心の的となっているその事件は、行方不明になっていた十歳の男の子が亡者に食い荒らされた無惨な姿で発見されたという内容だった。

確かに、明日は我が身かもしれない…。そんな恐怖心は友達同様、私にも存在していた。けれど、私にはそんな恐怖心が薄れるくらいもっと気掛かりなことがあった。友達の怯える声に耳を傾けつつ、私は手にしていた携帯電話の画面を一瞥した。画面には幼馴染の綾とのチャットが表示されている。しかし、私が送ったメッセージがここ数日、「既読」にならないままなのだ。学校もずっと休んでおり、綾が今どこにいるのか、無事なのかも分からない状態だ。

「サラ?話聞いてる?」

「え?…あ…ごめん。何?」

突然友達に肩を叩かれ、私はハッと顔を上げた。どうやら、綾のことばかり考えていたせいか、話を途中から聞いていなかったようだ。慌てて返事をしたけれど、友達の表情は辛そうに眉を潜めていた。

「ねぇ、サラ。また…綾のこと考えてたの?」

「うん…。まだ返事なくて心配で…。」

「気持ちは解るよ。私達だって綾の事は心配だもん。でも、ここまで音信不通だと…もしかしたら亡者に…―」

「やめて!…大丈夫だよ…。ちゃんと返事くれるはず…。ほら、体調悪くて返事出来ないだけかもしれないし…。」

友達が口から漏らした最悪のシナリオは、自分の心の中でもジリジリと燻っていて、私はそれを否定するよう痛々しい言葉を返すしか出来なかった。きっと…きっと大丈夫…。そう信じてる。だからこそ、ただ一言…無事を確認出来る返事が欲しい…。私は綾の無事を祈るように携帯の画面を見つめたけれど、その願いも虚しく彼女からの応答はないままだった。

「席につけー。HR始めるぞー。」

担任が気怠げに教室へ入ってきて、私は深い溜息を吐きながら携帯電話を制服のポケットへしまい込んだ。

「お前らもニュースで知ってると思うが、最近この辺でも亡者絡みの事件が多発している。昨日、都の教育委員会からの指示で暫く授業は午前のみにする事になった。」

いつも通りの気だるいHRが始まると思いきや、突然の担任の言葉に教室がざわつき始めた。ここ最近頻発する事件で漸く学校側が重い腰を上げたらしい。

「今日も授業が終わったら寄り道せず速やかに下校するように。帰り道も極力1人になるなよ。いいな。」

嫌な予感がする。私が感じたのはただそれだけだった。担任は特に生徒の中に被害者が出たなど言ってはいない。けれど、心の奥底から迫ってくる恐ろしい予感が私が辛うじて持っていた僅かな希望に襲いかかってくる。そのせいか、脳裏に今朝のニュース映像やネットの記事が浮かび、それが離れなかった。

「…どうしよう…。綾を…綾を探さなきゃ…。」

外は危険だらけだ。担任の言う通り、安全な自宅で身を守るのが当たり前なんだろう。けれど、「危険を冒してでも綾のいる場所に行かなければならない」と…何かが私に…いや…私の本能が私にそう語りかけたような気がしたのだった。


午前の授業が終わり下校時刻となると、私は一目散に学校を飛び出した。 向かったのは綾の住んでいる町だ。子供も多く賑やかな住宅街の筈なのに辺りは不自然なまでに静まり返っていて、子供ならず猫一匹すら見当たらない。

「やだな…。気味が悪い…。」

あまりにも不気味な静寂を纏った空間に、私は言い知れぬ恐怖を覚えた。不思議な感覚だ。頭の中で綾の元に急がねばならないという予感と、ここに居てはいけないという予感が錯綜している。思考がまとまらない事に困惑していると、突然冷たい風が足元をすり抜け、私は身体中に絡まった嫌な気配に思わずその場に立ちつくした。

「お、柔らかそうな女の子発見。」

突然背後から声をかけられ、背中に冷や汗が流れたのを感じた。見知らぬ人に声をかけられるなんて、普段ならなんとも思わないだろう。けれど、今のこの現状から考えるとそれはあまりにも異常な事だ。あぁ…なんて事だろう…。綾の事ばかりに気を取られすぎていた。どうしてもっと早く気付けなかったのだろう。異様なまでに静まり返った住宅街…。それは政府か亡者か…何らかの力ががここ一体を掌握しているからではないのかと…。私は自分の浅はかさがに汗の滲む拳を握り締めた。

「警戒心ないねぇ、君。こんな時にふらふらと外をほっつき歩いてるなんてさ。」

男が愉快そうに私にそう話しかけてきて、私は心底その通りだと思った。とにかく、この場から立ち去らなければ…。私は意を決してずっと噤んでいた口を開いた。

「…ご…ご忠告…ありがとうございます…。…私、急いでるので!」

私がなんとか絞り出した声は少し上ずっていた。とても怖い…。だけど、ここにはいたくない…。脳内を侵食していく恐怖に私は震える体を鼓舞し、この場を走り去る為、地面を強く蹴った。しかしー

「おっと…、せっかく見つけたんだ。逃すわけないだろ?」

そんな…ありえない…。私はあまりの衝撃に目を見開いた。確かに男は私の後ろにいた。しかも、声の遠さから3mは離れていた筈だ。それなのに、男は私の目の前に立ちはだかっていた。この男は…危険だ…。頭の中に、そう警鐘が鳴り響く…。けれど、私の足はとうに竦み…ただ震えることしかできなかった。

「なぁ、知ってるか?若い女の肉って柔らかくて美味いんだぜ…。せっかく旨そうな娘見つけたんだ。こんな御馳走、喰らわない訳ねぇじゃねぇか。」

そう言って男は動けぬ私に向かって手を翳した。その手のひらは腐敗し、鼻につく死臭が私の嗅覚を狂わせていった。ああ…もう逃げられない…。そう確信した瞬間、私の世界は闇に落ちた…。



『こちら、神居。零、ジェイド、もう現場に着いているのか?状況の報告を。』

ノイズ音と共に無線から流れる上司の声が煩わしくて、私は小さく舌を打った。私達が居る朽ち果てたビルでは、銃声とおどろおどろしい奇声だけが響いていた。『戦場』と言っても過言ではない状態となったそのビルは、都心から少し離れた住宅街の外れにひっそりと建っている。それなりに大きいビルで、嘗ての繁栄が垣間見える程だ。だが、今となっては「奴等」の都合の良い棲家だ。隠れる場所も多く、住宅街のすぐ側だから食事にも困らない。奴等にとってはここは楽園だろう。

そう…。奴等の…「亡者(グール)」共にとっては…。


『零、ジェイド。応答しろ。大丈夫なのか?』

「うるさい。そんなにしつこく呼ばなくても聞こえてる。」

最後の一匹の脳天を撃ち抜き、私は固く閉ざしていた唇を漸く開いてそう答えた。その回答に、相変わらずの憎まれ口だと一応上司である神居は含み笑いで言葉を返してきた。大きなお世話だ。

「悪りぃな、副支部長さん。着いて早々熱烈なお出迎えがあってさ。」

側で私と同様に亡者と戦っていたジェイドが律儀に神居の問いに返事をした。ジェイドの言う通り、廃ビルに到着して早々に亡者共に囲まれたのだ。雑魚ばかりだったが、数が多かったせいか少し時間が掛かってしまった。一体何十体いるのだろう。姿は見えなくても、夥しい数の禍々しい気配で解る…。まったく…面倒な任務を振られたものだ。

『そうか。怪我は無かったか?』

「どっかの新米と一緒にしないで。全く…、なんで私が新米の失態の尻拭いしなきゃならないのよ。」

痛い所を突かれ、さぞ神居はいたたまれない気持ちになっただろう。今回の任務は、先日新米のエージェントが試みて失敗に終わったものだ。神居自身もまだ実績も浅いエージェントが受ける作戦ではないと思いつつ、戦闘は訓練よりも実践で培われる部分が大きいとの理由でまだまだひよっ子に託したらしいが、その判断は間違っていたようだ。結果、亡者に情けをかけたエージェントが一名負傷した。そもそも、敵に情けをかけるような覚悟でこの仕事を続けようと思っているなんて、なんて甘ったれなんだろう。私達の仕事は、常に「殺るか殺られるか」の世界だどいうのに…。

「まぁまぁ。安心しな、副支部長さんよ。こっちは怪我一つないぜ。そんじゃ、改めて任務スタートだな。いつも通りよろしく頼むぜ、零。」

「分かってるだろうけど、死にそうになっても助けないから。」

「相変わらず手厳しいなぁ、零は。」

棘のある私の言葉に対して、ジェイドはただ陽気な声で笑った。この男はいつもこうだ。私達は組織の一番の古株で、その分付き合いも長い。私がいくら冷たい言葉を放っても、この男はまるで私の心が見えているかのように言葉を返してくる。だからだろうか。ジェイドとの仕事は実にやり易かった。

神居から渡された今回の指令書を改めて思い出す。成る程…。「Aランク」であるこの任務は、ある意味私達だからこそできる仕事だろう。今回は神居も判断を間違えなかったようだ。事前の報告書によると、ここは老若男女様々な亡者が住処にしているらしい。冷徹に仕事をこなす人間でなければ務まらない。無情に…ただ敵に新たな死を与えるだけ。そんな事、他の奴らにはきっと出来ないだろう。人が言うには、私は敵にも自分にも無情過ぎるらしい。相手が命乞いをしても、泣き叫んでも、私が放つ弾丸は相手の命を確実に奪う。なにも感じはしない。苦しみも悲しみもとうの昔に捨て去った。私に残されたのは…。

「零、あんまり無茶すんなよ?お前、討伐に没頭すると見境無くなって自分を犠牲にするんだから。怪我したら美人が台無しだぞ。」

「ちょっと、なめないでよ。」

「ま!俺達だったら楽勝だろうけど。なんたってうちの最強コンビだからな。でもピンチの時は女らしく俺に守られとけよ。」

『流石は零の相棒兼ボディーガードだ。その調子で頼むよ。』

このやり取りも毎回恒例だ。ジェイドは確かに腕は立つ。愛用の武器であるナイフを扱わせたら右に出るものは居ないし体術にも長けている。だが、私もそこいらの軍人を一捻りできるぐらいの力はあると自負している。それなのに、歳が二つ上のこの男はそんな私をか弱い女のように扱う節がある。決してジェイドを信頼していない訳ではないが、そんな扱いを受けるとこそばゆい感じがするからあまり好きではなかった。神居はそんな心配性のジェイドが暴走する私の良いストッパーになっていて、これ以上のツーマンセルはないと以前言っていた。

「うるさいわね。いつも通りやるだけでしょ。」

『ああ、いつも通り君達の働きに期待しているよ。では、今回の任務について改めて説明する。』



今回の任務は、廃ビルに潜伏する亡者の殲滅。既に近隣の民間人から多くの死者を出していて、一人でも仕留め損ねると新たな被害者を生み出す可能性がある。徹底的に排除しろ。なお、近隣住民の避難は既に完了済み。よって、エージェント両名の能力解放を許可する。



「うーん…能力解放を許可するって言われてもなぁ…」

ジェイドはナイフについた鮮血を振り払いながら、ぽつりとそう呟いた。あたりには無数の亡者が倒れており、その体は徐々に灰となり散り始めていた。上の空だった割には抜かりなく仕事はこなしているようだ。どうやら神居から伝えられた『能力の解放』について、悶々と考えながら敵を倒していたらしい。『能力』とは、亡者討伐のエージェントだけが使える対亡者用の力だ。ちなみに、能力の解放など他の奴であれば許可の有無は必要ないのだが、ジェイドに関してはそうもいかない。あまりに影響が強すぎるその能力は勝手な判断で使っていいものではなかった。

「あんた、実戦で使ったことあるの?その能力。」

「え?あー、うん…。一度だけな…。……初めての任務の時。」

私の何気ない問いにジェイドは覇気の無い返事をし、視線を逸らした。数多くの現場を共にしているが、私は未だジェイドの能力を実践で見たことがない。いつもシステムが作り出した亡者相手に訓練している姿を見るくらいだ。そして私も…実戦において能力を使う事はない。だからいつも組織から支給された武器を利用して戦っていた。

「なに?味方でも巻き込んで死なせたの?」

冗談のつもりでそう言ってみると、私が思った以上にジェイドは悲しげに顔を歪ませた。どうやら、自分の能力のせいで仲間を死なせたというのは本当にあった事らしい。

「…十五年も前の話だ。俺の力って制御しにくくてよ。初任務でテンパっちまって…フォローに来ていた自衛隊員を何人か巻き込んじまった。今はもうあの頃とは違って制御出来るけどさ…。なんか使う勇気がなくてな。俺は味方を殺したいんじゃない。守りたいんだ。それにはあんな傍迷惑な能力よりこっちのナイフの方が勝手が良いんだ。」

付き合いが長いのに、この男のそういった肝心な所を私は知らない。いつも私の事ばかり気にして、自分の事は私に心配させるような素振りは決して見せない。

「そういうお前はその右目、使わないのか?ある意味最強の目だろ?」

ジェイドに右目を指さされ、私は咄嗟にそこを手で覆った。常に眼帯で隠されているこの瞳に私の能力は隠されている。ジェイドとは違い、特に使用を制限されているわけではない。けれど…。

「…戦いの場で使うのは一度だけだと決めてるの。それ以外、この『悪魔の眼』を使う気は無いわ。」

この力を…何の為に使うかはもう決めている。それは亡者討伐の為ではなくて…。

「…まぁ…、実戦で使う気は無いって所は同感だな…。お互い面倒な能力が覚醒しちまったな。」

そう言いながら自虐の笑みを浮かべるジェイドに、私は蹴りを入れ、階段を指差した。

「このフロアにはもう亡者はいない。でも、まだ上のフロアにうじゃうじゃいるのがわかるわ。次、行くわよ。」

「…あぁ、あとは最上階だな。それにしても、何でお前だけ亡者の気配が感知出来るんだ?あ、もしかしてそれも能力なのか?」

「さぁね。でも、せっかく使えるんだらか活用するに越したことはないでしょう。」

「確かに。」

私がそう言うとジェイドは先程の悲しげな表情が嘘のように、またいつもの優しい笑みを浮かべた。これでいつも通りだ。こいつがあんな顔するものだから、調子が狂ってしまった。さっさと仕事を片付けてしまおう。そう思い、私はジェイドと共に最上階のフロアへと進んだ。


「おいおい、こりゃ酷ぇな…。」

「大体死後二、三ヶ月ぐらいか…。原型を留めてない程食い散らされてる…。成る程、ここが奴らの食糧庫ってことね…。」

私達が足を踏み入れた部屋は死臭が立ち込め、足元には嘗て人だったものの残骸が無残にも転がっていた。皆顔も判別出来ない状態で、入手していた行方不明者リストでの確認は難しそうだ。

「この近辺での行方不明者で十中八九間違いないだろうが…、念の為検死班を手配しておくか。」

ざっと部屋を見る限り、ここには亡者はいないようだ。食い尽くされた食糧があるだけだ。ただ、近くからひしひしと亡者特有の嫌な気配が伝わってくきている。確信されていない部屋はあと一つ。警戒はしておいた方が良さそうだ。

ふと足元のに視線をやると、顔がはっきりと分かる状態の死体に目が止まった。ただ、その腹は大きく開かれ、臓物は無残に食い荒らされていた。格好から見て近くの高校の生徒だろう。側には血色に染まった学生鞄が落ちていて、中の内ポケットには学生証が入っていた。

「この子が一番最近のか?」

「せいぜい死後二、三日ってところね。…「上条綾」…ですって。」

「『上条綾』ね…。上条…上条…。あぁ、あるぜ。三日前に捜査依頼が出てる。」

彼女の名前をジェイドが携帯端末の行方不明者リストから確認すると、確かにその名は存在していた。学生証にはまだ幼さの残る笑みを浮かべた少女の写真が貼られていて、つい三日前まで自分がこんな死を迎えるなど思ってもいなかっただろう。

「可哀想にな…。まだ十七だとよ。」

「…死んだ人間は嘆いても還ってこない…。還ってきたとしても、それはもう化け物よ。あんたが嘆いても、哀れんでも、その事実は変わらない。死んだ人間は切り捨てるしかないのよ。そうしないと自分が食われる。」

ジェイドは優しすぎる。優しすぎる故に、亡者の餌食となった人々に対していつも哀悼の思いを漏らすのだ。哀れんだその死体が、いつ亡者として覚醒して襲ってくるかもわからないと言うのに。

「零、俺はただ…。」

「もうここはいいでしょう?次行くわよ。あと残りは一部屋だけなんだから、そこで今回の任務は終いよ。」

私は強引に話を終わらせるようジェイドにそう冷たく言い放つと、さっさと一人最後の部屋へと向かった。

本当に…無意味な事だ…。もう戻らぬ存在を思い、悲しむなど…。


「零!待てって!おいて行くなよ。」

ジェイドはすぐに私の後を追いかけて来た。あぁ、嫌な気持ちだ。亡者の餌食になった人々を見つめるこの男の眼差しが気に食わない。深い悲しみを孕んだその瞳は…あの時と同じだ…。あの時の惨めな私を思い出させる…。

「零、大丈夫か?」

「…まったく…亡者の餌食になった人間をいちいち構うなんて…、あんたいつかその優しさで死ぬわよ。」

ジェイドに顔を覗き込まれ、思わず私は誤魔化すように視線を逸らすと、常日頃思っていた悪態を吐いた。なんだろう…。今日はやけに可笑しな気分になる。あんな昔のことを思い出すなんて…。ジェイドはそんな私の気持ちも知らずに、ニヤリと笑みを浮かべて私の肩を抱いた。

「え?なに?俺のこと心配してくれてんの?零ちゃん優しーなぁ。」

「違う。近い。触らないで。」

「あっはははは!さっすが!手厳しいねぇ!…でも…まぁ、安心しとけよ。俺は死なねぇから。お前を一人になんてしないさ。」

先程まで茶化していたというのに、突然神妙な面持ちで「死なない」と告げてくるジェイドの顔を見つめ、私は思わず顔を顰めた。まるで映画の感動的なシーンで主人公がヒロインに誓うようないつもと異なるその様子に私は戸惑いを隠せなかった。

「…ちょっと…変な事ー」

すると突然、私の言葉を遮るように甲高い叫び声が響き渡った。その悲鳴に続くように、今度は幾人ものけたたましい悲鳴が鼓膜を震わせた。異様なまでのその悲鳴にただならぬものを感じる…。悲鳴はこれから向かおうとしていた部屋からのようだ。私とジェイドは顔を見合わせると、悲鳴の聞こえた部屋へと急ぎ向かった。


お互い武器の装備を確認し、私達は恐る恐る悲鳴がした部屋へと忍び寄った。今の所、あれから悲鳴は聞こえず、部屋の中も静まり返っていて様子を伺えない。ただ、気になることとすれば嫌になる程感じていた亡者の気配が悲鳴がしてから感じられなくなった事だ。部屋の中で何かがあったに違いない。意を決して私達はアイコンタクトで合図をし、勢いよくドアを開いて部屋へと突入した。

「…な…なんだこりゃ…。」

部屋に入るなり、私達は思わず絶句した。今までいくつもの任務をこなしてきたが、こんな状況は初めてだ。亡者達が床の上で折り重なって死んでいるなんて…。

「何があったっていうの?悲鳴は女の声だった…。この亡者の中の一人ってこと?」

「…いや…、違う。この子だ。」

ジェイドの指差す方へ視線を送ると、そこには手を鎖で縛られた少女が眠っていた。

―ドクンー

少女の姿を見た瞬間、胸の奥底で何かが蠢いたのを感じた。初めての感覚だ…。どこか懐かしく、そして悲しいその感覚が何なのか…検討もつかない。けれど、この少女にただならぬものを感じざるを得なかった。

「亡者…なのか?」

「…いいえ、人間よ。気配が違う。」

そう…ただの人間じゃない…。どこにでもいるような若い子だ。先程感じた感覚もきっと気のせいだ。私はそう自分に言い聞かせ、任務に集中する事にした。

「良かった、生きてるな。だけど…行方不明者リストにはこの子は載ってないぜ。」

「どうせ餌として新しく攫ってきたんでしょ。…それより、どう考える?この状況。」

状況的に亡者達が争った形跡は見られない。つまりは亡者達は不意打ちを打たれた事になる。そして、一瞬でその息の根を止められたとしか考えられない。でも、どうやって?何が亡者達の命を奪ったのか。そこが問題だ。そんな思考を巡らせていると、亡者の死体の山が微かに動いた。死体を足蹴りにして退けると、死体の山の中から瀕死の亡者が姿を現した。

「いた、生存者。…ねぇ、何があったの。」

「…ぅ…っ…化け…物…。餌のつもり…だったんだ…。他の奴等と…喰っちまおうとしたら…突然…光が…襲って…。」

「もういい。十分だわ。」

聞きたい事が聞ければ亡者になど用はない。既に虫の息だった亡者の額に冷たい銃口を向けると、私は躊躇無くその引き金を引いた。

「…うーん…。つまりあれか?そいつが言ってた事が本当なら…亡者を即死させたのはこの子って事か?いや、でも光が襲ってきたって…。それじゃまるで…―」

「私達と同じ…。研究所からの脱走者か…、それとも突然変異か…。」

どちらにせよ、危険因子である事には変わりない。研究所からの脱走者であれば亡者と通じていて、襲われたフリをして私達を油断させ、組織を襲うという罠の可能性もある。手を打っておく事に越したことはない。

「ジェイド、そこ退きなさい…。あんたも死ぬわよ。」

私は拘束された少女へと銃口を向け、その脳天に標的を合わせた。私の行動に驚いたのか、ジェイドは慌てて私と少女の間に割って入ると制止の声を上げた。。

「待て待て待てっ!お前何する気だ⁈」

「何って…見るからに怪しいから始末するのよ。」

「どうしてお前はすぐそういう結論を出すんだ!とにかく、銃を仕舞え!彼女にも話を聞く必要もあるし、調査の必要もあるだろうが。なにより…人間を守る為の俺達が人間を殺すなんて間違ってる。」

ジェイドの言葉に私は何も言えず、舌打ちの返事を返すと言われた通り銃を懐に仕舞った確かに、現場の勝手な判断で人命を無闇に奪う事に対してあの上司は煩く叱ってくるだろう。それは面倒な事だ。

「その代わり、面倒ごとになっても知らないから。その子、嫌な感じがする…。」

「まぁまぁ、話を聞けば色々見えねぇ部分も解るさ。零の言う通り亡者の差し金なら、思う存分倒せばいい。って事で…帰ろう、零。」

ジェイドは意識のない少女を背負うと、穏やかな笑みを湛えて私に手を差し出した。私はその手をとる事なく、ジェイドの横を通り過ぎると一人部屋を後にした。背後から私の名を呼ぶ男の声に耳を傾けながら…。



「廻りだしたわ…。運命の輪が…。ねえ、楽しみだと思わない?これからもっと大きな闘いが始まるのよ。…本当に…楽しみね。…サラ…零…。」


続く








読んで頂き、有難うございました。

いかがでしたでしょうか?

本当に序章という感じなのでまだまだストーリー的に進展はありませんでしたが、これからどんどん展開していきます。

今作、サラと零がダブルヒロインとなります。

対照的な二人の運命が戦いの中でどう変わって行くのでしょうか。


ノロノロ配信となりますが、引き続きご愛読頂けると幸いです。

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