異世界は取るに足らない
「前」の世界で僕は取るに足らない人間であった。
人間皆取るに足らない人間である、そういう哲学的な話ではない。
自分のことをつまらないと思う人間ほどつまらない、真実かもしれないがそういうことではない。
単純な話、誰かからして僕はわざわざ取るに、値しなかった。
顔面偏差値が低い。女子は罰ゲームですら僕に話しかけるのを遠慮する。汗っかきだ。フォークダンスは一人パントマイムである。根が卑屈である。ゲームとマンガだけが僕の友であった。が、その冒険の中に僕はいない。運動神経が悪い。競技では最後にジャンケンという名の押し付け合いが始まる。頭が悪い。教科書ですら僕に見向きもくれぬ。
悲しいばかりの現実が、僕をして、僕が取るに足らない人間であると結論付けざるを得なかった。
恐らく前世で相当の悪行を重ねたのだろうことは想像に容易いが、じゃあ一端の努力をしたのかと問われれば深夜アニメため撮り一挙放送完徹くらいしか記憶にないので、さもあらん。
もともと生まれ持った資産がないのに、稼ごうとする努力もしないのだから貧しいのは当たり前だが、生憎生後7歳でその気概を折られた僕に努力は難しかった。
そんなどうにもこうにも、どうしようもない僕であったが、今でいえばそれも「前」の話である。
異世界に生まれて17年。
ゾウリムシのごとき僕は神へと進化したのであった。
「あぁ」
鏡の中の「神」が頬に手を当て蕩けきった顔で嘆息する。
その姿は三次元などカスであると見切りをつけた僕をして、「ラブラブライブ」のほのかちゃんを超えたと言わざるを得ない、まさに「神」の造形である。
「何て可愛いんだ」
父譲りのふわりと広がる自然体な栗毛色のウェーブロング。陶磁器のように白い肌。目を瞑るたびにシュバシュバと動く長い睫毛。くりくりとした大きなお目目に、ぽっちゃりとした唇は口紅を塗ってもいないのに健康的なピンク色。童顔なのに、学生服では隠し切れないこの豊満な肢体。
「だっちゅーの」
恐らくこの世界で何それ?と言われるポーズを取っても可愛いっちゅーの。
可愛いとエロスのパンデミックである(ニュアンスで掴んでほしい)。
「きゃはっ☆」
「んちゅ~」
「ぶいっぶいっ」
鏡の中の「神」が僕に応じてポーズを変えるが、どれもこれもそれ一枚で聖画になること間違いない御姿。
可愛い。
可愛いのである。
これこそ神。これこそが僕。
あんな肥溜めのごときブーメランアイドルがモエエロなのではなく、この神(僕)こそが真の萌えエロなのである!!
「あんたそろそろ学校行きなさいよ」
「はい」
〇
そうして教室に入ると、騒がしかった教室が一瞬で水を打ったような静けさへ変わった。
が、それもすぐに膨らませた風船のように破裂する。
遠巻きに赤い顔でひそひそ話をする「女子」たちはまだ大人しいものだが、鶏を絞め殺したような声をあげながら、まだ席にもつかない僕に群がる「女子」共はもはや恐怖以外の何物でもない。
「おはよう! 鈴木君!」
「今日もさいっこーに格好いいよ~」
「ちょっとあんたたち、邪魔じゃないどきなさいよ! 鈴木君が座れないでしょ!」
「鈴木くん、昨日のテレビ見た? 『アイヴァン』で『ヨルツカ』が出てたよ! 鈴木くん、『ヨルツカ』好きだよね? まっ、私は絶対『ヨルツカ』よりも鈴木くんのほうがイケてると思うけど!」
こんな情景で「普通」は一体、どんなものを想像できるのだろうか。
プリッツスカートを翻しながら、美の化身たるこの僕にアピールする健気な小鳥たち。
マンガの一コマのように、イケメンに群がる女子高校生。
聞こえる男たちの嫉妬の声をバックミュージックに、これぞ極まるハーレム展開。
そんな想像ができる人間は恐らく「普通」である。
そして幸せでもある。
だが、「今」の僕はおっぱいがついている。
おっぱいがついているのである。
この奇妙な異世界で「普通」は通じない。
学ランを翻し内股でにじり寄りながら、青い顔で立ち尽くす僕にごっついオカマ口調でアピールする暑苦しいゴリラたち。
レイプ寸前5秒前、震えるおっぱいに群がるマッチョ。
きゃわいいおっぱいたちに怨嗟の声をあげられ、これぞ極まるエロマンガの一ページ。
それがこの「異世界」の現実、すべてであった。
「あ、あの通してもらっていいですか……」