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プロローグ

とある森のその奥深く、結界で阻まれたその場所に小さな木製の小屋がある。

その全てを拒む結界と、その森のとある特性のせいで誰の目にも映ることもなく、ひっそりと佇んでいた。


大魔女ドロシア。


80年ほど前に世界的災害をもたらし、未だにその名は恐れられ、口に出すことも憚れる存在である。

疫病を作り出した本人だの、魔王と結託して世界を滅ぼそうとしているだの、何百人も虐殺しただの、噂は数多にも渡るが、真実は定かではない。

しかし、1つだけ真実を語るとするならば。

その小さな小屋こそが、今現在の大魔女ドロシアの住処なのである、ということだ。





ドロシアは大きくため息をついた。

間も無く伝説の秘薬が完成するという直前に、彼女の張った結界の近くに人間の気配を感じたからだ。

3年もただひたすらその薬に時間を割いてきたというのに、完成間近での招かれざる客とは・・・。

天はよほど彼女を見放しているらしい。

幾重にも結界を張り巡らせている為、問題はないかと思うが、世の中には魔女を討伐する為だけの組織があるという。

もしその組織がドロシアの居場所を突き止めたならば結界など時間稼ぎくらいにしかならないだろう。


今は執念場だ。

ここで手を離したならば秘薬は瞬く間にただのゴミへと姿を変え、三年もの間無駄な時間を過ごした事になる。

それだけはあってはならないとドロシアは考えるが、

万が一本当にドロシアを討伐しにきているのならば、そのまま放っておけば命の危険すらある。

そこまで考えて、ドロシアはすぐそばに置いてある紙に息を吹きかけた。

「様子を見に行ってきな。組織の連中だったら一人残らず殺して地面に埋めるんだよ」

そのドロシアの言葉に人の形をした紙は頷き、すっと扉の隙間から外へと飛んでいった。

その様子を見て満足したのか、ドロシアは再び秘薬の作成へと取り掛かった。


暫くして、秘薬を完成させたドロシアは皺くちゃな顔を更に皺くちゃにしてにやりと笑みを浮かべた。

うっとりと出来上がった秘薬を見つめながら小さな小瓶に詰めると、蓋をしてランプの光にかざした。

キラキラと輝く薄水色の液体を見て更に顔を破顔させたところで、ふと送り出した紙が帰ってきていないことに疑問を感じ始めた。

送り出したのは随分と前のはずだ。

軽く作ったとはいえ、紙がそう簡単に人間ごときにやられるとは思えないが・・・。

ドロシアは1つため息をついて、小瓶を懐にしまうと、紙の様子を探りに外に出かけることにした。



「・・・なんだい、この薄汚い人間は」

自身の魔力を辿るだけなので、すぐにドロシアは目的の場所へとたどり着いた。

が、目の前の光景にドロシアは呆気にとられら他なかった。

まさか討伐隊ではなく、ただの人間がこの森に来ているとは思わなかったからだ。

確かに目の前の青年は稀に見る魔力の質量で、この森にいても体に異常をきたすような事はないとは思うが、それにしても随分と弱っている。

ドロシアの紙もどうしていいのかわからず、おろおろと青年の周りをうろついている。

どうやら、どうしていいか分からずずっとウロウロしていたようだ。

そこで、ふと嗅ぎ慣れた匂いを感じ、ドロシアは顔をしかめる。

「病気持ちか。随分弱ってるじゃないか。

・・・助ける義理はないね。あたしゃ人間が嫌いなんだ」

青年の状態を暫く観察した後にドロシアはそう言い放ち、踵を返した。

ドロシアにとって人間なんて取るに足らぬ存在だ。

正直絶滅してしまえばいいと思うほどに嫌っている。

ここで放っておけば病気によって命が尽きる前に、魔物に喰われて骨1つ残さずにこの世界から消滅するだろう。

例え助ける手立てがあったとしても、助けてやるほどドロシアは人情深くない。



「・・・ば、ばー・・・ちゃ、ん?」


青年のその声を聞くまでは。



振り返ると、にこやかに笑みを浮かべた青年がドロシアを見つめていた。

死ぬ間際で笑みを浮かべるなど、正気の沙汰ではない。

普通であれば気味が悪いと顔を顰め、無視するところだが、ドロシアは何故かその青年から目をそらすことができなかった。

心が少し暖かい。

今まで一人きりでいたせいだからだろうか。

その青年の笑顔があまりにも暖かくてドロシアは思わず青年のそばに歩み寄っていた。


「・・・生きたいかい?」

その言葉に、青年は暫く考えるそぶりを見せ、悲しげに目を細めた。

「・・・・・・ひとり、なんだ。いきて、ても」

ドロシアは青年のそばに座ると、顔をしっかりと覗き込んで、また問いかける。

「そうかい。じゃあ、死にたいかい?」

「・・・死ぬのは、こわい」

青年は1つ涙をこぼした。

「こわいんだ・・・」

その言葉とともに目を閉じ、青年は喋らなくなった。

もう既に息も絶え絶えだが、いつの間に握ったのだろうか。

青年の手はしっかりとドロシアの手を握り、体温を伝えてくる。

ドロシアはため息を吐くしかなかった。

これは運命なのだろう。

これができたその日に彼がドロシアと出会ったのは。


懐から小瓶を取り出したドロシアは、暫く小瓶を眺めた後、小瓶の口を開けて青年の口へと液体をほんの少し注ぎ込んだ。

「少しでも生きたいと思うんだったら、飲み込みな」

これはただの気まぐれだ。

たまたま助けられる物が手元にあったから助けてやるだけだ。

別に青年が死んでもどうでもいい。

まるで自分自身に言い聞かせるかのように何度も何度もそう思いながら、青年の喉が動く様をぼんやりと見つめていた。

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