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さっちゃんと夏  作者: 沢井 比呂
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奈央と安弘

 奈央は急いで安弘のアパートに向かった。目的の二〇二号室のドアはところどころ塗装がはげて赤錆が浮いていた。

 奈央は勢いをつけると一気にドアをすり抜け部屋の中へと入った。部屋の中は洗濯物やゴミの袋が転がっていた。奈央が生きていた頃の安弘には考えられないことだった。

 安弘は何を見るでも無くテレビをつけて画面を眺めている。部屋の時計の針が二十四時を指す頃、睡眠薬をあおりベッドに転がり込んだ。

 奈央は安弘が眠りにつくのを待った。深夜二時を過ぎた頃「奈央……奈央……」と安弘がうなされだした。奈央は夢の世界へ入り込むチャンスだと思った。奈央は早矢香に言われたとおりに安弘の額に手を当て夢の世界へ入り込めるよう強く念じた。




 夢の世界に入り込むのは思ったより簡単だった。

 そこは白い壁の部屋だった。見回すと辺り一面に写真が飾られていた。初めてのデート、二人で行った旅行、安弘が奈央にプロポーズしたとき。写真は撮ったはずが無いものを含めて時系列順に並んでいるようだった。

 部屋の先には扉があった。それを開けると暗く青い壁の部屋に出た。奈央が入院していた病室に似ていた。そこにも写真が飾られていた。入院したばかりでまだ奇跡的に癌が治るんじゃないかと思っていた頃、治療のせいで次第にやせ細っていく様子、とうとう命が尽きる間際の日々、そして奈央の葬儀。この部屋の写真は悲しい記憶に彩られていた。そしてその先には、本来の奈央の病室には無かったはずの扉があった。

 奈央は思い切ってその扉を開けた。扉を開けた先には淡いピンク色の部屋が広がっていた。そこにも写真があった。二人でよく話していた結婚式、二人の子供、幼稚園の入園式。それは二人にこれからあるはずだった未来の写真が何枚も飾られていた。部屋の奥を見ると写真に見入っている安弘の姿があった。奈央には解った。安弘は有りもしない未来にばかり目を向けて、辛い現実から目をそらしているのだ。

「安弘さん」

 奈央が声をかけると、安弘は憔悴した様子で言った。

「奈央、ようやく僕の前に現れてくれたんだね」

 安弘は奈央に抱きついた。目は真っ赤になっている。

「安弘さん、辛い思いをさせてごめんね。だけど、私、あなたと出会えて本当に良かったと思っているし、入院している間も毎日のように会いに来てくれたのは凄くうれしかった。だけど有りもしない未来ばっかり夢見て現実から目を背けるのはやめて。私は死んだの、死んじゃったの。こんなふうにしているのは私の好きだった安弘さんじゃない」

 奈央はそう叫ぶと、辺りの写真をはがしだした。

「これは、私たち二人の思い出なんかじゃない。ただの妄想よ」

 奈央は写真の束を床にたたきつけた。

「奈央、俺はいったいどうすればいいんだよ」

 安弘は奈央にすがりつくようにして言った。

「まずは、窓を開けて日を浴びて。それから部屋を整理して。二人の思い出は大切で忘れられないだろうけど、前を向いて。そうしたら私なんかじゃ敵わないような、すてきな人との出会いがきっと待ってるから」

 奈央は安弘の夢が終わりに近づいていることを本能的に察知した。

「安弘さん。今度こそ本当のお別れ」

「奈央。死んでもずっと僕のことを想っていてくれたんだね」

「当たり前でしょ。私の人生で一番大事な人なんだから」

「奈央。こんな僕のためにありがとう」




 安弘は目を覚ました。久しく感じたことの無い良い目覚めだった。なんだか正確には思い出せないけれど、夢の中で奈央と話したことは覚えている。何となく閉め切った雨戸を開けてみた。部屋にやわらかな光が差し込んできた。さわやかな朝だった。しばらくぶりに部屋を片付ける気分になってきた。写真立ての中の奈央の笑顔が輝いて見えた。

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