さっちゃんと奈央
祭りからの帰り道、二人は人気の無い公園を歩いていた。
「さっちゃん、せっかくの祭りだったのにいやな思いをさせてしまったね」
大悟が詫びた。
「ううん、そんなことないよ」
早矢香はつとめて明るく答えた。
「それに……。いや、何でも無い。大悟兄ちゃん、今日は誘ってくれてありがとう。楽しかったよ」
「ところで、さっきから誰かの気配がしないかい」
「わからないな。気にしなくてもいいんじゃない」
実は早矢香も誰かがついてきている感じがしていた。たぶん幽霊の気配だった。ただ幽霊を見ることができる自分だけがそれを感じているんだろうと思っていた。
「誰だ」
大悟が振り向きざまに言った。早矢香も振り向くとショートボブで白いワンピースを着た若い女の人が街灯に照らされていた。やっぱり足下には影が無い。幽霊だった。
「大悟兄ちゃんどうしたの」
「白い服を着た女がこっちを見てる。だけど、おかしい、どこにも影が無い」
「大悟兄ちゃんにもあの人が見えてるの」
お盆みたいな霊的感覚が高まる時期には、普通の人でも霊の存在を感じることがあるとおばあちゃんが言っていた。たぶんそのせいで大悟は普段は見えない幽霊を見ているのだろう。大悟の手が少し震えていた。
「大丈夫。怖くなんて無いから」
早矢香は大悟の手を引いて女の幽霊に近づいていった。
「何かご用ですか」
おばあちゃんがやったように、つとめて冷静に早矢香は声をかけた。すると幽霊は堰を切ったように話し始めた。
「あなた、さっちゃんっていうのよね、それに彼は大悟君。もしかして彼にも、私の姿が見えるのね。私、奈央っていうの。神社であなたが不思議な雰囲気を持っているのを見つけたから気づいてもらえるかもしれないと思って後をついてきたの」
早矢香は奈央に尋ねた。
「お葬式はあげてもらった」
「もう三ヶ月も前にやったわ」
「家族や大事な人にお別れを言ったの」
「それなんだけれどね。両親はなんとか私の死を受け入れてくれたんだけれど、私の婚約者が目の前の現実を受け止めきれずにふさぎ込んでいるの」
「たぶん、それがこの世にとどまっている原因ね。詳しい事情を教えて」
「私、安弘さんっていう婚約者がいたんだけれど、私が癌になって病院に長く入院して、結局死んじゃって、結婚することができなかったの……」
早矢香は涙をうっすらと浮かべた。
「でも、私自身は結婚できなかったのは仕方が無いと思ってるの。末期の癌だったしね。ただ、私が死んだ後、とても社交的だった安弘さんが仕事以外ほとんど引きこもりがちになってしまって。彼には私なんかのことをいつまでも引きずらずに、新しい恋をしたり前を向いて積極的に生きていってほしいと思っているの」
「奈央さんって強い人だね」
早矢香は涙をぬぐった。そんな二人のやりとりを見ているうちに大悟も落ち着きを取り戻したようだ。
「さっちゃん、奈央さんの言葉を手紙にしたらいいんじゃないか」
大悟が言った。
「ダメだよ、手紙を書くことはできるけれど、私の字で書かれてる手紙をみたらいたずらだって思われちゃうよ」
「幽霊が生きている人にきちんと想いを届ける方法なんて無いよね……」
奈央は肩を落とした。
「直接、面と向かって話ができれば手っ取り早いのにな」
大悟はため息混じりに言った。
「大悟兄ちゃん。それだよ、直接伝えれば良いんだよ」
早矢香は続けた。
「よく死んだ人が夢枕に立つっていうでしょう。まあ、たいていは思い込みなんだけれど、実際に幽霊は他の人の夢に入り込むことができるの」
「それって本当」
早矢香は期待で目を輝かせている奈央に説明した。
「まずは、安弘さんが眠りにつくまで待つの。そうしたら寝ている人の額に手を当てて強く念じながら呼吸を合わせると夢の世界に入り込めるはずなの」
「早速、試してみる」
奈央はうれしそうに言った。
「奈央さん、きっとうまくいくよ」
早矢香と大悟は奈央の姿が見えなくなるまで見送った。