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さっちゃんと夏  作者: 沢井 比呂
3/6

さっちゃんと夏祭り

 次の日の夕方、外からは太鼓や笛の音色がかすかに聞こえてきていた。

「さっちゃん、大悟君が来ているよ」

 おじさんの声がした。

 早矢香が玄関に向かうと、大悟が生成りの浴衣と紺の帯に下駄という出で立ちで早矢香を待っていた。

「昨日、祭りに行く約束をしただろう」

 大悟が言った。

「いいよ、私こんな格好だし」

 早矢香はTシャツにデニムのショートパンツというラフな服装をしていた。

「早矢香、せっかく大悟君が誘ってくれているんだから行きなさい。滅多にない機会なんだし」

 お母さんも強く勧めてくるので早矢香はしぶしぶ、その格好のまま大悟と祭りに行くことにした。




 十分ほど歩いた場所にある神社の境内には延々と提灯が灯され、その下に並んだ屋台を明るく照らし出していた。辺りは人の山でごったがえしていた。早矢香ははぐれないように大悟の浴衣の袂を握りその後をついて行った。自分と同じくらいの年の女の子達はみんな浴衣を着ていて、早矢香は場違いな感じがして、なんだか気恥ずかしくて下を向いていた。

「屋台で何かしようか。金魚すくいとか」

「いいよ、東京に帰るときに荷物になるし」

「お面は」

「もう、そんな子供じゃないよ」

「焼きそば食べようか」

「歯に青のり付いちゃったら恥ずかしいし」

 早矢香は大悟が勧めてくるものを次々と断った。

「それなら、わたあめは」

「うん、それならいいよ」

 大悟はわたあめを売っている屋台で大きなわたあめを二つ買ってくると一つを早矢香に差し出した。

「大悟兄ちゃん、お金払うよ」

「いいよ、気にするな」

「ありがとう」

 早矢香はふわふわのわたあめを千切ると口の中に入れた。ふわふわだったはずのわたあめは口に入れるとあっという間に萎み、溶けて無くなってしまう。わたあめはまるであっという間に過ぎていくこの時間みたいにはかない味がした。

 物思いにふけっていると大悟が尋ねてきた。

「わたあめ、おいしいかい」

 早矢香は無言で頷くと、わたあめをもう一口食べた。

 大悟の後ろについて屋台の列を抜けると神社の本殿の前の広場に着いた。その真ん中にはやぐらが組まれていてそこでは町の人たちが太鼓を叩いたり、笛を吹いたりしている。やぐらの周りで盆踊りを踊る人たちの輪を眺めている早矢香に大悟が言った。

「さっちゃん。一緒に踊ろうよ」

「え、振り付けとか全然解らないしいいよ」

「振り付けなんて適当で良いんだよ、俺が前になるからまねして踊ってごらん」

 大悟は早矢香の手を引いて少し強引に踊りの輪の中に入っていった。最初のうちは要領が解らずにいた早矢香も大悟のまねをしているうちに振りを覚え、祭りの一体感に酔いしれた。

「大悟兄ちゃん、もうそろそろいいよ」

 二、三十分ほど踊っていただろうか、早矢香は前を行く大悟の袂を引いた。

「そうだな、遅くならないうちに帰るか」

 客足がだいぶ鈍った屋台の間を歩いていると、突然三人の大悟と同じくらいの年の男の子達が前をふさぐように現れた。

「おい、大悟。見かけない女連れて、楽しそうに何やってるんだ」

 三人組のうち、一番小さな奴が大悟に声をかけてきた。

「さっちゃん、俺の後ろに隠れて」

 大悟は早矢香に耳打ちした。

「この女、もしかして大悟の隣の家に東京から来てる奴じゃないか」

 坊主頭が早矢香を指さした。

「大悟、造り酒屋の長男坊のくせに、東京の、しかもお絵かきの大学受けるんだってな。ふざけやがって。家は年の離れた弟に継がせる気か」

 一番いかつい顔の奴が大悟を責め立てた。

「おまえらには関係ないことだろう」

 大悟は強い口調で言い返す。

「東京モンの女連れてるなんて、もしかして」

「東京の大学に行く準備か。念入りなことで。まだ大学に受かった訳でもないのに」

 小さい奴と坊主頭が下卑た声で笑い合った。

「だったらどうしたっていうんだ。おまえらが言ってることは連れてくる女もいない奴の単なるひがみだろう」

 大悟の言葉に三人組は言葉を失った。

「さっちゃん、行こう」

 大悟は早矢香の手を強く握ると、三人組の間を早足でかき分けるようにしてその場を立ち去った。

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