表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

ライト

***




ああ、どうしてこうなってしまったのだろう。


ぼんやりとした意識の中でライトの脳裏には楽しかった頃の記憶が走馬灯のように流れていた。

ライトは人形であるから、脳自体はないのだが。

脳はないが、心ならある。

ご主人、蝶子がライトに心をくれた。それはヒカリにも同様だった。

ライトたちが作られたのは蝶子が七つの時だった。

蝶子は幼いころからとても器用だった。

自分の背丈くらいの大きさの椅子にライトたちを座らせては、目線を合わせていろいろな話をしてくれた。

学校でこんなことがあった、友達と喧嘩した、好きな人ができた――――。

それからその器用な手で綺麗な服を作ってくれた。

蝶子とヒカリとライトはずっと一緒に成長してきた。

一年また一年と過ぎていくうちに蝶子の背丈は大きくなっていった。目線は時折合わなくなった。

それでも蝶子はたまにライトたちを抱きしめてくれた、それで十分だった。


最後に蝶子が抱きしめてくれたのは、蝶子と二葉の肉体から魂が消える少し前だった。


「……ライト、ヒカリ、聞いて、まだお姉ちゃんと仲直りできていないんだ」


蝶子は二葉のことをライトとヒカリの前ではお姉ちゃんと呼ぶが、二葉の前では、そのまま二葉と呼ぶ。

いつからかは知らない。ライトとヒカリが生まれたころにはもう二葉と呼んでいたのだ。

二葉に彼氏ができた時に、二葉が呼び捨てされているのが、自分のことを棚に上げて、気に食わないと言っていた。

多分そんな小さな嫉妬が原因なのだろう。


「ごめんって言えるかな、頑張って言うよ、ライト、ヒカリ、私に勇気をくれないかな」


そう言って蝶子はライトたちをぎゅっと抱きしめた。


「いってきます」


そう微笑んで部屋を出て行ったのが、最後だった。


次に蝶子を見た時は、別人と言っていいほど変わり果てていて、左目にはぐるぐると包帯が巻かれていた。

それからのことは、あまり覚えていない。

気づいたら自分の意思で動けるようになっていて、ものを話せるようになっていて、そして時々、記憶が途切れた。

その時は多分蝶子に操られているのだ。ハッと気が付くと自分の手にはナイフが握らされており、目の前には死体が転がっていた。

蝶子はその死体の腕を嬉しそうに切り取ると、奥の部屋に持って行って、何かをしていた。

ライトたちはその部屋には入れてもらえなかった。いたずらをしてはいけないから、と。


血まみれのライトたちに蝶子は前みたいに新しい服を作ってくれたが、

もう、以前のような嬉しさや喜びはみじんも感じなかった。


あぁ、またこれを着て人を殺さなければならないのかと。

蝶子の罪を増やすことをしなければならないのだと思うと、今までに感じたことのない重苦しい感情が、胸の中を支配した。

こんな気持ちを持つのなら、心なんか欲しくなかった。

きっとそれはヒカリも同じ気持ちだろう、とライトは思った。

ヒカリとライトは少しだけヒカリのほうが作られた時間が早いだけで、ほとんど双子のように一緒にいた。

同じ人形だからか、それともずっと一緒に同じ場所で隣同士で座っていたからか、お互いの感じていることは大体わかっていた。


でも、

今はそれすらもわからない。


楽しかった記憶がゆっくりと薄れていき、ライトが目を開くとそこにはひどい現状があった。

血まみれの絨毯。瓶の割れたガラスの欠片。得体のしれない液体に、床に散らばったナイフ。

それから、

目の前に転がるヒカリの姿。


「ヒカ、リ……」


もううまく口が動かなかった。

ライトたち人形は死ぬことはない。でも、今心が消えていくのがはっきりとわかった。


「ヒカリ、ヒカリ、返事して、ヒカリ……」


ヒカリの心はもう消えてしまっただろうか。

手ももう動かない。手を伸ばそうとしても、ただの人形だったころのように動かない。

悔しかった。

自分の主人を止められなかったこと、大切なヒカリを守れなかったことがすべて悔しかった。


あぁ、もうだめなんだ。


そう思って目を閉じかけた時、

ふわりと体が宙に浮いた。


「大丈夫、大丈夫よ、一緒にあなたたちのご主人を助けに行きましょう」


優しい声が頭上から聞こえた。

二葉だと一瞬でわかった。


「……最後に、ご主人と、話せる……?」


「ええ。だから、今は行きましょう」


足音もなく、部屋を出ていく。

ふと横を見るとヒカリが目を閉じたまま二葉の腕に抱かれていた。


きっと眠っているだけだ。


大丈夫、そう自分に言い聞かせて、ライトも目を閉じて眠りについた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ