二葉
キィンッ
ぎゅっと覚悟してつぶった目を開くと、二本の刃が震えて重なりながら目の前で止まっていた。
「ごめんなさい、ここまでしか制御できないの……」
ヒカリが声を震わせてそう言った。
「お願い、早く行って愛花さん。あなたを傷つけたくはないんだ」
ライトが苦しそうにそう呻いた。
愛花はわかった、とうなずくと、ぱっと立ち上がって駆け出した。
ヒカリとライトの刃がその瞬間床に突き刺さる。
「お前たちは本当にどこまでも言うことを聞かないね……」
蝶子はチッと舌打ちをして愛花を追いかけるために部屋を出ようとした。
それを阻止したのはライトのナイフだった。
閉められた扉にライトの投げたナイフの刃が刺さる。
「ダメだよご主人行かせない……。これ以上、罪を重ねないで」
「そうだよご主人、もうやめてよ!!」
そう叫ぶヒカリとライトの目は闇と光を往復していて、正気を保っているのが限界、というところだった。
「へえ、主人に逆らうんだ。人形のくせに少し生意気過ぎないかな」
「違う、僕たちはもう……これ以上、見ていられないんだ、ご主人の行動を」
「もう、もうやめよう、やめようよご主人、なんにもならないよこんなこと」
「うるさい!!!」
人形の叫びは届かなかった。
蝶子はヒカリとライトを蹴り飛ばすと荒っぽく扉を開けて部屋を出た。
バタンッと大きな音が部屋に響く。
「私が、私がしてることは間違ってないんだ……私は、私はお姉ちゃんを生き返らせなくちゃいけないんだ……」
***
これからどうすればいいのだろう、部屋から出たもののもうこの館はすべてが危ない。どこにも行けない。
一体どうすれば。
視界の端に何か白いものがちらついた。
よく目を凝らすと、その白いものは一番向かい端の部屋に入っていった。
つられるようにして愛花もその部屋に入る。
蝶子の部屋とは違って、静かな空間だった。
さっきの白いものは、とあたりを見渡す。
でもそんなものはどこにも見当たらなかった。
しょうがないので、部屋をぐるりと一周する。
先ほどまでの騒がしさと恐怖が消え去ってしまったかのように静かだった。
その部屋の中央に大きなベッドがあった。
愛花は何気なくそのベッドに近づいた。
だれか、人が眠っている。
「それは、私であり、でも、私ではないもの。
急に上から声が聞こえた。
ハッと顔を上げるとそこには黒髪で赤い目をした白いワンピースの人が立っていた。
あぁ、この人が二葉さんだ。
「私を見つけてくれてありがとう、愛花さん。感謝するわ」
二葉は落ち着いた様子で愛花に微笑みかけた。
愛花はどう答えていいかわからずに小さく会釈をした。
「妹が、ずいぶんご迷惑をかけたみたいね、ごめんなさい」
「……どうして、こうなったんですか」
「私がね、悪いのよ」
愛花の問いに二葉は苦笑いをして答えた。
「妹の、蝶子の前髪を切るのに失敗しちゃって、それで大喧嘩しちゃって、まさか、次の日死ぬだなんて思ってもいなかったけれど」
愛花は蝶子のガタガタの前髪を思い出して納得した。
「あのね、迷惑ついでに妹のこと助けてくれないかしら、ううん、ここに連れてくるだけでいい。そうしたら私が、なんとかするわ」
「二葉さん、一つ聞いてもいいですか」
頼もしい笑顔を浮かべる二葉に愛花は問いかけた。
「なに?」
「これは……これは二葉さんじゃないんですよね」
ベッドに寝ているものに視線を落とす。
もしもこれで本当に二葉だったら、自分はとんでもない邪魔をしてるのではないかという不安に駆られたのだ。それほどまで、その作られた二葉は目の前に立っている二葉本人にそっくりだった。
二葉は静かに首を振った。
「そう、そうですよね、ごめんなさい変なこと聞きました」
「いいのよ、じゃあ、少しだけ、よろしくね」
二葉はそういうとスッと静かに消えていった。
その瞬間に静かな空間に亀裂が入って、蝶子が部屋に入ってきた。
「あぁ、見つけた。もう、逃げられないよ?」
もうその足元に、ヒカリとライトはいなかった。