お願いと絶体絶命
ヒカリの話によると、
どうやらもう蝶子はすでに亡くなっているらしい。
お姉さんの二葉と一緒にトラックに轢かれたんだそうだ。
しかし蝶子の怨念だけがこの館に残り続けている。
なんでも、二葉を復活させたいらしい。
「ご主人は人形を作るのが趣味で、生きている間に私と、ライトは作られたんだけど、ご主人、二葉さんを作れば、きっと私たちみたいに心をもって、意思をもって動くって、もっと言うならば生き返るって思ってるの」
「二葉さんを、作る……?」
人を作るなんて、不可能だできるわけない。
どこかの科学者ならできるかもしれないが、人形を作るように人間が作れるわけがない。
「うん、できるわけないの、でも、出来ると思ってるのだから、この館に来た人間の二葉さんに似たパーツを切り取って、殺して……」
そのあとはヒカリはつらそうに眼を閉じた。
「……そっか」
愛花もなんと返せばよいのかわからず、沈黙が場を包んだ。
「……あのね、多分、あと、右目だけで完成なの。だから、愛花さんの目、奪いに来ると思う」
ヒカリは不安そうに愛花の瞳を見た。
愛花は片方だけ赤い自分の右目に少し触れた。
ずっと眼帯で隠してきた、目立つ赤い色。
もう亡くなった、母の目の色だった。
「だから、その……えっと」
「二葉さんを完成させなかったらいいんだよね?」
「え、あ、うん」
「……わかった、どうしたらいいのかはわからないけど、頑張ってみるよ」
立ち上がってテーブルの上に置いたロウソクをまた手に取る。
頑張ると言ったはいいもののどうすればいいのかさっぱりわからなかった。
「ご主人の部屋に行ってみて。何か、あるかもしれない」
「ヒカリちゃんは……」
「私はライトを探してみる」
そう言うとヒカリはまた気を付けてね、とだけ言って部屋を出て行ってしまった。
「……行こう」
ヒカリの言った通りに、蝶子の部屋へ向かう。
鍵は開いていた。
ギギギと耳が痛くなるような音が響いた。
その部屋の持ち主が一瞬で分かるような異様な空間がそこには広がっていた。
血まみれの絨毯。不思議な薬が転がった机。今にも折れてしまいそうな椅子。たくさんの刃物。
とても、あの歳の少女がいるような部屋ではなかった。
刃物や割れた瓶の欠片に注意しながら部屋の中を探る。
机の上を探っていると、小さな紙の束を見つけた。
新聞のようだ。
「綾崎二葉、と綾崎蝶子が居眠り運転のトラックに追突され、姉の綾崎二葉は死亡、妹の綾崎蝶子は意識不明の重体……。蝶子さんは、ほんとは、生きてた?」
新聞の束の横に、一冊のノートがあることに気が付いた。
手に取ってパラパラとめくって中身を見る。
どうやら蝶子の日記のようである。
「これ、事故のあった、日?」
『昨日の夜お姉ちゃんとケンカしてしまった。早く謝らないとって思ってはいるけれど、難しい』
その日までは毎日書かれていた日記がそこで一旦途切れていた。
次の日付は一週間後になっている。この日に意識を取り戻したのだろう。
『あぁ、どうして、どうしてなんだ、お姉ちゃん、まだ仲直りしていないのに。どうして私だけが生きているんだ』
そのあとまた日付が三日空いて、次はこう書かれていた。
『ごめんねお姉ちゃん。今行くよ』
その次のページは真っ赤に染まっていた。
「……蝶子さん、自殺したんだ……」
「人の日記を盗み見るなんて、いい趣味してるみたいだね」
背後から、蝶子の声がした。
跳ね上がる心臓を抑えながら振り向くと蝶子と足元にうつむいている二体の人形。
「残念だったね、全部知られちゃ帰せないじゃないか。まぁもとから帰す気なんてないんだけどさ」
蝶子がくいっと糸を引くような仕草をすると、ふわりと床や机に転がっていた刃物が宙に浮いた。
そのうちの二本がヒカリとライトの手に握らされた。
「ここは私のテリトリーだ、逃げられるなんて思わないでくれよ?
それに、もう君に味方はいないんだ」
スッと顔を上げたヒカリとライトの目は生気を失っていた。
本当の操り人形になってしまったようだ。
「今のこいつらは君を殺すだけの人形……ただ私の言うことに従うしかできないのさ。ほらもう、おとなしく死んでくれよ?」
ヒュンッと宙に浮かんだナイフがまっすぐ愛花に向かって飛んできた。
ギリギリのところでかわす。後ろの小瓶が次々と割れていく。
絶体絶命、この言葉が似合う場面がこれ以上にあるだろうか。
ナイフにローファーをはじかれ、転ぶ。
顔を上げると目の前にはライトとヒカリのナイフの刃が迫っていた。
「……ヒカリ、ライト、目は傷つけないでくれよ、それはお姉ちゃんのになるんだから……」